ヤマンバと妖婆と狂気と
「では諸君、健闘を祈る」
『了解しました、所長』
僕達は声を合わせる。
今、僕たちは研究所の会議室でちょっとした式典をやっている。
今日から僕達の旗艦となるフライングカーペットが本格的に稼働する。それと同時にフライングカーペット隊の活動も開始となるためだ。
この式典は、フライングカーペット隊の本格的な活動の入るための激励と最初のミッションの交付のためのものだ。
この式典には、先日戦闘した時に紹介しなかった人物が二人いる。
一人は鎌上 由里耶。ピンクのショートヘアをした、かわいい十四歳の女の子だ。性格は、一言でいえば僕の真逆。あと恋愛に興味津々らしく、よく僕と詩亜の関係について首を突っ込んできた。部隊では、フライングカーペットのオペレーター兼副艦長を務める。
もう一人は謝花 栄人。艦長の一歳年下。筋肉質の肉体が特徴的で、運動神経も抜群。頼れるアニキみたいな存在だ。部隊での役割は、フライングカーペットの操舵手兼砲撃手である。元々戦闘機のパイロットだった栄人さんは、運動性が高く、かつ操縦桿と砲撃装置が一体となっているフライングカーペットと相性が良いらしく、テスト飛行でも戦艦とは思えない動きをやってのけた。また、戦艦としては相当無茶な態勢から正確な砲撃も行った、かなりすごい人物である。
また、もう一つ前回の戦闘と異なる点がある。それは『制服』である。
アラビアンナイトには制服が設定されているようで、少なくとも戦闘中は着用しなければならないらしい。なぜなら、制服がパイロットスーツの役割も果たすらしく、サバイバリビティを高める効果があるらしい。
デザインは、白いシャツとパンツにジャケット。
ジャケットは隊員ごとにパーソナルカラーが設定されており、左胸の部分に各々のパーソナルマークが付けられている。
式典も終わり、僕達は格納庫へ向かった。
そこには、赤を主体にしたカラーリングをした、直方体の物体が置いてあった。
その物体には、上部と下部に金色で模様が描かれていた。物体の端から数十センチの距離をとって四角く縁どられており、その中の四隅には円がある。そして、その円の二倍はあろうかという大きさの円が中央に描かれている。また、縁どった四角と円の間をひし形で埋めている。さながらペルシャ絨毯のようだ。
これこそ、前々から僕が言っていたフライングカーペット隊の母艦『フライングカーペット』だ。その名の通り、空飛ぶじゅうたんを意匠にしている。
武装は、中央の円から主砲、四隅の円から副砲、ひし形からは近距離機関砲とミサイルランチャーを出すことができる。なお、主砲以外は艦の下部にも同様の武装が搭載されている。
ちなみに、艦下部にある中央の円は乗降口兼艦載機射出部になっている。
僕達がフライングカーペットに乗り込むと、艦長が艦内放送で指令を出す。
「これより本艦は、北海道・札幌へ針路をとる。各パイロットは到着まで休息をとり、任務に備えること。由里耶、状況の報告を」
「システム、オールグリーン。索敵システム、異常なし。いつでもイケるッス!」
「了解。栄人、準備は?」
「大丈夫だ。すぐにでも操縦できる」
ここで、父さんから通信が入ってきた。
「では、諸君。健闘を祈る」
「ありがとうございます、所長。フライングカーペット、発進!」
この掛け声とともにエンジンがかかり、フライングカーペットは飛び立った。
まるで、この先に待ち受けるであろう様々な困難をぶち壊せる勢いで。
「なあ、次はどこ行こうか?」
楽しそうな表情で、蓮が僕達に問いかけてくる。
だが、僕はきっぱりと答えた。
「僕達は観光に来たんじゃないぞ」
ベアもうなずいている。
今から数時間前、僕たちは札幌に到着した。
ここでの任務は、『侵入した革新連合軍の人物の捜索、及び監視』。どうやら革新連合軍が札幌に潜伏し、何か企んでいるらしい。
そこで、それを未然に防ぐために監視を行わなければならないのだが……まだターゲットを見つけていない。
人を隠すなら人の中ってことで観光地を中心に捜索していたが、それらしき人物は見つかっていない。しまいには蓮が半ば観光気分になりかけていた。
「でもさぁ、こんな人ごみの中で特定の人物を見つけ出すのなんて、正直疲れるぜ? ちょっとぐらい楽しみを持たないと、つらいよぉ~」
このセリフに対し、僕はため息をつき、
「しょうがない。もうすぐ昼どきだし、名物のラーメンでも食べるか」
「イィィィヤッホー! それじゃあ、この店に行きたい!」
そう言うと、蓮は観光情報誌を広げて僕に突きだした。
「だから、観光で来てるんじゃないっての……」
とりあえずその店に行くことになったので、その方向に進路を向けた。
その時だった。
「おわっ!!」
「あっ!!」
蓮と女性がぶつかったのだ。
「あ痛たたたた……。君、大丈夫かい?」
「イッター、チョー痛い、マジ痛いんですけど!」
そのぶつかった女性の姿を見て驚いた。
女性の姿は、目が痛いほどギラギラした服、金髪で髪形はゆる巻き。そして、なんといっても顔を真っ黒に塗ったメイクが印象的だった(印象的だった、という言葉では収まりきらないと思うが)。
そう、彼女はいわゆる『ヤマンバギャル』だったのだ!
最近は『白マンバ』なんていう種類のギャルが出てきたらしいが、彼女はかなり昔に絶滅したはずの元祖・黒マンバだ。
もういないと思っていた人間を、しかも地方都市で見れたなんて、かなり珍しい。
が、そのギャルはかなり不機嫌そうだ。
「ったく、こんな地方に飛ばされてマジムカついてたのに、今度はこれかよ。マジ渋谷に行きたかったっつーのにさー」
「いや、君の都合はよくわからないけど、ぶつかったのは俺が悪かった。謝るよ」
蓮が会話で押されているところをみると、彼女は蓮の苦手なタイプなのかもしれない。
「ま、いいや。変に騒ぐなってリーダーに言われてるし。リーダー、キレたらパネェし。とりあえず、訴えるとかはしねぇから、お互いノープロってことで。そんじゃーねー」
そう言い残し、ギャルは去って行った。
「フゥ~、俺は基本的に女の子は好きだけど、あんなのとは関わりあいたくないね」
「…………」
そういえば、さっきからベアの様子が変だな。
「ベア、何かあったのか?」
「……なんでもない」
だが、この後、驚愕の事実を知ることとなる。
数日後、早朝の事。
「大変ッス、艦長!」
「どうしたの、由里耶?」
「熱源反応確認! 革新連合の部隊ッス! 数は戦艦一、汎用機数十機、エース専用機も一機いるッス!」
「エース専用機が気になるけど、いいわ。敵の狙いは、札幌の街を襲って日本政府に対し圧力をかけることよ。私たちは、札幌の街と市民を守ります。由里耶、札幌市に連絡を取って避難勧告を促して! 栄人、ポイント〇六八六に移動! そこで艦載機を射出し、戦闘に入ります」
『了解!』
「パイロット各員は戦闘待機! ポイントに到着次第、戦闘開始よ」
そして、フライングカーペットは潜伏先である札幌西部の手稲山旧坑道を飛び立った。
数分もしないうちに、目的地にたどり着いた。
前方には革新連合の汎用機と戦艦が、今まさに街を破壊しようとしているところだった。
革新連合の汎用機は、馬の形をした飛行ユニットに、騎士の上半身を合体させたようなフォルムをしており、ビームガン一体となった槍『ランスガン』を持たせている。それらの機体の名称は、カラーリングによって『白騎士』、『赤騎士』、『黒騎士』と呼ばれている。
これらは、ただカラーリングが違うだけでなく性能が微妙に異なる。白騎士が格闘戦、赤騎士が狙撃戦に適している。黒騎士は全体的に白騎士と赤騎士を上回っているが、隊長格しか乗れないので、ある程度数が限られている。
ちなみに、性能面では世界連邦のドワーフより多少高性能だが、その分コストも高い。
なお、これらの機体の元ネタは、ロシア民話『うるわしのワシリーサ』に出てくる、朝昼夜を象徴する騎士らしい。
戦艦の方は、真っ赤な鳥のような姿をしている。
戦艦名を『ジャール・プチーツァ』。『火の鳥』という意味で、革新連合の量産型主力戦艦だ。
性能としては、戦闘機並みの運動性がある。僕達のフライングカーペットも、一部ジャール・プチーツァを参考にしたらしい。当然、操舵手も同じく元戦闘機パイロットしか扱えないはずだが、革新連合では戦闘機自体五十年ほど前にすたれてしまっているので、特殊な訓練を積んだ者のみ操縦桿を握ることを許される。
武装は、両翼に設置された『火炎弾対応型機関砲』と、口に内蔵された『レーザービーム』だ。
「みんな、配置についたわね。敵は市街地の破壊が目的よ。市民の避難もまだ終わっていないわ。だから、速攻で決めるわよ」
電撃作戦ということか。戦場の状況やこちらの戦力等を考えると、いい判断だ。
「了解だ、艦長。それじゃ、まず仁がホーミングレーザーで敵にダメージを与える。そこに俺とベアの突撃でトドメを刺す。これでいいか?」
削り役と追撃役に分かれての連携攻撃か。これなら、艦長の要望にも応えられそうだ。
「分かった」
「……任務、了解」
そして、僕はホーミングレーザーを射出しながら進軍。そこに蓮とベアが持てる限りの機動力で突撃した。
作戦は成功だった。敵はかなり見通しが甘かったせいか、ホーミングレーザーが着弾しただけで陣形が崩れた。
そこに蓮のアリババが、風の様に敵機の間をすり抜けると同時に切り捨てていく。
「こいつはあんまし戦闘向きじゃないが、意外と墜とせるもんなんだな」
少し遅れて、ベアの乗っているシンドバッド人型形態も、鬼神のごとき強さを見せつけた。なにせ、囲まれてもビームシャムシールの回転斬りで一気に複数の敵を一刀両断にしてしまったのだから。
「僕も負けていられない」
最期に到着した僕は、ビームスピアを構えて臨戦態勢に入った。
が、次の瞬間、
「へー、チョ~面白そうなのがいんじゃん」
「……え?」
僕は、上空から何者かの近接攻撃を受けた。間一髪で攻撃を防いだが、姿勢を崩してしまった。
なんとか姿勢を直したその時、攻撃を仕掛けてきた主の姿がハッキリと目に映った。
灰色が混ざったような白いカラーリング。上半身は乱れた髪が特徴の、妖婆の様な形状。下半身は、細長い臼に見える形状のフライングユニット。
左手にはほうき、右手にはビームで形成された両頭の杵。
たしか、こいつは……。
「仁! そいつは『バーバヤーガ』、革新連合のエース機だ!」
蓮の言葉で思い出した。あの機体は、スラブ民話にたびたび登場する妖婆『バーバヤーガ』をモチーフにした機体……。
武装は、僕の記憶が正しければ、あのビーム形成された両頭杵『ビームマレット』と、ほうきから発射される『フリーズビーム砲』だったか。
機体スペックは、黒騎士をはるかに凌駕している。特に機動力と戦闘力が。
そのため、うまく制御できる人間が限られているので、あまり量産もされずエース機として運用されているのだ。
……と、ここである悪い予感が頭をよぎった。
確か、スラブ民話の『バーバヤーガ』は和訳すると『妖婆』となるが、中には『山姥』と訳している場合もある。
そう考えると、もしかして、あの機体のパイロットは……。
いや、そんな偶然があるはずがない。と思ったら、
「その立ち回り……、あんたたち、街でぶつかった人たち? マジウケル~」
……どうやら、悪い予感があたったようだ。
あのパイロット、やはり僕達が街で出会ったヤマンバギャルらしい。
しかも、ほんの少し動きを見ただけで僕達の正体を見破った。見かけによらず、かなりの手練れと思われる。
「ま、あのときはちょっとムカつくって思ったけど~、許すって言っちゃったからそのことに関してはなんも言わね~よ。つ~かさ、楽しも~じゃん。命をかけたゲームを!」
バーバヤーガが一気に突っ込み、ビームマレットをたたきつけてくる。それを僕はビームスピアで受け止めた。
一瞬も気を抜けない鍔迫り合いの最中、唐突に相手が話しかけてきた。
「そ~言えば、自己紹介がまだだったね。あたしは~、革新連合准尉、レイラ・ヴァレーニフ」
「……アラビアンナイト、フライングカーペット隊所属、嵐柴 仁」
「へぇ~、仁って言うんだ。それじゃあ、楽しもうじゃん」
レイラは、戦争倫理が欠如している人物であるようだ。だから、戦いを楽しめるのだろう。
しかし、こちらにはそんな余裕はないわけで。
「……残念だが、楽しめる暇はない。とっとと終わらせ……」
(だれか、助けて――!)
あれ? 今、誰かの悲鳴が聞こえたような……。
気のせいかと思ったが、艦長からの通信がそうではないことを裏付けた。
「みんな、敵艦を中心に部隊の一部が街への攻撃を開始したわ。蓮は仁の援護、ベアはフライングカーペットと共に市街地を攻撃している敵の相手を!」
『了解!』
ということは、さっきの悲鳴は、襲われた街の人々の声……。でも、上空にいて、しかもロボットの中にいる僕のところまで、地上にいる人々の声が聞こえるものだろうか……?
「ぼさっとしてんな、仁!」
蓮が僕とレイラの間に切りこみ、引き離した。
「あ、ああ……悪……」
(もうダメだ、死ぬ――!)
(この子だけは、誰か!)
だめだ、さっきよりも声が多く、大きくなってくる。
人々の恐怖、悲しみ、怒り……。
それらが僕の心を執拗に攻める。
「う……うああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
心が、限界になった。
その時だった。
(ざまぁねえな)
心から、声が聞こえた。
人々の声ではない。むしろ、秩父に出現したパンプキンキャリッジに特攻した時、自分の命が散ろうとしていた時に感じたものと同じだった。
心の声は、なおも続いた。
(お前はもう戦えねえみたいだな。俺に代われ)
すると、僕の右半身が金色の金属になっていった。目の瞳の色も、黒から緑に変わった。
そしてなんと、身体が言うことをきかなくなったのだ。
(こ、これは一体……?)
いつの間にか、僕が心の声になっていた。
「俺は、もう一人のお前だよ」
当然、心の声だった者は口からの声でしゃべっている。
(もう一人の、僕……?)
「そうだ。昔、お前の近くに隕石が落ちてきたことがあったろ? その正体は、宇宙から来た金属生命体……、つまり俺だ。」
何だと!? 行方が知れなかった隕石が、僕の身体に……?
「だが、地球は俺にとっちゃあ少々生きにくい環境だった。特に『酸素』がやっかいだった。そこで、お前にとりつき、命をつないだんだ」
要は、生きるために、僕に寄生したというのか……。
だが、ここで疑問が残る。
(お前の言い方だと、お前と僕の関係は寄生する、される間柄にしかならない。さっき言った『もう一人の僕』とは、どういう意味だ?)
「それは、俺とおまえは一つの生命を共有しているからだ」
(どういう意味だ!?)
「そのままの意味さ。つまり、どちらかが死ねばもう一方も死ぬ。ついでに言うと、二度と分離することは出来ないしな」
待てよ……、それが本当なら、もしかして……。
(まさか、秩父での特攻のとき……)
「そうさ。爆風に包まれる前に身体の主導権を握ってやった」
やはりそうか……。あのまま死ぬ運命を受け入れていたのに、なぜみんな爆風から逃げているところを目撃していたのか謎だったが、そういうことだったのか。
だが、なぜあのとき理論値以上の速度をたたき出せたんだ?
「それじゃあ、俺の戦いをそこで拝んでな。俺の戦い方は……こうだ!」
すると、アラジンのカラーリングが赤に変わった。それと同時に、ビームスピアのビーム刃の色も深紅に変化した。
極めつけは、背部のホーミングレーザー射出部から三対、計六枚の、触手の様な深紅の羽が生えてきた。
「どうよ? これが、俺専用の近接戦闘特化形態『イフリートモード』、通称『Iモード』だ!射撃武器は使えねえが、代わりに近接戦闘武器の威力と機動力がアップしたんだよ。一気に懐に飛び込んで敵を殺しまくるぜ!」
そうか。理論値以上の速度を出せたのは、機動力が上がっているIモードになったからなのか。
一応謎は解けたが、まだ戦闘は続いている。
当然、しびれを切らせたレイラが襲いかかってくる。
「今は戦闘中だし。空気読めよ、このKYがああぁぁぁ!!」
それでも、もう一人の僕は余裕の表情で、
「そう言えば、自己紹介がまだだったな。宇宙にいた時は名前があったんだが、お前と合体した時に名前を変えた。地球人には聞き取りづらいし発音しにくいしな。今の俺は……嵐柴 心だ!」
すると突然、ものすごいスピードで逃げたかと思うと、急な方向転換でレイラに向かって行った。
そして、目にもとまらぬ速さで切りつけた。
「ヤロォ……、マジムカつくんだけど!!」
切りつけから離脱している隙を、フリーズビーム砲で狙い撃つレイラ。
「ハ、当たんねえな」
しかし、その攻撃は全く当たらない。
「あんた、ガチでムカつくんですけど。だったらぁ~、散っちゃえ!!」
今度は、拡散モードで撃ってきた。
どうやら、フリーズビーム砲は収束と拡散、どちらも撃ち分けられるらしい。
で、拡散モードで撃つという戦術を選択したのが功を奏したのか、時々フリーズビームがかする。
機体の端々に、氷が出来る。
「パねぇ、マジパねぇよ! このまま超ウケる氷像になって死にな!」
レイラは、フリーズビームがかすっただけで超上機嫌だった。
「少しはやるようだが、その程度で喜んでちゃぁまだまだ三流だな、女ァ!!」
すると心は、レイラの下方に回り込み、猛スピードで突っ込み、バーバヤーガを切りつけた。
「まだまだぁ!!」
その後、急カーブと突進を繰り返し、四方八方から何度も切りつけた。
そして、
「さあ、汚ねぇ花火大会の開幕だぁ!!」
そして、心によって付けられたバーバヤーガの傷口から、大量の花火が爆発した。
その花火は、Jモード時のものと比べて赤が多く、威力も格段に上がっていた。
「……まだだ……、まだ終わってねぇよ!!」
レイラの方は、ボロボロになっているというのにまだ動けた。それと、まだ戦うつもりらしい。
「うおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
レイラは、持てる力のすべてを使って特攻を仕掛けてきた。
「これを待ってたぁ!」
ある程度近づかれると、心は触手状の翼をバーバヤーガに巻き付けた。
「ヤベッ」
気づいた時にはもう遅いというのは、このことだと思った。
「バラバラに引き裂かれろぉ!!」
心は巻き付けた触手をそのまま引っ張り、バーバヤーガを爆発跡に沿って引き裂いた。
「これは……マジでヤバくない? レイラ・ヴァレーニフ、脱出するんですけど」
引き裂かれる寸前で、レイラは脱出ポッドでバーバヤーガから逃げ、そのまま戦場を離脱した。
「待てよ! まだ殺してねぇぞ!」
さっきも気になったが、こいつ、もしかすると凶暴な性格の持ち主かもしれない。
そうであれば、早急に心を止めなくては。
(深追いしたら返り討ちにあう。あと、無駄な殺戮は好きじゃない)
しかし、心はなおも反論する。
「なんだよ、てめぇのために道連れを増やしてやろうとしてんのによぉ」
(僕は、心中はしない主義だ。それに、僕が自殺しようとしたところでお前が止めに入るだろうし)
ここまで説得すると、心は観念したように
「ちっ、わかったよ。あの女は見逃してやらぁ。それと、周りのザコはほとんど蓮が片付けたようだし、身体は返してやらぁ」
「心……」
ふと気がつくと、ちゃんと自分の口で声を発していた。身体の主導権が戻ったようだ。
(そうだ、一つ言っておく。どうやら、艦長は俺の事を知っているようだぜ)
「え……?」
「そっちは終わったようね。こっちはあと少しで終わらせるから、ちょっと待ってて」
艦長からの連絡だ。
その連絡を受けてふと空を見ると、フライングカーペットとジャール・プチーツァが戦闘を繰り広げていた。その戦闘は、とても戦艦同士の戦闘とは思えなかった。
どちらかというと、ドッグファイトと呼ぶ方がふさわしい気がした。
「距離をとるわ。全速前進!」
「全速前進!」
艦長命令を確認したという意味で、威勢よく言葉を繰り返す栄人さん。その命令の通り、フライングカーペットは敵を一気に突き放す。
だが、敵もさる者。すぐに追いつこうとしていた。
「今よ! 宙返りの後、敵の後方上空を維持」
「了解だ!」
そして、敵の後ろをとることに成功し、さらに敵よりも高高度を維持できた。
「ベア、準備は出来てる?」
「……いつでも」
ベアにこの連絡を取るということは、艦長に何か秘策があるんだろうか。
「栄人、敵に向かって機関砲、及びミサイルを一斉掃射」
「照準セット、機関砲、及びミサイル、一斉掃射!」
全ての砲座から、機関砲とミサイルが発射された。
しかし、敵は急激に高度を下げてかわしてしまった。
「今よ、ベア。敵を捕らえて!」
「……了解」
敵はベアの近くまで来ていた。そのチャンスを逃さず、ベアはビームターバンでジャール・プチーツァを捕まえたのだ。
だが、敵は戦艦である上、かなり速いスピードで飛んでいる。当然、ベアのシンドバッドは引きずられるか、一緒に飛ばされてしまうはずだ。
だが、ベアはビームシャムシールを地面に突き刺して踏ん張ったため、大して引きずられずに済んだ。
もちろん、敵は身動きが取れなくなった。
「この機会を逃さないで! 主砲、発射用意!」
「主砲、発射用意!」
「エネルギーチャージ、七十、八十、九十……一〇〇%! イケるッス!」
「主砲、発射!!」
「うおおおぉぉぉぉりゃあああぁぁぁぁぁ!!」
フライングカーペットから放たれた主砲は、動けなくなったジャール・プチーツァを飲み込む。
そして、ジャール・プチーツァは爆散した。
「説明していただけますか、艦長?」
戦闘が終了して帰還すると、僕は艦長を問い詰めた。
僕のもう一つの人格、心のことだ。
「あなたにもう一つの人格があることは、所長から聞いていたの」
「父さんから……?」
「そうよ。もっとも、私自身、所長が持っている情報の一部しか知らないけどね」
そうか。だったら、やることは決まっている。
「回線をロボットベース研究所につなげてください。父さんと話をします」
ところが、艦長は首を振り、
「言っても無駄よ。私もいろいろ突っ込んでみたけど、はぐらかされるだけだったわ」
「でも、肉親である僕となら……」
「ダメでしょうね。『たとえ肉親でも、きちんと順序を追って話す』って所長が言っていたから」
何なんだよ、順序って。そんな言いわけで真実を話そうとしていないだけじゃないのか?
「とりあえず、あなたの事についてさっき所長と連絡したわ。その時、所長はまた新たな事実を話してくれたわ。それを含めて、私が知っている全てを話すわね」
僕に隠された事実……。それって一体……?
「今から十五年前、あなたの近くに隕石が落ちた……」
「そのあたりは知っています。心から聞きました」
「そう……。じゃあ、その辺を飛ばして、所長はあなたの近くに隕石が落ちたことを心配して、あなたを診察したの。そしたら、全く脳波が違っていたのよ。しかも、見たことのない脳波が」
脳波が違う……? でも、それってベアなんかの例があるように、フェアリーウェポン社なんかにばれなかったのか?
「特殊な脳波を出しているにもかかわらず、フェアリーウェポンとかに見つからなかったのは、あいつらの探知機が通常の脳波だけ感知するようになっていたためよ。そこは幸運と言うべきね」
つまり、連中は脳波の強弱にしか興味がなかったからなのか。
「その後、数年にわたって所長はこの脳波の研究を続けた。そして、あなたの中にもう一人の人格がいること、そして、他人の心を感じ取れる素養がある、という結論に達したのよ。もっとも、もう一つの人格が宇宙人だってことが分かるのはもうちょっと先の話だけどね」
父さんは、科学の力で僕の事に気づいていたのか……。
「それで、あなたの脳波の事は、アラビアンナイト本部に送られた。時を同じくして、本部の研究室で偶然、新型のビームドライヴが完成したの。そのビームドライヴは、なぜか精神感応性があったわ」
この話を聞いて、僕はピンときた。
「それって、まさか……」
「そう、マジックドライヴよ」
マジックドライヴ……。僕の乗機・アラジンに搭載されている動力源……。
「でもね、開発されたのはいいけれど、一つ欠点があったの。それは、誰でもマジックドライヴの精神感応性を引き出せるわけではないということ。いろんな人に手伝ってもらったけど、上手くいかなかったらしいわ。そんなときに来たのが、あなたの脳波データ。これを使ってシミュレーションしてみたら、かなり高いシンクロ率をたたき出したらしいのよ。そのシミュレーションが間違っていなかったのは、あなたがこれまでの戦闘で証明しているはずよ」
あの精神感応による爆発って、簡単に使ってきたけど、相当スゴイことだったのか……。
「さらに、シミュレーションによれば、驚くべき効果を出すことができるらしいのよ」
驚くべき効果って、何なんだ? とりあえず、先を促してみる。
「その効果とは……?」
「その効果とは……」
ごくりと唾を飲み込んだ。短い時間のはずなのに、長く感じてしまう緊張感。
一体その効果というのは、何なのか? それは、この戦いに関係しているのか?
「……それ以上は、まだ聞かされていないわ」
「……え?」
「だから、まだ何も聞かされていないの。何とか聞き出そうとしたけど、上手くはぐらかされてしまったわ」
ウソだろ!? なんでそんな重要なことを話してくれないんだよ!?
「ただ、所長は意味深なことを言っていたわ」
「意味深なこと……?」
「確か、『夢をかなえるためには、人の心を知る必要がある』って」