暗闇の暗殺者
「レーダーに反応は?」
「まだッス」
僕たちは現在、富士山麓の青木ヶ原、いわゆる樹海にいる。この付近で革新連合軍らしきFFの目撃情報があったからだ。
「でも、やっぱり何か変ね」
「ああ、そうだな」
艦長と栄人さんをはじめ、僕達のほとんどがこの情報に対して違和感を覚えていた。
ただ、由里耶だけは例外なようで。
「あの……、さっきから皆さんが言ってる、違和感って何なんスか?」
「それはな、目撃されている革新連合のFFが『青龍』だからだ」
「チンロン?」
「データベースによれば、青龍は革新連合の中国で開発された、森林戦を想定した機体よ。正確にいえば、森林で身を隠しながら戦うの。ステルス性も高いし、隠密行動によくつかわれるらしいわ。そういう機体が人目につくってことは……」
「ヘマをしたんスね!」
……ダメだ、こいつ。
しかし、そんな由里耶にもめげず、艦長はやさしく、丁寧に説明する。
「青龍は、操縦にかなり技量と体力を必要とするとされている機体よ。木と木の間をスムーズに、かつ速く移動するために、Gもかかれば素早い状況判断や操縦技術が必須だから。つまり、それだけ高度な技術がいる機体に搭乗しているパイロットが、そんな初歩的なミスを犯すなんて考えられないのよ」
「じゃあ、これが罠ってことも……」
「そうかもしれないわね。でも、このまま放置しておくわけにもいかない」
その時、レーダーに反応が出た。
「ようやく見つかったようね。各機は発進! その後、本艦と共に進軍。相手はステルス性が高い機体よ。不意打ちに気をつけて」
「あれは……?」
出撃した僕達は、すぐに敵の姿を目視できた。だが、その様子が奇妙だった。
まず、敵がたった一機であることだ。あの森林に同化できるようなカラーリングと、龍の様な形状は間違いなく青龍だ。
でも、それしか見当たらない。
「蓮、敵の反応は?」
「あいつだけのようだ。範囲を青木ヶ原全体に広げて探しているが、どこにも見当たらない」
レーダー関係が強い蓮のアリババでも感知しないということは、罠である可能性は低い。だが、一機だけであいつは何をしようとしている?
それともう一つ、不自然な点がある。敵の行動だ。
先程、僕は敵の姿を目視できたと言った。でも、よく考えてみたら、あいつのほうから出てきた感があるように思える。
これらの不自然な行動は、いったい何を意味するんだ?
そうこうしているうちに、敵から話しかけてきた。
「お主らが、世を騒がせているFF部隊か。私は、革新連合軍大佐、劉 国力。お主らと勝負をしに来た」
正面から出てきて、大見えを切っての挨拶とは――。それほど高潔で、腕に自信がある人物なのか。
あの、ナヴィーンと同じで。
「さあ、いつでもかかって参れ!」
向こうから誘ってきたか……。
「仁、どうする?」
「おそらく相手は、練達の強者に違いない。正面から当たっても返り討ちにあうだけだ」
「それじゃあ?」
「僕は右方、蓮は左方、ベアは正面から攻撃を。三方向から同時に攻めるぞ」
「OK!」
「……任務、了解」
そして、打ち合わせ通り三方から近接武器で攻撃しようとしたのだが、
「遅い!!」
相手は、攻撃があたる直前で急上昇し、回避してしまった。
さらに運の悪いことに、
「クッ、どこに行った?」
「今レーダーで探している。少し待ってろ」
見失ってしまった。
「戦場でもたもたしているとは。敵に撃ってくれと言っているようなものだ」
「……え?」
次の瞬間、右側から攻撃を受けた。
だが、これはチャンスだ。今の衝撃は、明らかに近接攻撃によるもの。となれば、反撃のチャンスがあるはず。
そう思ったのだが、甘かった。相手は、すぐに視界から消えていたのだ。
「これで終わりではないぞ!」
それから、同じような攻め方で、四方八方から攻撃してくる国力。
でも、こんなところでくたばっていられない。何とか反撃を試みるんだ!
「これなら、どうだ!」
渾身の思いで、僕はホーミングレーザーを発射する。
「ふん、甘いな」
ホーミングレーザーは、確かに敵を追って行った。けれども、青龍の運動性についていけず、全て木に当たってしまった。
つまり、国力に振り切られてしまったのだ。
「……まだ、策はある」
そうすると、ベアはビームターバンをそこら中に張り巡らした。
「なるほど、クモの巣作戦か」
「へえ、これならイケるかもな」
どうやらベアは、張り巡らせたビームターバンで相手の勢いをそぎ落とし、その隙に攻撃を加えようとしているらしい。
「ほう、少しは骨のある連中のようだな。だが、この青龍はそんな小細工、通用しないぞ」
少しすると、青龍がまた向かってきた。
「蓮、準備はいいか?」
「ああ、いつでもOKだ」
さあ来い、青龍。 この一撃で、お前を落とす!
「今だ、蓮!」
「いくぜええええええぇぇぇぇ!!」
「言っただろう、小細工は通用しないと!!」
両者がすれ違った瞬間、時が止まったような気がした。
程なくして、時間が止まった感覚から解放された。そして、自分達と周りの状況に気が付いた。
「わき腹にダメージが」
「俺もそうだ。でも、確かに俺が斬った感覚はあった」
「ということは、同時か」
けれど、なぜ勢いをそがれた青龍が、僕らとほぼ同時に攻撃できたのだろう?
その答えは、すぐに分かった。
「お前ら、結構やるようだな。この青龍を相手にするには不利な状況で、私にダメージを与えるとは。その功に免じて、少しネタばらしをしよう。
知っての通り、この青龍は森林戦を想定して設計されており、運動性が非常に高い。だが、その高い運動性を持ってしても、避けられない物が森にはある。
それは、枝だ。枝が密集している場合、青龍が通り抜けられるだけのスペースがないことが多い。したがって、そこを通らねばならない場合、体当たりでへし折りながら進むしかない」
ここまで言われて、僕はようやく悟った。
「その様子だと、気付いたようだな。そう、この青龍は、枝を折りながら飛行するための突破力と、それを繰り返しても傷つかない装甲で出来ている。だから、お前らが張ったビームのロープ程度、ほとんど速度に影響はないのだよ。
加えて、技の出が早い青龍の武装の一つ、『ビームクロー』で仕掛ければ、一方的に攻撃できると思っていたが、まさか相打ちとはな。賞賛に値する。
だが、それもここまでだ。すぐ終わらせる!!」
すぐ終わらせる? それはこっちのセリフだ。お前は僕の攻撃を受けた時点で、僕の意のままに起爆する爆弾を抱え込まされたも同然なんだから。
さあ、盛大な花火を打ち上げようじゃないか。
「仁! レーダーに新たな反応だ!」
「何?」
こんなときに敵だと? だが、今の状態ならば、迎え撃てる公算が高い。
「ベア、ビームターバンを張り巡らせたままにしろ! そのまま捕まえて、集中砲火を浴びせる!」
「……了解」
「蓮、そろそろ来るようだ。一斉射撃の準備を」
「了解! やってやるぜ」
「私も手伝おう」
心臓が飛び出るほどびっくりした。なんせ、今まで戦っていた国力が、協力を申し出てきたからだ。
さらに、国力は言う。
「私は、この任務を通達された時から不審に思っていた。なぜ、部下を付けることを禁止し、一人で任務にあたらせたのか、とね。その謎が、ようやく解けた。あれはおそらく、私を殺しに来たのだ」
「殺しに?」
「そうだ。私は以前、軍と政府が定期的に行っている合同会議に出席した。その席上で、中立国への圧力をやめるように説得を試みた」
そこまで聞かされたら、だいたい予想はつく。
「それで、その発言が政府や軍上層部の反感を買い、このような事態になったというわけか」
「その通りだ。ただ、奴らは自分達の行いが大手を振れるものではないと分かっているようだな。だから、私を軍事裁判などにかけることすらできない。そのため、私とお前らが戦って相打ちになり、名誉の戦死を遂げた、ということにしたいのだろう」
事の転末を聞いたところで、ベアから報告が来た。
「……反応があった」
ベアが示した方向をみると、確かに張り巡らせたビームターバンがたわんでいた。
「よし、一斉発射だ!!」
その反応があった部分に、僕はビームロッドガン、蓮はビームサブマシンガン、国力さんは口部ビームバルカンを浴びせた。
すると、ステルスが解け、その正体が明らかになっていった。
その姿は黒く、人型であるのは確かだ。だが、頭部が犬で、ツインアイカメラは何かを睨みつけているようだった。
「あれは、睚(ヤ―)眦(ズ―)……。やはり、闇影部隊か」
確か、闇影部隊は革新連合の特殊部隊で、隠密行動と暗殺が得意だと聞いている。そして、闇影部隊専用のFFが、睚眦。
元ネタは中国の伝説の生き物で、かつては武器だとか処刑用の矛なんかに彫られていたとか。
まさに、暗殺部隊にふさわしいFFだな。
一斉攻撃が終わった頃、僕は敵の変化に気付き、注意を促した。
「みんな、近接戦闘の用意だ! 奴が仕掛けてくるぞ!」
敵の睚眦は、自身の機体の体長ほどあろうかというビーム刃を形成する鎌、『ビームサイズ』で、からみついていたビームターバンを斬り、目にもとまらぬ速さで襲いかかってきた。
「やらせはしない!」
国力さんは、青龍のしっぽを取り外して手に持ち、身構えた。
「喰らえ!!」
そして、相手の攻撃が届かない距離でしっぽだった物を赤熱させて振り回した。
どうやら、あのしっぽは発熱するムチ、『ヒートウィップ』として使用できるらしい。
しかし、敵もさる者。国力さんの的確な鞭さばきをかわしたりいなしたりし、ダメージをかすり傷程度に抑えている。
「チッ、これ以上は無理か……」
国力さんの尽力も、限界が迫ってきたようだ。そろそろ相手の侵攻を許してしまうだろう。
よし、こうなったら――。
「ベア、ビームターバンの回収は?」
「……終わっている」
「よし、みんな、僕の近くに集まり、密集隊形をとれ」
「おい、何か策でもあるのかよ?」
「ある」
そして、全員密集隊形をとった。
「今だ、マジック粒子、放出!」
僕は、ビームロッドからマジックドライヴによって生み出される粒子、マジック粒子を大量にばら撒いた。
「蓮、敵の状況は?」
「あと三秒でマジック粒子散布領域に入る!」
「了解」
三……二……一……今だ!
「発破開始!!」
そして、自分たちの周囲、三六〇度全てが花火に包まれた。
これだけの爆発、決して逃げれるはずがない、と思っていた。蓮の通信を受けるまでは。
「やべぇ、まだ来るぞ」
「……やらせない」
あろうことか、爆発後の煙の中から、睚眦が襲いかかってきた。とっさにベアが受け止めてくれなければ、こちら側の誰かが撃墜されていただろう。
ベアが敵の攻めを遮った後、睚眦は森の奥に消えた。ところが、国力さんはこのようなことを言った。
「あれで終わりではないはずだ」
「何!?」
「あいつは、先程の爆発で甚大な被害を受けたようだ。その時の傷が、私には見えた」
「じゃあ、森に姿を隠したのは……」
「おそらく、どこからか不意打ちを仕掛けるのだろう。最期の力を振り絞った、渾身の一撃を」
これはまずいな。打つ手がない。
さっきのクモの巣戦法は、もう見破られているだろう。フライングカーペットは、森林地帯では動きにくいから、国力さんと戦闘になったと同時に上空へ逃がした。同じ理由で、支援を得るのは難しい。
蓮のアリババの能力ならどの位置から攻めてくるかわかるが、それを見越して四機同時に仕掛けたところで、あの機体性能とパイロットの腕では、こちらの攻撃をかわしてカウンターを仕掛けるに違いない。
一体、どうすれば……。
「仁、『オープンセサミ』を発動するぞ」
「オープンセサミだと!?」
蓮のやつ、正気か?
確かに、オープンセサミであれば、いくらパイロットと機体がいいとはいえ、ほぼ逃げられない。しかも、確実に墜とせる。
「お前ら、一体何を騒いでいる? 策があるなら、実行すればいいではないか」
「国力さんは知らないだろうから説明するが、オープンセサミはアリババ最強の武装だ。でも、自らの崩壊という危険がある。だからあまり使わせたくはないんだ」
「なるほど。諸刃の剣、ということか」
「でもそんなに心配しなくていいぜ、国力さん。崩壊が本格的に始まるのは稼働してから一〇分だ。それまでにけりをつければ、問題はないさ。後はタイミングの問題だな」
タイミングの問題、か……。そう、うまくいけばいいがな。
だが、そういったところで、ほかに策は思いつかない。この作戦にかけるしかないか……。
「おっと、来たようだ」
この報告を受け、僕は蓮に確認をとる。
「位置は?」
「ざっと三〇〇〇メートルってとこだな」
「タイミングは?」
「戦闘中に収集したデータから、敵のスピードは分かっている。それと、オープンセサミ起動までの時間や敵の攻撃範囲を加味して計算すると、一五〇メートル離れた位置で起動するのがいいらしいぜ」
「ギリギリだな……」
「そうこうしているうちに、敵との距離一〇〇〇メートルだ。そろそろ、俺の後ろに隠れたほうがいいんじゃないのか?」
その意見に同意し、僕達はアリババの後ろに移動した。
「さあ、カウントダウンだ。九〇〇……八〇〇……七〇〇……」
カウントダウンの数字が小さくなるごとに、緊張感と不安が増していく。
しかしながら、仕方がなかったとはいえ、この作戦に乗ったのだ。ここは蓮を信じなければ。
そして、『その時』はやってきた。
「一七〇……一六〇……一五〇! ボイスコード入力、『開け、ゴマ』!!」
すると、アリババの胴体部分である扉が開き、ものすごい勢いであらゆるものを吸い込み始めた。
実のところ、アリババの胴体にはブラックホールを発生させる加速器が装備されている。そして、そのブラックホールを発生させて敵を吸い込む武装が、『オープンセサミ』なのだ。
ただし、発生させたブラックホールの強力な重力は、自分自身にも影響を及ぼす。それこそが、機体の崩壊なのだ。
それを防ぐため、起動にはパスワード『開け、ゴマ』を唱えねばならず、また稼働時間を一〇分に制限している。
さて、そのような諸刃の剣を使ってまで実行した作戦の方はというと……。
「よし、入った! さあ、スクラップになりやがれ!!」
当然、一五〇メートルという至近距離に加え、猛スピードで突っ込んできたのだから急に止まることができず、睚眦はアリババの胴の中に収まってしまった。
胴体に治まっても、まだブラックホールはまだ存在し続けている。当然、睚眦はブラックホールの重力を受け続け、リアルタイムで圧縮されている。
「そろそろいいか。『閉まれ、ゴマ』!」
『閉まれ、ゴマ』は、オープンセサミを停止させるためのパスワードである。
それから、アリババの胴から何かが吐き出された。黒くて四角いスクラップだった。
そのスクラップこそ、睚眦であったものだ。
「……終わったか」
「ああ、もうレーダーに反応はないから、戦闘終了だな」
そう、戦闘は終わった。
問題は、あの人の事だ。
「国力さん、これからどうする?」
「暗殺部隊とはいえ、自軍と戦っちまったんだ。もう戻れねぇだろ」
「睚眦が現れてから、私は軍を追われることを覚悟していた。それに、軍や政府には言いたいことが山ほどあるしな。だから、お前たちについていこう」
国力さんは、僕らの仲間になるつもりらしい。僕としては大歓迎だけど、一応、許可は取らねばならない。ま、返事は予想が付くが。
「……と、いうわけですが」
「いいわよ。劉 国力、フライングカーペット隊への入隊を認めます」
「私をスパイだと疑わないのか?」
「我々の仲間の諜報部から情報が入っています。軍から登録が抹消されているどころか、大々的に指名手配されているわ。ご家族も国外追放されているようだし」
「そうか。もっとも、家族には任務が言い渡されたときに、万が一に備えて海外へ逃げるように言ってあったから、その処分の意味はないがな」
「だったら、本部に保護を頼んでみるわ。そのほうが生活を保障してくれるし、第一安全だしね」
「かたじけない」
こうして、元革新連合軍大佐・劉 国力とその愛機・青龍が仲間に加わった。