五
「どうだね、空の旅は?」
剣鬼郎が笑いを浮かべて声を掛けた。剣鬼郎の能天気な口調に、健一はかっとなった。
「何が空の旅だ? もう、二度と御免だからな!」
剣鬼郎は肩を竦める。
「そうなる。なんせ、関所で登録を済ませたんだ。これからは、江戸の好きな場所に、接続できる。おっと、忘れ物だ!」
剣鬼郎は懐から、健一と永子に、白い紙に包まれたものを渡した。全部で四つづつ。手に持つと、ずしりと重い。
「何だ、こりゃ?」
健一が質問すると、剣鬼郎は顎を上げ答えた。
「割ってみな」
両手で捻じると、ぱかっと紙包みが割れて、中から山吹色の光が覗いた。ちゃりん、と金属質の音に、健一は顔を上げた。
「まさか?」
剣鬼郎は頷いた。
「一人頭、百両だ。一つ二十五両の包みが四つで、百両だ。ま、支度金みたいなものだ。関所で新入りの【遊客】には、必ず支給されるんだが、あんたらが受け取りを忘れていたから、俺が代わりに受け取っておいた」
健一は度を失った。
「で、でも、何でこんな大金を?」
剣鬼郎は、にやっと笑う。
「良くは知らないが、こっちの江戸では、大名の参覲交代は僅かしかないそうだ。江戸の町人だけがいるだけじゃ、経済が活性化しないとかで、俺たち【遊客】に大金を渡して、江戸の町で散財させる計画らしい。だから、せっかく貰った大金、仕舞っておくのは勿体ない話だ。せいぜい、浪費して、江戸の町を活気付けてやりな!」
そういうものか、と健一は受け取った百両を懐に仕舞った。しかし永子は、まるで屈託がない。
「ちょうどいいわ! この大金があれば、こっちで撮影するエキストラを、大量に雇えるんじゃない?」
永子のプロデューサー魂が、むくむくと頭を擡げたらしい。健一は、永子の逞しさに、内心かなり舌を巻いていた。
そうだ! 俺たちは、この江戸仮想現実で、仮想体験劇を撮影しに来たのだった!
健一は、やっと自分の目的を思い出す。
しかし、この先、どう行動すれば良いのか?
永子はすでに、先を読んでいるようだ。剣鬼郎に向かって、口を開く。
「それで、剣鬼郎。あんたはこっちで長いから、あたしたちの計画を進めるための、アイディアとか、あるんじゃないの?」
「そうだな」
剣鬼郎は、自分の顎先を撫でて、答える。
「ここは品川宿。俺の記憶が確かなら、ここらに鞍家二郎三郎という、江戸創設に関わった開闢【遊客】の一人が住んでいるはずだ。そいつは、色々な相談事を請け負ってくれるって噂だから、話を持ちかけるにはいい相手じゃないかな?」
健一と永子は、顔を見合わせた。
江戸創設に関わった【遊客】?
そいつは、どんな奴だろう?