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第10話 FCI

「大丈夫? マック?」

「……うん」

 僕は名残惜なごりおしそうにエルフィンの柔らかい胸から離れた。

 僕は彼女をかばっていたはずだったのに、いつの間にか僕の方が彼女にしっかりと庇われていた。

「腕……僕のせいで駄目にしちゃったね」

(折角治したばかりなのに)

「どうして? マックのせいじゃないわ。私の不注意よ」

 エルフィンが僕の顔をのぞき込んだ。

 碧の澄んだ瞳が僕のぐしゃぐしゃになった顔を映し出す。

「だって……だってあの時僕がもっと早くインターセプタをつかえたら……」

(この変な力があるのに上手く遣えなかった……情けないよ)

 目の前が揺らめいた。

(……まただ)

 僕はエルフィンをまもってあげられなかった自分をくやんで泣き出しそうになる。

 慌てて彼女から顔をそむけた。

「ごめん……へ、変だな。僕って、こんな……こんなに泣き虫だったのかな……?」

 鼻をすすった。

 恥ずかしいけど、声までが完全に涙声だ。


 今までは不自由だった自分の身体を持っていて、総ての感情が諦めモードだった。

 どんな事が目の前で起こっても、僕は常に傍観者でしか無かった。

「僕のせいじゃない。僕は何もできないんだ」「僕に何が出来る? 人にしてあげられるコトなんか僕には無いんだ」……そう自分に都合の良い理由をつけて逃げ出し、現実から目を逸らせていたズルイ僕が居た。

 でも、そうでもしないと良心の呵責かしゃくに耐えられそうになかったから……

(けど、今は違う。僕の中に、一人前に悔しがっているもう一人の僕が居る。しかも、以前の僕よりもずっと後悔ばかりしている気がするんだ。

 だけど……きっといつか……)

 エルフィンの細い指先が優しく僕の涙をぬぐい、ほほでた。

「……エルフィン?」

「私なら大丈夫よ。すぐに感覚器を切ったもの。バイオノイドの腕は造り物だしわりはあるもの。それよりもマックが無事で良かった」

 エルフィンはそう言って微笑んだ。

「違うんだ。僕なら……」

 僕はエルフィンの微笑が素直に受け入れられなくて、首を横に振る。

「ニアさえ無事なら僕は……多分きっと死なない。この身体はニアの映し身だもの」

(良い意味でも、悪い意味でもね)

「マック……」

 僕は再びエルフィンの腕に包まれた。

(うわ……?)

 また胸がドキドキする。

「ありがとう」

「……え?」

(何? それって僕に、この僕に言っているの? 何も……何も出来なかったこの僕に?)

 今まで、生きている事自体がお荷物的存在でしか無かった僕の心に、彼女の言葉が染み込んで行く――



 一際強い風が吹いて、僕達は病院館内で聞える筈の無い車のエンジン音を耳にした。

 それもかなり手を加えて改造されている音だ。

(こっちに近付いて来る……外から?)

「うわっ?」

 エルフィンに抱きすくめられたまま、僕は思わず声が出た。

 その車は爆風で崩壊し、吹き抜け状態になっていた外からいきなり現れた。

 建物の外壁を垂直に登って来たらしい。

 見掛けはタダの改造型スポーツタイプの乗用車なのにどうやって登って来たんだろう


「今度は何だよ?」

 アーヴィンが投げ遣りにぼやいた。

 ガルウイング式の車のドアが左右にね上がり、中から二十代半ばの男女が降りて来る。

 アーヴィンほどではないが、日焼けをしたような浅黒い肌を持つ背の高い男性と、彼には少し勿体ない程の美しい金髪の女性だ。

「あ? 岬……さん? それに、レイナさんまで……」

 アーヴィンは彼等に見覚えがあったようだ。

 呼ばれた男はアーヴィンに素早く視線でこたえる。

「ドクター山崎……オリジナルのご本人ですよね?」

 男の声に、ドクター山崎は頭をもたげて、ゆっくりとうなずいた。

(……オリジナル?)

 アーヴィンを除いた誰もが彼の言葉に疑問を抱いた。

 岬は、ドクター山崎の状態を黙って診た。

 彼は表情一つ動かさない。

「FCIの高千穂です。貴方には話をうかがわなければなりません」

 事務的にそう言って岬は身分証を一閃させ、ドクター山崎に任意同行を求めた。

 ドクター山崎は黙ってもう一度顎を引く。

「時間が無い。ドクター、今がどういった状況かはお分かりですよね? 貴方の識別コードと解除パスワードをお教え願えませんか?」

 岬は丁寧な言い回しだが乱暴な言い方をした。「ドクターに拒否は認めない」そんな強制的な言い方だった。

「やはり来たかね……」

 ドクター山崎は切羽詰った表情を浮べ、顔を歪める。

 口をつぐんでしまったドクターを、岬はいきなり左の片手で彼の胸倉を掴んで締め上げた。

「俺はあんたの心中の巻き添えはご免だし、させない!」

 岬は挑み掛かる厳しい視線をドクターに送った。

 ドクター山崎はその視線から逃れようと顔を背ける。

「……」

 岬は掴んでいた手を放した。ドクター山崎はその場に腰が抜けたように座り込む。

 ドクター山崎の視線の先にはニア達が居た。

 ニア達は訳が解らないまま、座り込んでいるドクター山崎を遠巻きに取囲んでいた。

 彼の眼差しは既に今までの余裕は無く、何かに怖じ気付いている様子がうかがえる。

「わ……解った」

 ドクター山崎は両肩を力無く落した。

 そして岬に認識コードと解除のパスワードを伝える。

「レイナ、ドクターと女の子を頼む」

 岬は彼女にそう言うと、自分はアーヴィンの方に向かった。

「シュライバー、仕事だ」

 岬がその名を呼ぶと、車が現れた病院の外壁からクワガタ虫のロボットがごそごそとい出して来た。

「うわークワガタ虫だぁ〜。カックイイ〜!」

 ニアはロボットの姿を見ると、喜んでべたべたと触りまくった。

 シュライバーはニアに触られて迷惑そうに左右の触覚らしい器官を動かす。

 ニアとは対照的に、虫の嫌いなエルフィンは短く悲鳴を上げて引きった表情を浮べた。

「そんなに嫌がらないで。本当は私だって苦手なの。シュライバー、早くドクターを」

 レイナが情けなさそうに肩をすくめた。

 どうやら彼女も右に同じらしい。

 彼女はシュライバーにドクター山崎のヴァイタルチェックの指示を出す。

 シュライバーはその大顎で器用にドクター山崎を抱えると素早く彼の身体をスキャニングした。

 状況を頭部に組み込まれているモニタに表示すると、腹部から彼に必要な応急処置キットが出て来る。

 レイナがそれを受け取り手早く処置を施した。

 シュライバーが車の後部座席にドクター山崎を押し込むと、彼女は手際良くシートベルトでドクター山崎の身体を固定する。

 レイナは続いてニアとエルフィンに同乗をうながした。

「嫌だ。ニアはここに残るの」

 ニアは両の拳を胸の前でぐっと握り、首を振った。

 今、ここでアーヴィンと離れれば、もう会えないかも知れない――

 そんな分離不安に襲われる。

「私も……」

 ニアにつられてエルフィンまでもがレイナの指示を拒否した。

「気持ちは解らないでもないけれど、貴方達には協力して貰いたいの」

「……? 協力?」

 怪訝けげんそうにエルフィンが彼女の言葉を聴き返す。

 レイナが軽くうなずいた。

「そう、彼を逃がすの。この混乱に乗じて……ただし、彼には其れ相応の仕事をして貰う事になっているわ」

「あの、言っている事がよく……」

「解らない?」

(誰? この人達、二人共気配が感じられない。アーヴィンもそうだけど、彼とはまた違う。まるで動物が本能的に持っている何かをこの人達は持っているわ……誰なの?)

 エルフィンはレイナの余裕のある態度に呑まれながらも一歩も引こうとはしない。

 むしろ、彼女を探っているようでもあった。

「だって、貴方達は軍の……」

(多分、私よりもずっと上の人達……FCIってあの男の人が言っていたけれど、それって連邦の中央統括機構? でも、私と同じ軍の人達がアーヴィンを逃がす……って どう言う事なの? 彼に射殺命令を下していたのは軍なのに……? しかも、こんなにタイミング良く……まるで命令がくつがえされるのが判っていて、待機していたみたいに……)

 エルフィンの問い掛ける視線に、レイナは力強く頷いた。

「私達は彼にきっかけを提供するだけよ。逃げるか逃げないかは彼が判断して決める事だわ。だから、私と一緒にここから離れて」

 紫の瞳が優しく微笑む。

「どぉして?」

 ニアは口を尖らせた。

「時にはそういう協力の仕方もあるのよ。ニアちゃん」

 流石に衛星から病院ごと狙われているとは口が裂けても言えない。

「ニアを知っているの?」

「まあ、上辺うわべだけのプロフィールくらいなら」

「ニア、この人の言う通りだわ。此処は従いましょう」

 エルフィンがニアの肩を軽く加減して掴んだ。

 微かにその指先に力がこもる。

 彼女の握力にニアは驚いてエルフィンを振り仰いだ。

(何かあるの?)

 ニアの視線の問い掛けに、エルフィンは黙って頷く。

「その方が得策だわ。私達にとっても、アーヴィンにとっても」

「アーヴィンの?」

「ええ」

(ごめんねニア……アーヴィンとはもう会えない事になるかも知れないけれど……)

「……解った」


「よーし、良い子だ」

 岬はニア達の反応に満足そうに頷いた。

 そしてうずくまっているアーヴィンのそばに片膝を着く。

「オイ、立てるか?」

 アーヴィンは震えながらも頷き、歯を喰いしばって上体を起こした。

「まさか……貴方が来るとは思いませんでしたよ」

「俺もだ。ライナスが心配していたぞ」

 アーヴィンの動きが停まった。

 いぶかって岬を見上げる。

「あの人が? ……まさか」

 目線を合わせば突っ掛かって来たライナスだ。

 彼に対しては、お世辞にも良い印象は持っていない。

「ま、アイツも不器用な奴だからな。どういった態度を取ったかくらい、お前を見ていれば判るよ。にしても……この前はよくも遣ってくれたな? お陰で一時俺は部署からお払い箱にされたんだぞ?」

 岬は一段と低い声で恨みがましくすごんで見せた。

「な、何の……事ですか?」

 心当たりがあったアーヴィンが、しまったという表情を見せる。

とぼけるな。幾ら取材とはいえ、洗いざらい書き立てやがって……まあ、それでレイナと逢う事が出来たんだ。今回はチャラにしてやるさ」

 アーヴィンは安堵の大きな息を吐いた。

 様子をうかがっていた岬が表情を崩して苦笑する。

 彼の傷の状態を診た岬は、シュライバーを呼んで必要な医療器具を入力した。

 シュライバーの腹部から出た処置キットの中から数本のアンプルを取り出す。

「貴方には何度か会いましたけど、こうして助けて貰うのは二度目ですね?」

「そう……だったか? 悪いが、野郎を助けた事なんか一々覚えていない」

 処置の手を休めずに岬はとぼけた。

「嘘が下手ですね」

「そうか? だが、まだ助かったと思って貰っちゃ困るな」

 彼の言葉にアーヴィンの表情が固まった。

 アーヴィンのそんな様子を見て意地悪そうに笑うと、岬はニア達に聴かれないように一段と声をひそめた。

「後、数分もしない内に上空に監視攻撃システムを搭載した衛星が来る。目的地のここへ到達するのと同時に攻撃を仕掛けて来るようセットされてしまった」

 岬は彼の傷口付近の神経に局所麻酔を射ちながらそう言った。

 まるで他人事のように淡々としている。

「……取敢えず痛みは麻痺させた。これで暫らくは動けるな? 弾の摘出は後だ。察する処、銃が暴発して命中しましたって感じだが急所は外れている……運が良いな」

 アーヴィンは黙ってあごを引いた。

「で、識別コードと解除パスワードは聞いているが、実際に当てにはならない。何せ、自分のダミーで自分自身をお前達諸共消そうとしていた奴だ」

「やっぱり……」

 アーヴィンは自分の勘が当たっていた事を覚った。

「どうする?」

 岬はアーヴィンの顔をのぞき込んだ。

「目標の攻撃設定の解除か自爆。しくは他の衛星からの爆破。時間的余裕があれば、地対空迎撃システムの作動」

 岬はアーヴィンの回答にうなずいた。

「幸い、この病院はGPSからの裏情報を持つパーソナルA・Iを所有している。アーヴィン、キツイだろうがもう少し付き合って貰うぞ?」

 岬は振り返ってニア達に付いて行こうとしていたマックを呼び止めた。

「マック、君も協力してくれ」


「はい?」

 呼び止められて僕は驚いた。

 思わず自分の事を指さして確認をする。

「そう、君だ」

 岬さんは大きく頷いた。

「え、ええーっ? 僕?」

 呼ばれて僕は萎縮いしゅくした。

 いきなり遣って来た見ず知らずの人なのに、どうして僕の名前を知っているんだろう。

「少し怖い思いをさせてしまうが、君なら大丈夫だろう? 俺のこの手ではまともなキー操作が出来ない」

 岬さんはそう言って白い包帯を巻いている右手を軽く挙げて僕に見せた。

(僕の正体を知っている……?)

 おびえて警戒する僕の視線に気付いた岬さんは、顎を引いて少し笑った。

(あれ? この人、さっきから見ていると随分ずいぶん怖そうな人だなとしか思わなかったのに……優しそうに笑う事も出来る人なんだ)

 さっきまでの僕の猜疑心さいぎしんとかされて行く。

「職務上の権限ってヤツでね。少し君についても調べさせて貰った。君ならアーヴィンの補佐として十分だ。勿論、このシュライバーもサポートする」

 岬さんは顎を杓ってその「シュライバー」を呼び寄せ僕に近付けた。

「うひぃ……?」

 悲鳴が声にならなかった。

 僕はニアと違って大の虫嫌いだ。

 それが目の前で大人が四つん這いになった位の大きさに拡大されて動いている。

 シュライバーはギギギと鳴いてその大顎を振った。


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