命の使い道
――戦争がはじまって、夢も希望もなくした。
簡単にいえば、生きる価値をなくした。
僕はもともと、科学者になりたかった。でも、戦争のおかげで勉強どころではなくなってしまった。
僕はもう、いつ死んでもいいと思っていた。
そんな矢先だった。ロボット工学者であった父から、あの誘いがきたのは――。
「おい、仁! なにボーっとしてんだよ」
「……別に大したことじゃない」
僕に話しかけてきた、茶髪でツンツン頭、目や態度、言動はもちろんのこと、中身も典型的に陽気なヤツ。名前は有谷 蓮。僕の友達。
コイツが『仁』と言ったのは、僕の事。僕の本名は嵐柴 仁。
ついでに自分の特徴を言っておくと、外見は黒髪で多少長髪。性格面としては、大半の人が感じているとおり、『自殺志願者』。
自殺願望がありながら、なぜ実行に移さないかというと、この命の使い道が決定しているからだ。
「どーせ、いつもの現実悲観でしょ? 蓮が気にすることないって」
「……同じく」
蓮のすぐ後に話しかけてきた女子二人組。
先に話しかけてきた、アーモンド色の髪と瞳をした活発な印象を受ける少女。名前は天羽 詩亜。ここにいる四人の中では一番付き合いが古い。いわゆる幼なじみである。
もう一人の、銀髪碧眼で口数が少ない方はベアトリス・シンディング。通称『ベア』。ノルウェー人だ。
なお、ここにいる全員が高三の十七歳だ。
「言っておくが、僕は現実悲観者じゃない。自殺志願者だ」
「その自殺志願も、元はと言えば現実悲観がきっかけだろ?」
「それに、自殺したいんなら、とっとと死んじゃえばいいのよ」
俺の反論に対し、さらに茶々を入れてくる蓮と詩亜。
すっかりこのやり取りにも慣れたとはいえ、多少の疲労とめんどくささを感じる。
「自殺しないのは、有効に死ねる方法をとるからだ。そんなこと、お前らはよく知っているだろ?」
「はいはい、そうでした」
蓮は微笑しながら、そう返事した。
「ところで、この後どうする?」
詩亜がみんなに尋ねた。今は学校からの帰り道なのだ。
「じゃー、例の隕石の謎を解くのはどうだ?」
蓮が言った隕石の謎というのは、今から十五年前の事。
突然地球に隕石が落ちてきたのだ。様々な観測結果からこの秩父に落ちてきたことは間違いないのだが、なぜか隕石どころか衝突した痕跡もないという摩訶不思議な現象が起きたのだ。
現在も一部の団体やミステリー好きな人が調査に来るが、一向に手がかりがつかめないでいる。
戦争がなければ、もっと大々的に調査する余裕もあったし、この謎はとっくに解き明かせれているはずだったかもな。
「それもいいが、例のモノはどうなっているんだ?」
「……そろそろ、完了する」
僕の問いにベアが答えた。
それに蓮がヒューと口笛を吹き、
「それじゃあ、俺達の活動開始は、もう秒読みってことか」
「そうなったら、もうめったに遊べなくなるわね。今日は思いっきり楽しまなくちゃ」
「僕はパス。自分の棺を確かめたいからな」
「……わたしも、機体を見る」
だが、せっかく決まりかけた今日の予定がほぼ台無しになってしまった。
「ん……? あれは」
僕は、市街地の上空を飛行している物体を見つけた。
次の瞬間、その物体から光線が発せられ、街を破壊したのだ!
さらに、飛行物体から何かが無数に投下させられている。
「おいおい、マジかよ……」
「あたし達の活動、少し前倒しになりそうね……」
「ついに、この命を使う時が来たか……。研究所に向かうぞ!」
僕達は走ってある所に向かった。
さて、そろそろ僕達の正体を明かしてもいいだろう。
世界連邦と革新連合が中立国への圧力を始めると同時に、圧力をかけられている国の中ではそのような横暴をやめさせようと抵抗するものが出てきた。要はレジスタンスである。
僕らはそのレジスタンス組織の一つ『アラビアンナイト』日本支部のメンバーなのだ。
ちなみに、なぜ組織の名前がアラビアンナイトかというと、どうも設立者がアラブの王族であるためらしい。
アラビアンナイトは戦争当事国へ対抗するため、綿密な計画と準備を進めた。その結果、全世界に情報網を構築し、さらにハイスペックなFFの開発・配備をすることができた(少数なのがネックだが)。
日本においては、ロボット工学者で僕の父・嵐柴 博士が本部との窓口であり、技術顧問でもある。僕らを組織に誘ったのも父だ。
そして、日本の活動拠点となるのが、父が所長を務めている「ロボットベース研究所」。さっき僕が言った研究所とはここの事だ。
研究所の名前にある『ベース』の意味は、表向きには『基礎』、つまりロボット開発における基礎技術に関する研究をしていることになっている。しかし、本当の意味は『基地』である。
その真の意味が示すように研究所には基地機能が数多く、かつ絶対にバレないように備わっているのだ。
僕達が基地に向かって走っている最中、トラブルが起きた。
それは、僕が橋を渡り終えたときに起こった。
「きゃあっ」
なんと敵からの射撃により、橋が破壊されてしまった。そのせいで僕ら三人から遅れてついてきていた詩亜が対岸に取り残されてしまったのだ。
でもまあ、詩亜もアラビアンナイトの一員だ。何とかなるだろう。
そう考えて、僕は詩亜に指示を出す。
「詩亜、お前は別の道で研究所にたどり着け」
「うん、わかった」
そう言い残して、詩亜は踵を返した。
「気をつけろよ~」
後に起こったことを考えると、蓮が言ったこの一言はなんとも皮肉だった。
「おお、仁、蓮、ベアトリス! ようやく帰ってきたか」
この人格者らしい風格が漂う、白衣を着た男性がさぞ僕達を待ちかねた様子で迎え入れてくれた。
この人物こそ、アラビアンナイトの日本支部長にして僕の父・嵐柴 博士である。
「ところで、詩亜ちゃんがいないようだが……」
「ちょっとトラブルがあったんだよ、おじさん。別ルートでこっちに向かっているから、心配しなくていいよ」
事象を説明する蓮。
「まあ、いいだろう。君達と同じようにあの子にも妻が作った特製ケータイを持たせてあるからな」
僕の母さんは通信系の技術者で、このロボットベース研究所の研究員でもある。
母さんが作ったケータイは、アラビアンナイトとして活動するのに必要な機能が多数備わっている。当然、GPSも完備だ(このGPSは、アラビアンナイト専用の特別なもの)。
だから、父さんも大して心配はしていないのだろう。
「……出動できる?」
「ああ、そうだったな、ベアトリス。出動の準備は出来ている。だが、フライングカーペットはもう少し時間がかかるがな」
フライングカーペットとは、僕達の旗艦だ。この戦艦の名前を冠し、僕達の部隊は『フライングカーペット隊』と呼ばれている。
「じゃあ、僕たちはすぐに出撃する」
「よろしい、仁。全員、出撃だ」
「発進準備完了。各機、出撃してください」
研究所の地下にあるドック中にアナウンスが響く。
「アラジン、嵐柴 仁、出撃する」
この掛け声の後、僕の乗った機体がカタパルトにより加速し、空中に飛ばされる。
僕の愛機・アラジンは、可変型FFだ。現在は巡航形態になっている。
巡航形態時のアラジンは、黄金のアラビアランプの形状をしている。なお、この形態のときは『Lモード』と呼称している。ランプの『L』だ。
アラジンは機動力が高い。特に巡航形態時は最速を誇る。この特性を利用して、敵のかく乱やヒット&アウェイ戦法を主軸に戦う。
人型形態時については後で詳細を述べるが、ここでは脚がない、ということだけお伝えしておこう。
「アリババ、有谷 蓮、いっきま~す」
続いて蓮の搭乗した機体が、カタパルトから発射された。
蓮のFF、アリババは、かなり滑稽な外見をしている。アラベスク模様の扉に手足、そしてリアルロボットによくある、マスクを装着しているような顔が付いているのだ。
そのような外見にも関わらず、機体のスペックは高い。アリババは情報収集・分析、工作活動を想定して設計されている。そのため運動性はフライングカーペット隊一である。ジャミングも高性能なものを搭載している。
さらに、アラビアの短剣をモチーフにした実体剣『ジャンビーヤ』で少しでも敵機体にダメージを与えると、その機体の情報が丸わかりになるという驚くべき機能を備えている。
補足だが、『ジャンビーヤ』という名前自体、アラビア短剣の事を指している。
「……ベアトリス・シンディング、シンドバッド、出る」
最後に、ベアの機体が出撃した。
ベアの機体・シンドバッドも、僕のアラジンと同じく可変型で、現在は巡航形態をとっている。
この形態のシンドバッドは、二本のマストを持つ大型ダウ船(アラビアの船の事)の形状をしている。また、砲撃が得意だ。
人型については、やはり詳細は後だが、ここでは近接戦闘が得意、とだけ言っておこう。
このように、シンドバッドは二つの形態を使い分けることで遠近両方に対応できる。
ついでに言うと、ベアは脳波が強い。それをシンドバッドの変形機構に役立てている。
「みんな、配置についた? 蓮、状況の報告を」
「了解だ、艦長。全員異常なし。索敵システムにも伏兵はいないらしいぜ」
蓮から艦長と呼ばれた、通信の声の主は咲花 愛留。フライングカーペット隊隊長にして、戦艦『フライングカーペット』の艦長だ。
現在フライングカーペットは調整中で出撃不可能なので、研究所内の指令室から指揮を執っている。
彼女の事を一言で言い表すなら『才色兼備』。一般的な価値観から言っても美人だし、人情に厚い。なにより、防衛大学の防衛学部指揮科を首席で卒業するはずだった(・・・)。
『だった』と言ったのは、一年前、艦長が防衛大学の卒業式直前に革新連合の襲撃を受けてしまい、大学が壊滅した。そのとき大学にいた八割の人が死亡し、卒業式どころではなくなってしまったのだ。
そんな中、僕の父さんが、生き残った艦長に声をかけた。アラビアンナイトに入らないか、と。
ねじれ国会の影響で、いまだにFFをはじめとした最新兵器を導入できない自衛隊には国を守れないと考えていた艦長は、国を守るため、そして自分に起こったことを他者に経験させたくないという思いから二つ返事でOKしたらしい。
「わかったわ。それではみんな、あなた達は嵐柴所長に選ばれた、優秀なパイロットよ。そんなあなた達はこの記念すべき初ミッションを無事に遂行できると期待しています」
「それはあんたもだぜ、艦長。ガチガチになって取り乱すんじゃねえぞ」
蓮の発言に対し、艦長は微笑して
「私は学生時代、『氷の指揮官』の異名をとったほど、取り乱したことはないわ。常に冷静よ。その辺は保証するわ」
「なるほど。だったらこっちの心配はナシだ。存分に暴れられる」
蓮と艦長の、一連の問答が終わったところで、
「さあ、本腰入れて。蓮、敵の勢力は?」
「敵は世界連邦の部隊だ。ドワーフ多数、パンプキンキャリッジ一隻。エース機はナシだ」
ドワーフというのは、世界連合が主に使用している量産型FFである。『小人』の名の通り、小型の部類に入る。帽子をかぶっているような頭部が特徴的だ。
武装はビームガンとビームアックスだけだが、バックパックの換装で武器や機能を増やす等、様々な状況に合わせた能力を持たせることができる。今回の敵はバックパックがないノーマルなタイプだ。
ちなみに、カラーリングは虹と同じ七色のバリエーションがあり、パイロットは好きな色を選べる。ただし、赤だけは小隊長専用らしい。
もう一つの機体『パンプキンキャリッジ』とは、こちらも世界連邦で多数配備されている戦艦である。その名の通り、二頭の白馬が白いカボチャの馬車をけん引しているかのような姿だ。
パンプキンキャリッジの大きな特徴として、馬の部分と馬車の部分で明確に役割が分かれていることが挙げられる。
馬の部分の役割は、砲撃。つまり、武装はすべて馬に集まっているのである。起動系の役割としては、推進力を担っている。
馬車の部分には、攻撃以外の役割がある。具体的にはブリッジ、ドッグ、居住区などがある。また、浮遊力をつかさどっている。
「仁、ベア、敵は散開しているらしいわ。今から目標地点のデータを送るから、そこへ砲撃して、敵を一点に集めて」
艦長の命令に、僕とベアは同時に答える。
『了解』
先に砲撃を仕掛けたのは、僕だった。
「それじゃあ、ビームモルタルキャノン、発射」
コックピットの砲撃スイッチを押すと、アラジンのフロント部分にあるランプの口から弧を描くように紫色のビームが飛んだ。
このビームモルタルキャノンは、アラジンの巡航形態唯一の武装だ。『臼砲』の名の通り、弧を描くような弾道で飛んでいく。
なお、アラジンのビーム兵器は、ある特殊能力がある。
ビーム砲弾が着弾点に到達した瞬間、心の中でこう命令した。
(爆発しろ)
すると、ビームはデカい花火となって爆発したのだ。
そう、アラジンのビームは精神感応性があるらしく、自分の好きな時に爆発させることができるのだ(爆風が花火っぽいが)。
父さんいわく、アラジンのビームドライヴは特別で『マジックドライヴ』と特別に呼称するらしい。そのため、アラジンのビームは紫なのだ。
さらに、マジックドライヴはもっと秘密があるらしいが、それ以上聞いてもはぐらかされるだけだった。
僕がビームモルタルキャノンを発射したのと同時に、ベアが言った。
「……ビームキャノン、発射」
すると、シンドバッドに装備された全十門の大砲から、ビームの砲弾が大量に放たれる。
シンドバッドのビームキャノンはアラジンと違い、直進弾道をとる。ビームもピンク色で普通だし、着弾しないと爆発しない。爆風も普通だ。
砲撃を開始して数分。大方、敵をまとめることができた。
「そろそろ第二段階に移行するわよ。まず、アリババが正面突破で敵をかく乱、その後変形したアラジンとシンドバッドでとどめを刺すわよ。敵艦の動向に注意を払って」
『了解』
三人同時に、艦長の指示に応える。
「じゃあ、先に行ってるぜ。二人とも、後からついてこいよ」
「わかってる。僕たちは変形してから突撃する」
蓮がとてつもないスピードで突撃した。
それと同時に、僕とベアは変形した。
僕が変形スイッチを押すと、アラジンはランプの口を上に向ける状態になった。そして、ランプの土台部分が二つに割れ、両脇に移動。さらに、割れた土台から手が現れた。これが、アラジンの腕となる。なお、土台だった部分は盾として使える。
その後、ランプの口が取れ、本体と接合していた部分から柄の様なものが出てきた。さながら、何かの杖のようだ。それをアラジンの手が見事にキャッチ。
このランプの口だったものが、変形後のアラジンの武器となる。ビーム弾を発射することはもちろん、ビーム刃を形成して格闘戦も行える。名付けて『ビームロッド』。ビーム刃を発生させている時に限り『ビームスピア』と呼ぶ。
最後に、ランプの口があった場所からランプの魔人の様な顔が出現して、変形完了。
なお、脚は前に言った通り、出ない。ただ、ランプの取っ手の部分がランプの魔人の、煙の様な下半身を想起させる。
この形態を『Jモード』という。『J』は、アラビア語で魔人の意味である『ジン』から来ている。
一方、ベアのシンドバッドはというと、なんと機体がバラバラになり、それを再構築して人型になったのだ。両手にはマストが握られており、ビーム刃が形成されている。帆がまるで剣のつばの様に見える。
また、頭部にビームで作られたターバンが巻かれている。
これらが、シンドバッドの人型形態時の武器だ。剣の方は『ビームシャムシール』。シャムシールとは、アラビアの剣の事だ。
頭部にある『ビームターバン』も、敵を捕縛したりムチ打ちにするための武器。
巡航形態時に装備されていた砲台は、頭部・肩部・腕・胸部・膝に各二門装備されている。ただし、ビームの出力の大半をビームシャムシールとビームターバンに集中しているため、バルカン程度の威力しか出ない。
そうこうしているうちに、蓮の方はもう襲撃を開始している。
手に持ったジャンビーヤとビームサブマシンガンを用いて、散々暴れまわっている。
「ヒュ~、大した敵じゃねえな。敵が弱いのか、この機体の性能がいいのか。それとも、俺の腕がいいのかな?」
「そうか。その程度の敵なら、僕の命を捧げるには割に合わないな。とっとと終わらせる」
「……戦闘開始」
この程度の敵をいちいち相手にするのも面倒だったので、僕はあるスイッチを押した。
すると、ランプのフタが開き、無数のレーザーが放たれた。
これは『ホーミングレーザー』。追尾機能があり、一発一発もそれなりに強い。精神感応による爆発を加えれば、かなり凶悪な武器だ。
もちろん、着弾を確認した時点で爆破命令を下す。その様子を見て一言つぶやいた。
「汚ねぇ花火だ」
ちなみに、何度かビームガンで撃たれた。しかし、機体は無傷だ。
その秘密は、アラジンのカラーリングの金色にある。これは、ビーム攻撃をある程度軽減してくれる機能があるらしい。量産機のビームガン程度なら無傷だ。
一方、ベアの方も着実に撃破しているようだった。無言で。
ビームターバンからビームの紐を射出し、それを使って敵を捕縛。後は地面にたたきつけるなり他の敵機にぶつけるなりしていた。
だが、ビームシャムシールを使っていなかった。どうやら、ベアもそこまでするような相手ではないと判断したらしい。
敵の数がかなり減ってきたころ、突然焦った様子で蓮が叫ぶ。
「おい、やべぇぞ! 敵艦から膨大なエネルギー反応を確認した! 主砲を撃ってくる気だぞ!」
――どうやら、今が好機らしい。
「全員、退避しなさい! 今ならまだ間に合うはずよ!」
悪いね、艦長。僕は命を使える好機を逃せないんだよ。
僕はアラジンをLモードに変形させ、敵のパンプキンキャリッジに突撃した。
「おい、仁! 何やってんだ!」
「危険よ! すぐに逃げなさい」
何いまさらそんなこと言ってんだ。僕の希望は、知ってるくせに。
「僕は死にたいんだ。それは前から何度も言ってることだぜ? それをいまさら、とやかく言われる筋合いはない」
「……自分の命で、わたしたちを助けるつもり?」
ベアが意外なセリフを言った。まったく、最期の最期でレアな瞬間を見れたもんだ。
「そうだ。僕は死ねる、お前らは助かる。両方にメリットがあって、万々歳じゃないか」
「でもな……」
蓮から何か話しかけられたが、途中で通信を切ってやった。
だが、脳の中で続きが聞こえた。
(お前が死んだら、それがトラウマになっちまう。そしたら、俺達は戦場に立てなくなる精神状態になっちまうかもしれねーんだぞ)
……これは、僕の想像力が成しえる技なのか? それにしてはかなり具体的だったが……。
まあ、いいか。どうせ死ぬんだし。
おっと、そうこうしている間に目標が近くなってきたな。
形態をJモードに変形し、ビームロッドにビーム刃を形成させ、砲門に向け振りかぶる。
「悪いけど、これ、戦争なのよね」
ビームスピアを振り下ろした。破壊される砲門。
そして、爆風が迫ってくる。念願だった黄泉の国に逝ける……。
(そうはさせねーよ)
「ここは……?」
目が覚めると、白一色といった部屋で、真っ白なベッドに横になっていた。
そして、周りには蓮、ベア、艦長の姿があった。
「ここは研究所の医務室。あなたは死ぬことができずに、無事脱出していたのよ」
「びっくりしたぜ。アラジンが、あんなスピードを出せるなんてな」
どうもよくわからないが、みんなの意見をまとめると、どうやら砲門を破壊した後、すばやくLモードに変形して理論値以上のスピードをたたき出し、爆風から逃げたらしい。
でも完全に逃げきれず、直撃とはいかないまでも爆風に吹っ飛ばされたらしい。
その後、蓮とベアに機体ごと回収されたようだ。
その一連の行動からか、こんな指摘を受けてしまった。
「……死ぬ気、あるの?」
くっ……、かなり厳しい指摘だ。しかもベアの短い言葉ともなると、精神に来るダメージが大きい。すぐに話題を変えなくては。
「そ、そういえば父さんは?」
「所長なら、あなたの無事を確認した後、ドッグに行ったわ。初めての実戦だったし、データを解析したいんじゃないかしら。そんなことより……」
この後起こったことに、僕は衝撃を受けた。
「これを見て」
艦長が見せたのは、二つの品物だった。
一つは、FとWが組み合わさったロゴのバッジ。このバッジは、確かフェアリーウェポン社の社員バッジだったはずだ。
僕が衝撃を受けた方は、もう一つの方。キラキラにデコられた、見覚えのあるケータイ。
「これって……」
「ええ、天羽 詩亜の所有していた、研究所特製のケータイよ」
「ほら、あの壊された橋があっただろ? あの近くで見つかったみたいだ」
なんていうことだ。それって、つまり、僕達が走り去った後に捕まったってことじゃないか。
しかも、あのバッジが落ちてたってことは、最悪の事態かもしれない。
フェアリーウェポン社と言えば、御伽技研とならんで黒いウワサが絶えない会社なのだ。事実、ここに一人、その黒い部分の一端を体験した人間がいる。
「なあ、確か……」
「やめとけ。人の古傷に触れる真似は」
蓮に止められた。確かに、本人には思い出したくないことだから、口で言うのはやめておこう。
フェアリーウェポンの暗部を体験したのはベアの事である。
十年ほど前、ベアが住んでいたノルウェーの街が世界連邦の襲撃にあった。その頃の世界は、世界連邦と革新連合による中立国への武力による圧力が始まった頃で、当時(今でも)中立国であるノルウェーもその標的になったのだ。
ところが、その襲撃には不可解な点があった。
それは、ベアが住んでいた町は圧力効果が見込めないほど小さな町だったのだ。
そう、その襲撃は、ベアを捕獲するための作戦だったのだ。
先ほども言ったように、ベアは脳波が強い。おそらく、それを何かで知ったフェアリーウェポンがベアを捕獲しようとしたのだ。
結果、ベアは捕まってしまった。その後は、ベアが時々口にする寝言などから推察するに、身体を隅々まで調べられ、過酷な人体実験をされたようだ。
そのような経験をしたからか、極端に無言で無表情な人間になってしまったらしい。
なお、捕まってから二年後、アラビアンナイトのスパイがベアを救出し、僕の父さんが引き取った。僕らがベアと出会ったのも、そのころだ。
さて、話を元に戻して、詩亜の事だ。
あいつとは、付き合いが長い。小さい頃はよく遊んだものだ。
だから、僕が自殺を決意した時でも、詩亜にだけは幸せでいてほしいという願いは変わらなかった。
「……あいつが捕まったという心残りが消えない限り、僕は死ねない」
「え……」
「今、なんて言った?」
僕の言葉としては信じられなかったらしく、蓮と艦長は聞き返した。
僕は語調を強め、
「だからぁ、詩亜を助けるまで死なないっつったの!」
周りからクスッという声が聞こえた。べつにおかしいことを言った覚えはないのだが。
「いやぁ、悪い悪い。いつものお前らしからぬ言葉だったもんで」
「じゃあ、仁が心残りなく死ねるように協力しましょうか。といっても、フェアリーウェポンに捕まったんだとすれば、戦っているうちに手がかりをつかめる公算が高いけどね」
~その後~
ロボットベース研究所の所長室に、ある二人が何か話していた。
一人は、この研究所の所長・嵐柴 博士。もう一人は先ほど嵐柴 仁の見舞いを終えた、アラビアンナイト所属、フライングカーペット隊隊長にして隊の旗艦であるフライングカーペット艦長・咲花 愛留である。
まず、所長が切りだした。
「咲花艦長、先ほどの仁の戦闘を見て、君はどう思った?」
「仁だけでなく、蓮もベアも初陣にしては上出来、いえ、それ以上であると考えています」
「全般的には、そうだ。だが、私が言いたいのは敵のパンプキンキャリッジに仁が特攻し、破壊に成功した。そこから引き返す時のアラジンの動きについてだ」
「ああ、あれですか。仁が普通の思考の持ち主であれば、火事場の馬鹿力とか、そういう説明がつきますが……」
「だが、あいつは死にたがっている。そんな人間が取るはずである行動は、あのまま爆風に素直に飲まれるはずだ。なのに、あいつはそれをしなかった。
そのような矛盾した行動に納得がいく説明が付けられるデータがある。これを見てくれ」
所長はデスクにあるパソコンのモニターを愛留に見せた。
「これは……脳波の解析データですか?」
「その通り。戦闘中の仁の脳波を調べさせてもらった。このデータを解析班に調べさせたところ、驚くべき結果が出た」
愛留は、何かピンと来たようだった。
「もしかして、以前から所長がおっしゃっていた……」
「そうだ。昔、我々のボスであるサルタンが私に言ったこと……。それが現実になりそうだ。そして、覚醒は近いうちに起こるだろう」
~その頃~
ここは太平洋上、世界連邦軍輸送艦。
その中のある場所に、ある女がいた。
「フフフ……、いい素材が手に入ったわ。この、強い脳波を放つ人間の近くに、しかも長期にわたってくっついてた少女……。これで、私の研究が一歩前進する……。『RS』の研究が……!!」
また、世界連邦のある基地内では、司令官とその部下が会話していた。
「秩父での部隊が壊滅したか」
「はい、その部隊との連絡は不能となっています。衛星で詳しく調べたところ、部隊の全滅と艦の撃沈を確認しました」
「しかし、フェアリーウェポンからの依頼による戦闘とはいえ、なぜあんな田舎町での戦闘でそのような事態が……」
「あそこの御仁のやることは、わかりかねます。ところで、派兵された部隊のデータが一部送られてきていますが」
「撃墜される直前までに送られてきたやつか……。続きを」
上官らしき男は、先を促した。
「まだ外見のみしか判明していませんが、いずれもアラビアの様なデザインの機体でした。数は三機です」
「たった三機でか! 侮れんな……」
「上層部に報告しましたところ、それらの機体について調査班を編成するそうです」
その時、上官は部下の語調から、何かを察した。
「――ナヴィーン君」
「はい」
「その目……アラビア機体との勝負がしたいのだな」
「否定は致しません」
「なら、私から調査隊に君が配属できるように推薦する。希望どおりになるかはわからんがな」
「感謝いたします」
ナヴィーンと呼ばれた部下の目には、喜びが写っていた。