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電脳役者~月村健一の意外な運命~  作者: 万卜人
最終回 大江戸仮想現実【黒客】騒動大団円之巻
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 二郎三郎の提案を耳にした子供たちは、一斉に悲鳴を上げた。

「そんな酷い!」「虐待だ!」「未成年をそんな扱いにして良いのか?」

 口々に抗議の声を上げた。

 泣き叫ぶ子供たちを眺め、健一は「ああ、やっぱりガキだな」と、妙な感想を持った。

 大人ならば、自分の仕出かした犯罪に、刑罰が負われるなどは、覚悟しているものだ。いや、大人でもそうそう、覚悟はしていないか?

 健一は永子に、小声で尋ねた。

「大丈夫かな? 相手は、子供だぜ。あいつらの両親に、もしも裁判でも起こされたら、どう対処する?」

 永子は歪んだ笑いを浮かべ、首をゆっくり、左右に振った。

「ここは、仮想現実なのよ。仮想現実での出来事を、現実世界での法律で縛るのは、不可能なの。ここであいつらが〝ロスト〟しても、現実世界では何事もなく、目覚めるだけって、何度も説明したじゃない?」

 健一は永子の説明に「ああ、そうか」と何度も頷いた。

 確かに悪夢を法律で裁くなど、無理だ。夢で殺人を犯したという罪で、警察に連行されるなど、有り得ないだろう。

「儂の弟子たちが捕われているのは、ここであるな!」

 突然の大声に、一同はぎょっとなった。

 俄かに現われたのは、白髪白髭の、老人であった。片手に杖を持ち、どことなく仙人のような風貌である。

 老人からは【遊客】の気配は、欠片も感じない。が、どういうわけか、犯しがたい威厳があって、健一には江戸NPCとは、まるで思えなかった。

 外記は眉根を寄せて、老人に話し掛けた。

「誰じゃな? お主は?」

 老人の姿を目にし、子供たちが歓声を上げた。

「〝導師〟様!」

〝導師〟様?

 健一は内心、首を捻った。

 どこかで聞いたような……?

「〝導師〟様! 助けて下さい! こいつらは、僕らを、この仮想現実で〝ロスト〟させるつもりなんだ!」

 少年の姿の、道庵が叫んだ。

 健一はやっと〝導師〟様の正体に思い至った。老人に向き直り、声を上げる。

「あんた、【遊客】たちに、【遊客】の気配を消し去る術を教えて回っている人か?」

 老人は「ふむ」と頷いた。

「然り。儂は江戸の【遊客】に、【遊客】の力をなくす修行を、勧めて回っておる。【遊客】の力など、仮想現実で人間らしい生活をするには、必要ないと思ってな」

 二郎三郎が、胡散臭そうな顔つきになって、老人に詰め寄った。

「あんたの主義主張についちゃ、俺たち何の興味も、賛否もない。江戸を掻き回しに来た、あの子供たちと、どういう関係なんだ?」

 老人は分別臭く、髭をしごいた。

「あの子等は、仮想現実に接続しても、すぐ元の姿に戻ってしまうのを悩んでおってな。それで儂が【遊客】の気配を消せば、言い換えれば【遊客】でなくなれば、姿を保てると教えてやったのじゃよ」

 意外な老人の言葉に、一同は「あっ!」と小さく叫びを上げた。

 ぴしゃりと額を叩き、二郎三郎は呟いた。

「そうか、それで奴等、【遊客】の力を封じる麻薬を……!」

「麻薬じゃと? 何の話じゃ!」

 老人が両目をぎらっと光らせ、怒りの表情になる。

 永子が手早く、子供たちの仕出かした罪について、老人に説明した。永子の説明は、簡潔で、当を得たものだった。

 こんな場合、永子は実に有能な交渉係となる。

 聞いている老人の顔が、徐々に険悪となった。じろりと縛られている子供たちを見やり、一喝する。

「何たる堕落! 薬で【遊客】の力を封じるなど、儂の教えに反しておる!」

 道庵は不貞腐れた態度になって、言い返した。

「だって、あんたの【遊客】封印法は、面倒臭いんだからなあ! あんなの、やってられねえや!」

 側にいた女の子が、同調する。口調は高々として、老人の弟子とは思えない。

「そうよ! あたしら、子供なんだもの。もっと手軽に【遊客】を封印したかったから、薬を作っただけ。悪い? 仮想現実では、何をしても良いんでしょう? だって、江戸NPCは、ただのプログラムに過ぎないわ!」

 老人は黙って子供たちの言い分を聞いていたが、表情は哀しみに満ちていた。

「はあ~っ!」と深々と溜息を吐くと、外記に向き直り、宣言する。

「先ほどの島流しの話。聞くともなく、耳にしたが、子供たちを監督する仕事、儂が引き受けよう! 必ずや、あの子供たちを更生させ、真っ当な人間として、生まれ変わらせて見せる。それが儂の仕事と、たった今、悟った!」

 外記の顔が赤く染まる。

「し、しかし、それには、長期間に亘って同行せねばならず、必然〝ロスト〟してしまうので御座るぞ!」

 老人は泰然と笑った。

「構わん! 儂は、この江戸で〝ロスト〟して修行を重ねるつもりでおった。良い機会ではないか? それに弟子を薫陶するという、仕事もあるしな!」

 老人の言葉に、子供たちは一斉に泣き声を上げた。この時ばかりは、子供らしい態度だな、と健一は自分が監督役を押し付けられなかった安堵感と共に、思っていた。

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