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第2話 疑惑

 


 どれくらい走っただろう?

 ニアはアーヴィンのバイクに乗せられて自然公園へと向かっていた。

 幾度と無く風を切ってカーブを曲がり、林のトンネルを潜って行く。

(ああ、コレって本当のデートなのよね? 今度こそ本当の……)

 ニアはアーヴィンの後ろでしっかりと抱きついていた。

 初めてニアが彼に呼び出されたのは、護身術の習得だった。

 あれから一週間、昨日一通り終了したと彼に告げられていた。

(終っても会いに来てくれるんだモノ。これって絶対だよぉ。それとも何かご褒美ほうびかなぁ?)

 ニアはよこしまな妄想に胸をときめかせていた。


 不意に視界が開けた。

 アーヴィンはそこでバイクを停める。

 道路脇にあった自販機でジュースを買い、一本をニアに放ってよこす。

 ニアは軽くジャンプして難なくキャッチした。

「えへ」

 ニアは嬉しそうにアーヴィンのそばに、まるで猫の様に擦り寄って座った。

 エルフィンが愛用しているのとは違う甘い香水がほのかに香る。

 アーヴィンはニアが妙な誤解をしていることを覚り、退いてしまった。

 身体もわざと座っていた位置をずらせる。

「……お前、何か勘違いしてないか?」

「何が?」

 キョトンとして切り替えす。

「いや、その、まさかとは思うけど……」

 言い掛けて口篭くちごもった。

 日焼けをした様な赤銅色の肌をしているので定かでは無かったが、気持ち頬が赤くなっている。

「……何でも無い」

 軽く咳払いをする。

「変なの?」

「変って、そりゃお前の方じゃないか」

「へ?」

「何が「へ?」だよ。第一、女の子が「へ?」なんて言うか? 普通……」

 ニアの反応にアーヴィンはあきれた。

 気を取り直して、アーヴィンは銃を取り出す。

 そして、飲み終わったジュースの缶を空高く放り上げた。

 狙いを定めて、立て続けに引金を引いた。

 空中で缶は何度も弾かれる。静かだった山間に銃声が響き渡り、野鳥達が慌てて逃げ惑った。

 ニアは周囲に木霊こだまする銃声に耳を塞ぎながら、自分の思惑おもわくが見事に外れていた事を知って涙ぐむ。

「はあぁ? 今日はまさかとは思うけど……銃?」

(どおしてぇ? 今日こそデートじゃなかったのぉ? ふえ〜ん)

ってみろ」

 アーヴィンは新しい弾倉を交換すると、ニアに差し出した。

「嫌ッ!」

 ニアはふくれて、ぷいとそっぽを向く。

「一般市民のニアをどうしようって言うのよ? ここんとこ毎日呼び出しておいて……」

 ほんの少しだけ涙ぐんだ。

 事実、ニアが学校から帰宅すると、アーヴィンが決まって門の所で待っていた。

 ニアは素直に喜んだが、マックはストーカーだと言って嫌ったのも無理は無い。

「一般市民〜? おいおい、お前、本当にそう思っているのか?」

 呆れた表情でニアを見詰めた。

 しかし、これでは自分がニアに頼み事をするのには好ましい状況では無いと判断する。

(勘違いされても仕方が無い……ってか? それもまたミョーな方の勘違い)

 アーヴィンは軽く溜息をいて肩を落とした。

「んね、このバイク乗っても良い?」

「はあ?」

 ニアの立ち直りの早さに閉口する。

「……構わないが、後で俺の注文も聞いてくれよ?」

「はぁ〜い!」

 ニアは機嫌を取り戻すと、すらりとした足を伸ばしてバイクにまたがった。ギアをニュートラルに落してキーを廻す。

(……暢気なヤツ)

 無邪気にバイクに乗って喜んでいるニアを暫らくアーヴィンは見詰めた。

 既にニアは基本操作を完璧にマスターしている。

 免許こそ習得していないが、ここだけでの走行なら問題は無い。

 風と一体になり、三つ編みにした髪をなびかせて走る姿に視線を奪われた。

(……綺麗だ)

 素直に思った。

(問題はニアの外見と実年齢なんだよな?)

 初めて知り合った半月以上も前、ニアの足はバイクから地面に届かないほどの小さな身体だった。

 訳あって、あっという間に外見だけが申し分なく立派に成長してしまった。

 見掛けは十七、八歳だが、実際のニアの年齢はまだ十二歳。

 ニアが幼く見えるのはその為だった。

(成長し過ぎだっての)

「……」

 自分の視線が無意識にニアの曲線を追い掛けている事に気が付いて赤面した。

(なっ、何を考えているんだ。俺は……)

 気持ちを切り替えようとして乱暴に頭を振り、手にしていた拳銃に視線を落す。


 現在では本人の実力さえあれば満十五歳で車や飛行機等、あらゆる免許が取得可能だ。

 しかし、銃剣等の所持は法律上禁止されている為、銃剣等に関してのみ規定年齢は設定されていない。言い換えれば、簡単な偽装さえすれば子供でも所持可能なのだ。

 自分がニアに遣っている事は彼女に違法行為をさせ、自分の補佐として彼女を利用する事だった。

 けれど、良心の呵責かしゃくに責められている状況ではない。

 そして時間も無かった。

 あの月夜の日にニア達と出逢っていても、三島の置かれている状況さえ無ければ、そのまま何処かへ消えて二度と彼女達の目の前には現れない心算でいた。

 先日起きたシュナイダー元監察委員一家惨殺事件の犯人と自分には深いつながりがあると彼は睨んでいた。シュナイダーは四年前にアーヴィン達の抹殺指令を下した件に関与している九人の中の一人だったからだ。

 この数ヶ月、失踪、変死、事故等で死亡した警察のリストにまぎれるようにして九人の委員の内七人の名前が挙がっていた。

 現時点での生存が確認出来ているのは、元監察委員長のラダー氏と三島の二人だけだ。

 犯人の目的が復讐であるとするれば、委員長が真っ先に手を掛けられそうなものだが、委員長のラダー氏は三年前から認知症になっており、何度かのサイバー処置が行われたが既に末期症状になっている。

 ラダー氏の状態から復讐に値しないと見なされているのだろうか。

 そう考えると、残っているのは三島だけになる。

 自分とエルフィンだけで三島を護り切る事が出来るかどうか自信が無かった。

 その為にはニアの協力がどうしても必要だった。

 「教える」と言っても、重要なポイントとなるコツさえ教えていれば、後は実際に彼女の目の前で自分が実演して見せるだけで良かった。

 ニアは黙ってアーヴィンの動きを見ているだけなのに、忠実に真似することが出来るのだ。 桁外けたはずれた反射神経から由来する適性なのだろうか。

 或いはこれがニアの才能なのかも知れない。

 三島の養子としてのニアが高度な戦闘能力を所有すれば、三島の護衛にこれ以上心強い人物は居ない。

 しかし、それは同時にニアを危険な目に遭わせる事に他ならなかった。

 しかも彼女が無事に三島を護衛する務めを果したその後も問題は山積する事になる。

 軍や他の組織といった機関がニアの存在に眼を閉じてくれる様な所では無いからだ。

(俺はあの時、ニアを俺達の後任にするなと三島さんに食って掛かった。「しない」と言わなかった三島さんを俺は許せなかった。同じ過ちを繰り返しそうで……けど、今は俺自身がニアをそうしようとしている。三島さんを助けたいが為に俺はニアを犠牲にしている。理由はともあれ、遣っている事は同じだ……)

 罪悪感に囚われる――


 アーヴィンはぐっすりと眠ってしまったニアを抱きかかえて戻って来た。

「わ? どうしたの?」

 玄関先に迎えに来た僕とオヤジさんは目を丸くして立ち尽くした。

 眠っているニアは土埃つちぼこりで真っ白だ。

「バイクで何度か転んだんです」

「怪我は?」

 オヤジさんが心配そうにニアの寝顔をのぞき込む。

「ありません」

(あの四〇〇ccに乗って転んだのか? よく怪我しなかったよな?)

 僕はオースティンさんからニアを受け取ると、慌てて奥へと消えて行った。

 オヤジさんも一緒に付き添ってくれる。


 マック達の後姿を見送りながら、エルフィンがリビングのドアからするりと出て来た。

「アーヴィン、どういう心算?」

 意味ありげな上目遣うわめづかいで彼を睨み付ける。

「ニアをあんな目に遭わせて」

 アーヴィンは彼女の刺すような視線に、気不味そうに眼をらせた。

「ニアが望んでバイクに乗った様には到底思えないわ」

「いや、勝手に自分から乗った。公道では走行させていないし、別に問題は無い」

 意外な返答にエルフィンは面喰めんくらってしまう。

「そ、そう。でも、銃を教える必要は無いと思うのだけど?」

 二人から微かに硝煙の臭いが残っている。

「必要だからこそ教えた」

「それもニアが教えてと言った?」

「嫌がっていたな……確かに」

 アーヴィンは一呼吸措いて認めた。

「だから、ニアが欲しがっていたものを遣った……取引は嫌だが仕方が無い」

「えっ? ……そっ、そう」

 エルフィンは何を勘違いしたのか、少し頬を赤らめた。

 アーヴィンは、それがどうかしたのかという目で彼女を見る。

 が、すぐに彼女の言わんとした事を察した。

「自分がそうだからと言って、俺までも一緒にするな」

 アーヴィンは軽蔑した様な視線を彼女に送って、軽く鼻で笑った。

(何ですって?)

 エルフィンはかっとなり、激しい瞳でアーヴィンを睨み付けた。

 整った彼女の顔がゾッとするほど妖しく、美しく見える。

「ニア、綺麗になったでしょ?」

「君が化粧を教えたのか?」

「彼女が教えてと言って来たのよ。アレくらい、今時の小学生だって遣っているわ」

「余計な事を……」

 アーヴィンは肩をすくめて子馬鹿にした様にせせら笑う。

「余計? 女にとっては必要なのよ」

「女を武器にする君なら必要だろうな?」

「何とでも言いなさいよ!」

(何も知らない癖に!)

 表情が険しくなる。

「外見よりも、先ずは内面から磨く事だな?」

 アーヴィンは真顔に戻り、彼女の気を一瞬でぐ程の眼で睨み返した。

 エルフィンがひるむ。

「失礼ね! あ、貴方なんかに言われたくはないわ!」

(安っぽい女だなんて思われたくない。でも……)

 エルフィンは気を取り直して、彼の視線にまれないよう態と強い口調で切り出した。

「昨日もその前もそう。貴方、ニアに何をしてい……!」

 最後まで言わせて貰えなかった。

 いきなり身体を背後のドアに押し付けられ、エルフィンが小さく叫ぶ。

「やけにからむな? 誘っているのか? 俺を。汚しいグレネイチャでも、任務とあればむ無しか?」

 息をんだエルフィンの碧い瞳が一瞬大きく見開かれる。

「当りか……ん?」

 右の視界が一瞬乱れた。アーヴィンの右眼は義眼だ。

「ちょっと! 止め……」

「しッ!」

 アーヴィンはエルフィンを押え付けたまま、視線を左右に走らせる。

「相手を間違っているわ! ニアの替わりは御免だわ」

 そう言って右手で彼の首を捉えた。ぐっと指先に力が篭る。彼女の両の手足はサイバー化されている造り物だ。

「ニアの……替わり? 何を言っている?」

「このまま貴方の首を折る事だって出来るのよ?」

 頬は紅潮していたが、彼女の碧い眼はめていた。

 気道を強く掴まれ、思わず呻き声が漏れる。

「離して」

 エルフィンの声は冷静だった。しかし、アーヴィンは猶も彼女から離れようとはしない。それどころか、余計に密着して来る。彼の体温が伝わるくらいに。

 俯いたアーヴィンの顔が目の前にあった。

 唇が触れそうな程に接近している。

「嫌!」

 取り乱したエルフィンは顔を背けた。鼓動が早い。

「盗聴か盗撮されている」

 取り乱したエルフィンの耳元で囁いた。

「え?」

 アーヴィンから逃れようともがいていたエルフィンの動きが止まる。

「解るんだ。右目が微かな周波に反応するから」

 エルフィンは振り仰いでアーヴィンの眼を見た。

 彼との目線が、ほんの十センチと離れていない事に気付いて鼓動が猶も速まる。

(……義眼?)

 左右の色も光の反射具合も微妙に違う。

 一気に腕の力が萎えた。

 反対に一層顔が赤くなる。

 アーヴィンは黙って彼女の手を首から解き、視線をエルフィンの左腕に落とした。

 右目の映像の乱れが著しくなる。

「これか?」

 彼女の左手首を取った。

「うわっ? オ、オ、オースティンさん! なっ! な、な、何遣ってるの!」

 僕が戻って来た時、二人は僕が誤解しても仕方の無いくらいに密接していた。



「……そんなに笑うこと無いじゃない」

 僕はぶすっとして言った。

 オースティンさんはソファに身体を預けてリラックスしたまま、肩を揺らしていた。

 涙眼になって必死に吹き出すのを堪えている。

 でも、僕にとってはあからさまに笑われているのと同じ事だった。

 エルフィンはあれから真っ赤になったまま、キッチンの奥に引っ込んで出て来ない。

 僕からオースティンさんとの関係を誤解されたからだと思う。

 テーブルの上には、エルフィンの腕から取り出した盗聴器があった。

 既に原型を留めない程に分解されて、その機能は果せなくなっている。


 ニアを部屋に送る途中、部署から携帯で呼び出されたオヤジさんが用を済ませて戻って来た。

 オースティンさんは視線をテーブルの上に落としてオヤジさんにそれと無く伝える。

「盗聴器か?」

 オヤジさんの問い掛けにオースティンさんが真顔で頷いた。

「エルフィンの腕に組み込まれていました」

「どういう事だ? エルフィンを監視しているとでも……」

「と言うより、三島さんの監視目的に思えますが? ……心当たりは?」

「……いや」

 オヤジさんはやや間があってから答えた。

「使用されていたサーバーは全くの民間企業経由ですが複数の偽装が認められました。これに使用されていたパスワードは軍が使用していた旧コードです。本体も市販のパーツの寄せ集めでしたが、こちらからは足取りは掴めませんでした」

「うむ……」

 オヤジさんは唸った。

「先週、彼女はメンテナンスを受けたそうです。多分、其の時に……」

 オヤジさんはオースティンさんの話に耳を傾けながらも、険しい表情で分解された盗聴器を見詰めていた。

「これで全てがバレてしまいましたね……自分の事も恐らく……ただ、自分の事を知っている人間が極僅ごくわずかですから時間稼ぎにはなりますが……」

 オースティンさんは何だか苛立ちを募らせている様に見えた。

 僕は二人の会話を漠然と聞き流しながら、オヤジさんとの昼間の話を思い出していた。


 不思議だった。

 オヤジさんの目の前にオースティンさんが居る――

(どうして二人共平気なの? 普通じゃないよ。オヤジさん、彼をもう許してるの? 家族が殺されてるのに、何でそう自然に、何も無かったように彼と話せるの? 僕なら絶対に許せない。オースティンさんだって……おかしいよ。こんなの)

 僕は勝手に思い込んで嫌な気分になった。

「? どうした?」

 急に立ち上がった僕に気付いて、オースティンさんが声を掛ける。

「別に。な……何でもありませんよ」

 僕の声には怒気が含まれていた。

 ダメだ。感情が表に出る。

「宿題を思い出しただけです」

 慌てて言い訳を付足したが少し態とらしかった。

(バレちゃったかな……?)

 僕は二階の自室へと引っ込んだ。


「マック、入るぞ?」

 ドアが開き、オースティンさんが入って来た。

「なっ、何ですか? まだ僕に用?」

 爪を噛みながら机に向かっていた僕は、慌てて目の前にあった3‐D写真を閉じて、引き出しに隠した。

 オースティンさんは目敏めざとくそれを見つけて取り上げる。

「うわ、止めてくださいよ! 勝手に見ないで!」

 慌てて取り戻そうとして、聴いていたプレーヤーのイヤフォンを引っ張って立ち上がった。 勢いよく椅子がひっくり返る。

 僕はオースティンさんに掴み掛かったけど、その手をすっとかわされた。

 勢いで顔から無様にベッドへダイブする。

 3‐Dには、エルフィンに良く似た女の子が映し出されている。

 彼はふふんと鼻で笑った。

 その態度に僕は神経を逆撫でされてムッとなる。

「へぇ、彼女のファンなのか? それとも……」

「見るなって、言ったのに!」

 僕は真っ赤になって彼に跳び掛かった。

 サイバノイドに換装していることさえ忘れて。

「わ?」

 彼の長身が押し倒される。

「もう! 勝手に……だから僕は貴方が嫌いなんだ!」

(何て意地悪で図々しいんだよ!)

 僕は彼に馬乗りになって乱暴に写真を奪い取った。

「悪かったって。怒るなよ」

 そう言っている目が笑っている。僕は更に馬鹿にされた様な気分になる。

「良い眼をしているな?」

「誰がです?」

 僕はいきどおりを覚えながらも自分の耳を疑った。

「マックが……さ」

「はぁ?」

「そのモデル、確か数年前に事故死したって事になっている」

「ええ、ティファ・フィニ……え? なっている? なっているって今言いましたよね?」

(生きているの?)

「? 何だ? 知らなかったのか? 褒めて損したな。鈍いなお前、まだ気付いていないのか?」

 そう言って、オースティンさんは僕の額を指先で弾いた。

「痛ッ! 何? 何で?」

 僕の頭の中で疑問符が乱舞している。

「馬〜鹿。謝りついでに教えてやるよ。ティファ・フィニはエルフィン本人だ」

「ええ〜っ?」

 心臓がドキドキした。

「オ、オースティンさん僕に嘘吐いているでしょ? そんな幼稚な冗談に引っ掛る程僕は間抜けじゃ無いですよ」

 手放しでよろこびたいのをぐっとこらえる。

(きっと、嘘に違いないんだ。僕の事を揶揄からかって面白がる心算なんだ)

「……あのな。一応、俺はマスコミ関係者だぞ? 誰が幼稚な嘘を吐くって?」

 オースティンさんは呆れた様に僕を見上げた。

 そして急に真顔になる。

「人を疑うなとは言わないが、今のはマズイぞ」

(……叱られた)

 気不味くなって視線を逸らせる。

 確かに、初めてエルフィンと出会った時もティファにそっくりだと思ったし、ショップでこれを見付けた時も彼女に良く似ているなとは思ってた。

 あまりモノを買わない僕が迷うこと無く手に入れた。

 でも、彼女はデビュー後僅か半年足らずで事故に遭ったって……

「ある事件に巻き込まれて業界に居られなくなった。知らなかった方が良かったか?」

「えっ? そ、そんな事は……」

(本当の事なんだ)

 妙に顔がゆるんで来るのが自分でも解かる。

「……!」

 オースティンさんと目が合った。

 彼はさっきとは打って変わって、意地悪そうにニヤニヤしながら僕の表情を見上げている。

(ばれちゃった。僕がエルフィンの事好きだって)

 途端に顔から火が出るくらいに猛烈に恥ずかしくなった。

「もぉ……は、はぐらかさないで下さいよ。何の用ですか? 僕は貴方と話す事なんて無いし、ここにニアは居ませんよ?」

「また、「ニア」か。皆どうしてニアと俺をセットで考えるんだ?」

 彼はウンザリといった表情をする。

「貴方自身がそうしているんじゃありませんか」

(誤解される様な事を)

 僕はオースティンさんの身体から退いた。

 彼はゆっくりと起き上がる。

「そう突っ掛かるなよ。まだエルフィンの事で怒っているのか?」

(気安く呼ぶな!)

 彼女の名前を口にされて、何故だか頭に来る。

 下降しかけていた怒りのテンションが、再びぐっと上がった。

「別に……用が無いなら出てって下さいよ。明日学校で模擬試験があるのに」

 僕は乱暴に彼の背中を押して、部屋から追い出そうとした。

「ちょっと待った! まだ用は済んでないぞ?」

 彼は僕の力に抗った。

 けど、僕の力に全く歯が立たない。

 僕よりもずっと身体が大きいのに不思議だった。生身の人間ってこんなにも弱かったの?

「だから、何ですか?」

 僕は面倒臭そうな聞き方をして、押していた手を離した。

「マックはその……」

 少し迷っている様な素振りで視線を僕から逸らせた。

「その、今はサイバノイドに換装しているが、もう、ニアの中には戻らないのか?」

「? どういう意味で言ってるんです?」

「確かお前は換装していない時、ニアの虚像を使っていたよな?」

「……そうですけど?」

 僕はニアが鏡とかガラスに映った姿を借りて、ニアの中から出て来る特殊な能力を備えている。だから本当の自分の身体を失ってもこうして存在することが可能なんだ。

「その時のお前の運動能力は、彼女に準じているのか?」

「ええ。実像はニア自身ですから……それがどうかしたんですか?」

つまりは、ニアが二人になる訳か」

 彼の表情が明るくなった。

 勝手に何か解釈して納得している。

「けど、今ここでニアの虚像になれって言われても出来ませんからね」

「どうして?」

「ニアが眠っちゃったからですよ! 僕だってずっとサイバノイドのままじゃ居られないのに!」

 いつもよりニアから離れている時間が長い。疲れて来ているのか、手足が重く感じられて辛い。

 彼は首を傾げて僕に視線で問い掛けた。

「僕を受け入れてくれるニアの意識がないと、僕はニアの中には戻れないんです! 解って頂けたでしょうか?」

 僕は苛々して言い放った。

「そうか」

「じゃあ、今度は僕に答えて下さい。さっきニアが二人って言いましたよね?」

「あ? ああ」

 オースティンさんは、僕とニアの二人で協力してオヤジさんを護ってくれと言った。

 またさっきの不快感に包まれる。

 彼がこのオヤジさんの家に居るって事だけで何だか気に入らないのに、どうして僕が彼の頼み事まで聞かなきゃいけないんだ?

「冗談じゃありませんよ!」

 僕はきっぱりと言い返した。

「そんな危ない事、元だか何だか知らないけれど、プロの貴方がすればいいでしょ? どうして素人の僕達が協力しないといけないんです? 警察か軍に頼んでも良い。方法は幾らでもあるでしょう? 現にオヤジさんにはもう軍の護衛の人達が付いているんだ。必要無いじゃないですか」

「……それが出来れば苦労はしない。今の所、犯行声明も脅迫されたという物的証拠も残ってはいないからな。軍の護衛も先程解除された。俺が自由に身動き出来たのはここまでだ」

「じゃ、じゃあ……」

 僕の顔色がたちまち悪くなった。

「俺だったら、三島さんを襲うならこれからだな」

 オースティンさんは平然と言い放った。

「そんな……」

 僕はごくりと喉を鳴らした。

 でもこれで彼がオヤジさんを護ってくれる側なのだと確信した。

「で、でも、それでも何とか出来る筈だ。前の事だってそうだ。ニアにバイクや銃まで教えて。僕は静かに生活したいだけなんです。もう危険な事は嫌だ。嫌なんだ」

 部屋の照明が僕の「気」に反応して勝手に光度を上げたり落としたりを繰り返した。

 僕はオースティンさんから眼を逸らす。

 臆病な僕は、膝がガクガクして震えが止まらない。

「も、もうニアに近付かないで下さい……お願いですから」

(言ったぁ! やっと言えた。怖くてずっと言えなかったのに、やっと言えた)

 でも、それは僕が成長して言えたんじゃない。

 このサイバノイドの身体があったからこそだ。

「……すまない。こっちにも事情がある。残念だがその頼みは聞けないな」

 彼は肩を落として気の毒そうに僕を見た。

「あの、言い忘れてましたけど、別に貴方がグレネイチャだから言っているんじゃありませんからね?」

「おい、取って付けたような言い方するなよ」

 彼の表情が少し緩んで苦笑した様に見えた。

(あれ? 気にしていたのかな?)

「だって僕、外見で人を差別する心算はありませんから」

 僕は口を尖らせた。

「きちんと言っておかないと誤解されたら気分悪いし……」

「でも協力は出来ない?」

「当然でしょ? 今更何を言って……うわっ?」


 突然僕の部屋の真下で何かが爆発し、家が激しく揺れた。

 僕は立っているのがやっとだった。

 下腹に響くような音と、ガラスが粉々に砕ける音。そして一階の窓から、真っ黒い黒煙と火の粉が勢い良く噴き出すのが見えた。

 僕は動けなくなってその場に立ち尽くしたけれど、オースティンさんは違っていた。

 彼はもう僕の部屋から飛び出している。

 連射式の大きな銃声がした。

「なっ……?」

 銃弾が目の前の壁を貫通し、僕の身体を撃ち抜いた。

 僕は弾の威力で身体ごと持って行かれる。

 左肩と右脇腹に銃弾を受け、真っ赤な疑似体液が音を立てて勢いよく噴き出した。

 僕のサイバノイドの身体は頑丈だけれど、可能な限り生身の人間に近い様造られている。

 皮膚構造のデリケートさったら無い。

 でも、今の僕にはこれがあだとなった。しっかり痛覚も兼ね備えているのだもの。

 気が遠くなりそう。

(ニア!)

 僕は彼女を呼んだ。

 きっとこの騒ぎで起きている筈だ。

「三島さん!」

 廊下でオヤジさんを呼ぶ、切迫したオースティンさんの叫び声が聞こえた。


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