夢をかなえる魔人
「では、これより天羽 詩亜救出作戦のミーティングを行います」
僕たちは現在、太平洋上にある離島に向かっている。そこで世界連邦の技術開発部らしきチームが上陸したという情報が、諜報部からもたらされたためだ。
そして、詩亜が乗っているFF、『ラプンツェル』らしき機体の搬入が確認されたのだ。つまり、詩亜もそこにいる可能性が高く、このチャンスを逃す手はない、ということで救出を試みているのだ。
その作戦の具体的な計画を、艦長が説明している。
「まず、詩亜はRSとして強化を受けています。RSは、誰かから制御を受けていなければ戦えない……。それで、その制御をおこなっているFFが、これよ」
ミーティングルームのモニターに、あるFFが写っている画像が映し出された。
「魔女型FF、『ウィッチ』。武装はロッド型ビームライフルだけだけど、情報処理能力が高いわ。それを利用してRS制御に利用しているみたいね」
「つまり、ウィッチを墜とせば、その少女は救出できるのだな?」
「その通りよ、国力さん」
国力さんは三十五歳で、この中では一番年上だ。そのため、最高責任者である艦長も国力さんの事はさん付けで呼んでいる。
「ただ、ウィッチはフライングユニットであるほうきから散布したビーム粒子を媒介して、幻覚を見せたりレーダーに干渉したりしてくるらしいわ。そこで、蓮の出番よ。蓮のアリババに搭載されているレーダー類は、干渉を受け付けないから」
「大船に乗ったつもりでいてくれ、艦長」
「期待しているわ、蓮。それで、蓮がウィッチを発見するまで、ほかのみんなには詩亜の相手をしてもらいたいの」
「つまり、蓮の護衛か」
「そうよ、仁。その後、蓮がウィッチを捕捉後、一気に攻めるわ。そうすれば、詩亜の動きは止まる。そして救出、という流れで行くわ」
さすがは艦長。完璧な作戦だ。ただ、一つだけ懸念があるが……、それはその時になって考えよう。
ミーティングが終わるころ、由里耶から報告が入った。
「艦長、もうすぐ到着ッス」
「わかったわ。総員、戦闘準備!」
島に上陸すると、すぐに敵が現れた。
「レーダーに反応! 地中からッス!」
現れたのは、通常の二倍も大きい、塔を彷彿とさせる身体に金の長い髪が付いたFF、ラプンツェルであった。
ラプンツェルの確認と同時に、艦長から号令がかかる。
「蓮、ターゲットの補足までどのくらいかかる?」
「ざっと五分くらいってところだ」
「みんな、聞いた? とにかく五分は耐えて! 後はミーティングで言った通りよ。各機、散開!」
……詩亜、もう少しで僕達のところに帰れるぞ。だから、少しの間、我慢してくれ。そうすれば、僕は、心おきなく――。
戦闘が始まると、ラプンツェルから先制攻撃を受けた。
ラプンツェルの髪がこちらへ猛スピードで伸びてきて、ビームを発射してきたのだ。
「まずは、この一手からだ」
僕は、前に闇影部隊と戦ったときと同じように、マジック粒子を前方に大量散布した。
そして、そのまま起爆させた。
「さて、これでどのくらい脱落してくれるか……」
僕の狙いは、マジック粒子の爆発で髪を、出来るだけ多く墜とすことにあった。
結果は、最初に見たときの八割くらいになっていた。
「チッ、もう少し墜ちてくれれば楽だったんだが」
「そう愚痴ったところでどうにもならん、仁。さあ、ここからは、己の技量のみが問われるぞ」
「わかりました、国力さん」
「……了解」
各々、近接武器をとりだした。
そして……。
「……蓮には、絶対に近づけさせない」
最初に手を出したのは、意外なことに、ベアだった。
ベアは、ビームターバンを上手く使い、自分から距離が離れたところで防御と撃ち墜としを同時にやっていた。
このオールレンジ兵器同士による攻防は、不謹慎ながらずっと見ていたいと思うほど、引き込まれるものがあった。
さらにすごいのが、髪が接近した時だった。なんと、ビームシャムシールで近場の髪を切り落としながら、ビームターバンで新手の髪を防いでいる点であった。
一方、国力さんはというと、
「ふん、その程度では、せっかくの武器が泣いているな」
その自信たっぷりなセリフがにおわせているとおり、まずヒートウィップを円形に振り回してビーム砲撃から身を守った後、すぐに高速でよけながらヒートウィップやビームクローで髪を撃墜していった。
青龍の、森林を高速で飛びまわれる能力が存分に発揮されていると思った。
「詩亜に仲間を、討たせはしない」
僕は、主にビームスピアで切り刻んでいた。たまに避けきれないことがあったが、その時はシールドで防御していた。
「新手には、こいつだ!」
新しい髪が迫ってくるのが見えると、ホーミングレーザーを放った。
戦闘の最初の方は、こちらの優勢だった。しかし、時間がたつにつれ戦況が悪くなる。
「くそ、何なんだ、奴は? 攻撃が激しくなる一方だ」
「……さすがに、厳しい」
「しまった、僕としたことが忘れていた。ラプンツェルの能力を!」
ラプンツェルの能力。それは、髪を切ってもビームを出せるということ。
つまり、攻撃範囲は狭まってしまうが、オールレンジ兵器としてはほとんど機能に影響はないのだ。
だから、時間をかけていると相手にする髪の数がネズミ算式に増えてしまい、いつかこちらが壊滅してしまう。
「蓮、まだか!?」
「待て、残り一分半だ」
その時間だと、僕らが壊滅するかしないか、ギリギリになってしまう……。
そのとき、艦長から連絡が入った。
「みんな、髪を全て中央に集められる?」
「そ……それは、アラジンの搭載兵器を使えば、出来ないことは……」
「だったら、それを実行して、今すぐ!」
よくわからないが、状況を打破するにはそれしかないようだ。
「任務了解。粒子タンク弾、装着。ターゲット、戦闘区域左右両端。発射!!」
粒子タンク弾とは、マジック粒子を大量に詰め込んだ弾で、ホーミングレーザーを用いて打ち出す。これを使った爆発は、通常では絶対に出せない威力と範囲を誇る。
それを二時と十時の方向に打ち出した。着弾すると、筆舌に尽くしがたい、大規模な爆発が起こった。
すると、ラプンツェルの髪が中央に集まったではないか。
すかさず、艦長の指示が下る。
「今よ。主砲、発射準備」
「エネルギー充填、完了。友軍の退避も出来てるッス」
「照準OK。いつでもいけるぜ!」
「主砲、撃て――――!」
集まった髪に向け、主砲が火を噴いた。
そう、一連の艦長の命令は、あの髪を一網打尽にするための作戦だったのだ。
この作戦は、見事的中。ラプンツェルの髪は、ほとんど焼け落ちてしまい、攻撃範囲を極端に狭めることに成功した。
とはいっても、相変わらずビームは撃ってくる。それでも死角から攻撃されるよりはマシで、戦闘がかなり楽になった。
さらに、僕達の追い風になる報告が入った。
「待たせたな。魔女の居所がわかったぜ」
「本当か?」
「ああ。とりあえず、俺が攻撃を仕掛けて引きずり出す。そこを一斉攻撃だ」
『了解』
蓮のアリババはビームサブマシンガンを構え、照準を合わせた。
「え~と、魔女の現在位置は……そこか!」
フルオートで発射された弾は、何もないはずの空に命中した。
「くそっ、見つかったか!」
何もないはずのところから現れたのは、ほうきに乗った魔女。
つまり、詩亜をコントロールしているFF『ウィッチ』だった。
「今だ! 総攻撃をかける!!」
蓮の合図で、僕たち全員がウィッチへ攻撃を仕掛けようとした、まさにその時だった。
「うっ……、なんだこれは?」
「どうした、仁?」
「強烈な悲しみ、恐怖、苦しみ……。なんで僕は、こんなものを感じている?」
その原因は、すぐに分かった。
(う……うわああああぁぁぁぁぁぁぁ!!)
「これは……、詩亜の声? いや、悲鳴が……僕の頭の中で……響いている……?」
「何が言いたいんだよ?」
「この悲鳴は……、まずい、みんな、すぐに詩亜から離れて防御態勢を取れ!」
何か嫌な予感を感じた僕は、とっさに指示を出した。
でも、そんなことをいきなり言われれば、誰だって混乱してしまうわけで。
「そんなこと言ったってよぉ」
「どういうことだ、仁? 説明を求める」
「……理解不能」
不可解な僕の命令に抗議が殺到するなか、艦長から連絡が入った。
「みんな、仁の言う通りにして。ラプンツェルの様子がおかしいわ」
「……何?」
やはり、僕の予感は的中した。ラプンツェルが暴走を始めたのだ。
飛び交うビーム、その巨体によって押しつぶされる木々……。まさに、地獄絵図だった。
「なんでだよ……、どうしてこうなった……」
「艦長が立てた作戦は完璧だったはず……。それが、なぜ……」
疑問を口にしている蓮と国力さんに、僕はつぶやくように言った。
「……心配していたことが、的中した」
「え?」
「確かに、RSを制御しているウィッチを攻撃すれば、あれは止まると思っていた。でも、僕達は別の可能性も考えていた」
「……それが、この暴走か」
「その通りです。RSの制御という行為が、RSの操作のほかに感情の統制という意味も持っていたとしたら、このような事態も予測できたはず……というより、ちゃんと予測して進言していました。でも、長い間RSとして酷使されれば、それだけ詩亜の負担も大きくなる……。だから、見切り発車したのです」
「つまり、俺達には、どうすることも出来ないのか……」
「そんなことはない!」
僕は言い切った。
「そのようなことを言っても、策も何もないのだぞ」
「僕には、あいつの……詩亜の心の叫びが聞こえる……。あいつの苦しみを知っていながら、逃げられないだろうがあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「おい、待て!」
仲間の制止も振りほどき、僕は突撃した。でも、決して無謀な行為ではなかった。
艦長から聞いた、この機体と僕に託された希望。そして、神戸でふと思い出した、詩亜が昔言っていたこと。
点と点がつながった今なら、あいつを助け出せる!!
(怖いよ……苦しいよ……さびしいよ……。助けてよ、仁……)
ラプンツェルに近付くにつれ、詩亜の叫び声が強く聞こえる。
もちろん、それと同時に攻撃も激しくなる。
「チッ、また被弾か」
操縦技術とビーム攻撃を軽減する装甲のおかげでかすり傷程度に抑えていたが、そろそろ限界に近い。
「これ以上は無理か……?」
無数の髪がこちらに向けてビームを打とうとしている。
その時だった。
「何?」
後方からの射撃によって、髪が撃ち落とされたのだ。
発射された方向をみると、蓮とベアが撃っていたようだった。
「なんか方法があんだろ? だったら、俺はそれに乗るぜ」
「……援護射撃」
救いの手は、まだ続いた。
「仁、つかまれ」
「……国力さん!」
国力さんの青龍がやってきたのだ。僕は青龍の背につかまった。
「青龍の運動性、しかと見よ!」
僕のアラジンを乗せたままでも、国力さんは難なくビームを避け続ける。
でも、ラプンツェルのコクピットがある頭部まであと数十メートルというところで、
「くっ……、当たってしまったか……」
被弾してしまったのだ。
しかもその場所は、撃墜されないまでも、戦闘を続行するには危険な場所だった。
「国力さん、もういいです。すぐにリタイアしてください!」
「だが、お前を送り届けなければ……」
そうはいっても、青龍はもう限界だ……。何か、ほかの方法は……。
(俺に代われ)
「お前は……心?」
(Jモードなら、デカブツの頭までたどり着ける。お前、あの女を助けたいんだろ?)
「……そうか。なら……頼む。国力さん、何とかなりそうです。すぐに引き返してください」
「本当にいいのか?」
「大丈夫です」
「……わかった。健闘を祈る」
国力さんは戻っていった。それと同時に、心に身体を貸した。
「さあ、アクロバットショーの始まりだぁ!!」
心は、Jモードの高い機動性を生かし、猛スピードで突っ込んだ。また、Jモード時に発生する触手の様な翼を使い、上手く防御した。
そのような協力もあり、僕はラプンツェルの頭部にたどり着いた。
「俺ができるのはここまでだ。後は、お前自身の手でやんな」
「……ありがとう、心」
そして僕は、詩亜の思いと、自分の思いを胸に、叫んだ。
「僕は、夢をかなえるランプの魔人……。今、お前の夢をかなえて、助け出す。
詩亜! お前の夢は、何なんだああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「……あれ、ここは……」
「どうしたの仁? さっきからボーっとしちゃって」
「ウソだろ……」
驚いた。隣にいたのは、詩亜だからだ。しかも、子供の時の。
それだけじゃない。僕も子供になっていた。
周りをよく見ると、夕暮れの、僕が住んでいた秩父の公園だった。
「あのさー、人が大事な話しようとしてるのに、上の空なんてひどいよ?」
「あ……ごめん」
僕はいまだに状況が把握できていないのに、詩亜は話を進めようとする。
「……ところで、まだ状況が理解出来てないんだけど……」
「ちょっと、せっかく覚悟決めたのに、話す前からそんなこと言わないでよね」
「……ごめんなさい」
しょうがない。とりあえずここは、状況云々は置いといて、詩亜の話を聞いてみるか。
「……で、話って?」
「絶対に笑わないでよ? ……あたしね、夢があるの。それはね――仁のお嫁さんになること、なんだ……」
「え……」
「……ハッ」
気が付くと、アラジンのコクピットの中にいた。
「なんだったんだ、今の……」
しかし、先ほどとはいくつか状況が違っていることに気付いた。なんと、ラプンツェルが横たわっていたのだ。
「詩亜は? 詩亜は無事か……?」
生命反応を確認してみた。だが、反応はなかった。
「そんな……、こんなことって……」
悲観しそうになったが、膝のあたりに妙な重さを感じた。
「……え……?」
僕の膝には、ウェディングドレスを着た詩亜が、横になって眠っていた。
「……あ……仁……」
「詩亜……」
詩亜は、ゆっくりと目を開けた。そして、弱々しい声で話し始めた。
「あたしね……、仁のお嫁さんになりたいって、ずっと思ってた……。でも、悪い人に捕まって、改造されて、それで……夢を、あきらめかけた。でも、仁のおかげで、その夢を思い出せた。生きる希望が、持てた。ありがとう、仁……」
ありがとう、か……。そのセリフ、僕こそ言わなきゃいけない。
「お礼を言うのは僕の方だ。僕は、夢がかなわないという理由で、自分勝手に死にたがった。でも、詩亜の夢を見れたおかげで、思い直した。自分が知らないうちに、自分が誰かの生きる希望になっているんだって。だから、僕も生きる希望を持てた。そういうわけだから、もう、死にたいなんて言わないよ」
「仁……」
そんなふうに言うと、詩亜は僕に抱きついた。
「え……」
「あたしの夢、実現してくれる?」
その質問の答えは、決まっている。
「……ああ、もちろん」
「お~い、ラブシーンはそこまでにしろ~」
「……へ?」
突然、蓮から通信が入った。よく見ると、通信状態は仲間内でオープンにしてあった。
「……聞いてたのか?」
「アラジンの背中からマジック粒子が大量放出されてた時はジャミングが入って聞き取りづらかったけど。でも、ラプンツェルが倒れてからは全部筒抜けだったぜ」
全部聞かれてたと思うと、顔が熱くなる。
「ところで、どういうトリック使ったか知らないが、詩亜は助け出したんだろ? だったら、すぐやるべきことがあるんじゃないか?」
「……ああ、そうだな」
「……任務、再開」
「私の青龍も修理が完了した。参加できる」
条件はそろった。今なら、あの魔女を成敗できる。そして、二度と詩亜の様な人を増やしてはいけない!
「もう、何がどうなってるのよ! サンプルは消えちゃうし、試作機は機能停止するし……。やってらんな~い」
チッ、また光学迷彩で消えたか……。
「どうする? また、俺のアリババのレーダーで探すか?」
「アリだが、それだと時間がかかって逃げられてしまう。ここは僕に任せろ」
詩亜の夢を実現可能なレベルまで引き上げた今なら、僕には出来る。初陣から感じていた、他人の心を読む能力は、夢をかなえるのに必要な能力だ。
なぜ必要かと言えば、夢は人の心の中に、大切にしまっているものだからだ。
それを探し当てられるということは、普通に心を読むのも、集中すれば楽に出来る。
(もう、今回の件で私の研究が台無しよ! 帰って、またサンプル集めからやり直さなきゃ……)
「……そこか!」
ウィッチのパイロット、ヘラ・ハインドリヒの心の声は、右から聞こえた。そこに向けて、僕はビームロッドガンを放った。
「キャー!! どうしてわかったの?」
ビームロッドガンから放たれた弾は、見事に命中。ウィッチの姿をさらすことに成功した。
「詩亜、しっかりつかまってろよ」
「うん」
「全員、かかれ!」
『はああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』
僕たち全員で、魔女に斬りかかった。
「……ウソでしょ?」
そして、魔女は爆炎の中に消え去った。