カエルの王子
「では、これよりミーティングを始めます」
戦闘から一夜明けた朝、艦長の号令でミーティングが開かれた。
前回の戦闘では、様々なことが判明した。
世界連邦がRSを投入させたこと。RSを管理する謎のFFの存在。そして、RS実戦投入の第一号が、詩亜であったこと……。
それらの情報の細部にまでわたる解析が終了したので、その報告と、今後の方針について検討するのだ。
「まず、由里耶、蓮が交戦した魔女型FFの報告を」
「了解ッス。その魔女型FFは『ウィッチ』という機体名で、情報処理に特化した機体らしいッス」
つまり、蓮のアリババと同じような機能のFFか。そして、その情報処理機能をRSの管理・統制に利用しているのだろう。
「武装はロッド型のビームガンだけみたいッス。ただ……」
「ただ?」
「ほうき型のフライングアーマーの事なんスけど、そこから飛行用のビーム粒子を散布してるッス。その撒かれたビーム粒子と情報処理機能を使って幻覚を見せられるっぽいんスよね……」
ということは、あの時に見た赤い世界は幻覚で、それを見せられている隙に逃げたのか……。
「パイロットは?」
「パイロットは、ヘラ・ハインドリヒ。ドイツにあるフェアリーウェポンの研究所所長みたいッス。今は世界連合軍に出向しているとか……」
「……ヘラ・ハインドリヒ……」
突然、ベアがつぶやいた。
「知ってるのか?」
「……あたしを捕らえ、研究材料にした……」
そういえば、ベアは強い脳波を持つが故に、フェアリーウェポンに捕まえられ、研究対象にされていたんだったな。
「……その女は、人を人とも思わなかった」
どうやら、ヘラという人物はマッドサイエンティストであるらしかった。そうでもなければ、簡単に人体強化なんてできないだろう。
「それで、問題は詩亜の救出方法よ。次に出会ったり、こちらから救出に向かった場合、どのような戦法をとるか」
「あ、俺に考えがあるぜ」
蓮が意見を述べる。
「俺がウィッチを見つけて撃った時、ラプンツェルは止まった。つまり、ウィッチを撃破すれば、後はゆっくり救出に専念できるぜ?」
「いい案だけど、リスクが付くわね」
「リスク?」
ウィッチは、RS制御のために造られたと思われる機体だ。そう考えれば、おのずと理由はわかる。
「……暴走の危険だな」
「暴走の危険?」
「そうだ、蓮。ラプンツェルの動きが止まったのは、ウィッチからのバックアップが受けられなくなり、どうにもならなくなったためだと思う。だが、一歩間違えれば詩亜はパニックに陥り、暴走していたかもしれない」
「とはいえ、RSをこれ以上増員させないためにも、あの機体は確実に墜とす必要があるのは確かだけどね」
「じゃあ、詩亜を助け出すには、どうしたらいいんだ?」
この時、ふとあることを思い出した。
確か、父さんが艦長に言っていたという言葉。
「夢をかなえるためには、人の心を知る必要がある……」
「え?」
「父さんが言ってたって、艦長言ってましたよね? 詩亜を助けるためには、それが何かのカギになると思うんです」
「でも、それが一体何なのかわからないのに……」
「だとしても……」
だが、ここで会話が途切れてしまった。索敵システムが反応し、警報が鳴ったのだ。
「どうしたの?」
「索敵システムに反応! 淡路島に世界連合のFFが集結しているようッス」
「栄人、ブリッジに戻って進路を淡路島へ! 各員、戦闘配備!」
『了解!!』
――世界連邦のFF隊が、淡路島に集まっている……。そこに詩亜もいるのだろうか?
淡路島についてみると、確かに世界連邦のFFが集まっていた。まだ街を襲ってはいないようだった。
部隊の多くがドワーフだったが、その中で一機だけ、風変わりな機体があった。
大きさはドワーフと同程度。カエルの様な外見で、赤いマントと金の王冠をかぶっていた。
「貴公らが報告にあったアラビアの機体か」
カエルのFFのパイロットが話しかけてきた。
「私は、世界連邦軍少佐で、アラビア系FF調査隊隊長のナヴィーン・スチュアートだ。そして、この機体は私の愛機・プリンスフロッグ」
いきなり名乗り出た? 一体奴は何を考えているんだ?
「私は、以前ある基地に勤めていた。その時、君達の事を耳にした。そして、基地の指令に無理を言って調査隊に異動させてもらった。なぜだかわかるか?」
そんなこと言われても、よくわからん。
「そう、君達と戦ってみたいのだよ。そして、私の実力を見せつける! ……そこの金色の魔人!」
指名され、一瞬気迫に圧倒されそうになった。
「あなたが一番手練していそうだ……。騎士道精神にかけ、一対一の決闘を申し込む!!」
「……だってよ。どうするんだ、仁?」
僕は彼の様な闘争の鬼ではない。有能な指揮官の下で任務を的確にこなし、勝利に導くのがスタイルなのだが……。
だが、これは敵の増援等の邪魔が入らない。自分の実力が十分であれば、今後の障壁となるであろう人物を排除することもたやすい。ならば……。
「わかった。受けて立つ。蓮、ベア、周りのザコを頼む」
「よっしゃ、やってやるぜ!」
「……了解」
こうして、僕とナヴィーンだけの空間が作られた。
「……貴官の名は?」
「アラビアンナイト、フライングカーペット隊所属、嵐柴 仁。乗機はアラジン」
「仁か、いい名だ。その機体も」
「一つ言っておく。僕に『貴官』なんて敬称は必要ない。僕は、あくまでレジスタンスだからだ」
「それは失敬した。だが、その歳でそれなりの武勲をあげているのだから、立場に関わらず敬称を使われてもいいはずだが?」
「なぜ僕の歳を知っている?」
「話し方や今までの戦い方を見ていれば、だいたい察しがつく。……さて、ここからは言葉は無用。己の剣で語り合おう。……いざ、尋常に勝負!!」
そして、ナヴィーンはビームサーベルを手に突っ込んできた。
ただ、あのビームサーベル……、なんとなく細い?
「さあ、このビームレイピアを受けてみよ!」
レイピア……、刺突剣だったか!
奴の連続突きをなんとか避けてはいるが、このペースではいつやられるか……。
「ほら、どうした、少年!」
「なら、こうだ!」
僕はホーミングレーザーを発射する。
発射されたレーザーは大きく迂回し、プリンスフロッグめがけて飛んできた。
「ちっ」
これには敵も、僕から離れざるを得なかったようだ。この隙に、大きく距離をとり、
「接近戦では分が悪い……。狙撃戦で決めさせてもらう!」
僕はビームロッドガンによる遠距離射撃を行った。とりあえず、かすりはしたようだ。
「ほう、やるな……。だが、遠距離戦だろうと、こちらも対応できる」
敵が取り出したのは……ボウガン!?
「さあ、そのハートを射止めて見せよう」
「なっ!?」
ボウガンから発射されたビーム弾は異常に速かった。僕はとっさに回避しようとしたが、左肩に命中し、貫通してしまったようだ。
「ウソだろ……」
これは驚くべきことだ。アラジンの装甲は、ビーム兵器に対してある程度ダメージを軽減させる機能がある。
それなのに、あの弾は軽々と貫通してしまった……。
「驚いたかね、少年? このビームボウガンは、速さと貫通性を極限まで追求した逸品なのだよ。さあ、まだまだ行くぞ」
ナヴィーンは、ビームボウガンを連射した。こちらは完全によけきることができず、全てかすめてしまった。
「ええい、何か打開策は……」
そういえば、アラジンにはアレを搭載していたはず……。ちょっとした小細工かもしれないが、やるだけの価値はある!
「こいつで!」
「またホーミングレーザーか。機械任せの照準など、私に通じるはずが……?」
ホーミングレーザーが着弾すると、辺りが白煙に包まれた。
実は、ホーミングレーザーは実弾を搭載して発射することができる。さっきのは煙幕弾を載せて発射したのだ。
そして、その隙をついて、敵をバツ印に斬る!
「クッ……。だが、私を斬りつけたということは、すぐ近くまで来ているということ……。ビームレイピアで串刺しになるがいい……?」
ナヴィーンが気づいた時には、僕のアラジンは巡航形態になって距離をとっていた。
「残念だったな。このアラジンはヒット&アウェイ戦法が得意分野なのだ。それと、こいつは置き土産だ」
当然、切り口を爆破した。
「グッ……。花火の爆発とは、なかなか粋ではないか。だが、まだその距離では、こちらの攻撃範囲だぞ!」
すると、ナヴィーンのプリンスフロッグは、王冠を投げつけたのだ。
「そんな攻撃、僕に当たるはずがない」
余裕で避けた。この時は。
「何……?」
そう。その王冠は、大きくカーブして戻ってきたのだ。
この軌道は……避けられない!
「うわあああぁぁ!!」
「これはクラウンブーメラン。単調な動きだと思っていると痛い目を見るぞ」
まずい……。このままでは、本当に撃墜されてしまう……。
(ざまぁねえな)
「え?」
(もうこれ以上、見てらんねぇ。俺に代われ)
次の瞬間、僕の右半身が金属化し、右目の瞳が緑色になった。
そして、僕の意識は意識の奥底へと追いやられ、身体をもう一つの僕、嵐柴 心によって掌握された。
(何をする気だ!?)
「さっき言ったこと、そのまんまだよ。これ以上戦ったところで、あいつには勝てねぇ。だから、パイロットチェンジしたのさ」
(勝手なことを……)
「そのセリフ、俺の戦果を見てからにするんだな」
そう言うと、心はアラジン・Iモードの機動力をフル活用し、敵のフロッグプリンスに向かって行った。
「深紅にカラーリングが変化したとは、これが本気ということかな? なら、こちらも正面から立ち会うのみ!」
向こうは、ビームレイピアを構えた。どうやら、正々堂々と心の攻撃を受けるつもりらしい。
「さあ、来い!」
「うるああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」
双方、突きあった。
そして……、
「な……」
「俺の勝ちだな」
プリンスフロッグの右腕が、消失していた。
どうやら、アラジンのビームスピアの方が、リーチが長かったため、相手よりも先に攻撃できたようだ。
加えて、Iモード時のビーム刃はビーム粒子の密度が高い。そのため、相手のビームレイピアのビーム刃に干渉し、ビームレイピアの威力を弱めていたのだろう。
「くっ……、これ以上は戦えないか。総員、退却だ!」
退却の号令をかけると、ナヴィーン以下全ての機体が、鮮やかとしか言いようがないくらい迅速に退却した。
「まさにカエルみたいな逃げっぷりだな。ま、そんなことより、俺の用は済んだ。身体は返すぜ」
(なんだ、いつかみたいに、後先考えず追っていくかと思ったのに)
「俺も少しは学習してるってことだよ。じゃ、またいつか楽しませてくれよ」
そして、僕の身体は元に戻り、身体の主権を取り戻した。
しばらくして、他のみんなも集まってきた。
「お~い、無事か~?」
「……問題なし」
「僕もなんとか。それじゃあ、旗艦しようか」
~その後~
ナヴィーン・スチュアートは、グアムの世界連邦基地に帰っていた。傷ついたフロッグプリンスと共に。
「どうだ、直るか?」
「腕をやられた程度だからね。スペアパーツと交換すればすぐに直るよ。でも、かなりハデにやられたなぁ」
ナヴィーンと話しているのは、世界連邦技術大尉である、ハインリッヒ・グレイ。愛称はハインツ。ナヴィーンとは親友の間柄だ。
また、ナヴィーンの愛機、プリンスフロッグの開発者でもある。
「……ハインツ」
「何?」
「この機体の力の引き出し方を教えてくれないか?」
実は、プリンスフロッグには、力を解放する機能が付いている。それを発動させると、プリンスフロッグは真の姿になり、元の姿の数十倍以上の力を引き出せるのだ。
だが、ハインツはナヴィーンに力を解放する方法を教えていない。
「前にも言ったと思うが、力を解放する方法は、意識して得ようとすると逆に遠ざかってしまうものなんだ。だから、教えるわけにはいかない」
「そこを何とか、頼む! 私は、あの魔人を超えたいんだ!!」
ナヴィーンの気迫に圧倒されたのか、ハインツはしばらく黙った。
そして、
「その言い方、態度……、もう発動条件を手に入れていると判断していいのかもしれないな」
「本当か!?」
「ああ。もちろん」
「それで、その発動条件とは?」
「それは――」