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電脳役者~月村健一の意外な運命~  作者: 万卜人
最終回 大江戸仮想現実【黒客】騒動大団円之巻
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 片岡外記の屋敷に辿り着くと、意外な人物が健一を出迎えた。

 江戸NPCにしては、珍しいほどの巨体が目を引く。相手を目にして、健一は思わず声を上げていた。

「億十郎さん、あんたも来ていたのか?」

 一瞬、声を掛けられた大黒億十郎は、健一の言葉に僅かに逡巡を見せた。が、礼儀正しく、一礼して口を開いた。

「いかにも。拙者は大黒億十郎と申す。しかし、貴殿とは初対面と存ずるが?」

 折り目正しく答える億十郎に、健一は「ああ、やっぱり億十郎も、俺を知らないと言うのか……」と、心中で慨嘆していた。

 背中で、火盗改頭の酒巻源五郎が呟く。

「奇妙じゃのう。この御仁は、拙者や、億十郎を見知っておるようじゃが、我々は一向に覚えがない。養生所での一件も存知おるようじゃが、どこで耳にしたのやら……」

 一瞬、気まずい空白の時間が流れる。健一は知っているのに、相手は健一を知らないとは、実に困惑する事態である。

 その時、空白を切り裂くように、馬鹿陽気な声が響き渡った。

「いよう! 健一に、お永さんじゃないか! どうやら無事だったらしいな。いや、目出度い!」

 はっ、と二人が声に顔を向けると、黒地に伊呂波いろは四十八文字を白く染め抜いた着流し姿の、浪人者がぶらりと姿を現す。

「鞍家さん!」

 二人同時に叫ぶと、鞍家二郎三郎は、くしゃっと顔を歪めた笑いを浮かべた。すたすたと、二人の側に近づくと、二郎三郎はやや仰け反るように上体を反らして、健一と永子をしげしげと観察した。

「あの〝黒穴〟に吸い込まれた時は、どうなるかと思ったぜ! 怪我はないようだな」

 健一と永子が黙っていると、二郎三郎は妙な表情になった。

「どうしたい? 俺を見忘れちまったんじゃ、ないだろうな?」

 健一は首を何度も、左右に振った。

「違うさ! 見忘れたんじゃないか、というのは、俺の台詞だよ」

 二郎三郎は「うんうん」と、何度も頷いた。

「判る、判る。あんたら、江戸の知り合いに、ことごとく、あんたなんぞは知らない、と言われたんじゃないのか? そこにいる、火盗改の源五郎と、億十郎。二人から、初対面だと言われたんだろう?」

 二郎三郎の指摘に、健一はぽかんと口を開き、目を見開いた。

「どうして、それを知っているんだ。まだ、俺たち、何も言っていないのに……」

 二郎三郎は肩を竦め、背中をくるりと見せて、歩き出した。

「その話は後だ。今は養生所の一件について、あんたらに教えておきたい。とにかく、俺の後に従いてこい!」

 ぶらぶらと歩き出す二郎三郎の後ろに、健一と永子はつき従う。何が起きているか、今は五里夢中だ。しかし二郎三郎は総て承知しているようだ。

 健一と永子の後から、億十郎と源五郎も、歩き出す。二人は二郎三郎の言葉に、何やら考え込む表情で、沈黙を保っている。

 二郎三郎は、片岡外記の屋敷を、勝手知った様子で、ずんずん先へと進んだ。

 屋敷内に上がり込むのかと健一は思ったが、意外にも、二郎三郎は、母屋をぐるりと回り込み、裏手の離れへと一行を案内した。

 離れは下男の小屋か何かだったらしく、母屋が立派な造作なのに対し、こちらは屋根も板葺きで、やっと雨露が凌げる、といった粗末な造りである。

 引き戸をぐわらりっ……! と音を立て開けると、二郎三郎は中を覗きこんだ。

「ふん、まだ逃げられては、いないな」

 くるりっ、と身を翻し、二郎三郎はニヤッと健一に向かって笑った。

「養生所の連中だ! 養生所の〝結界〟が消えて、捕り方が入れるようになって、あいつらをお縄に掛けられたんだ」

「でも、あいつら【遊客】じゃ……ああ、そうか! あいつらの作った【遊客】の能力を封じる薬で、普通の江戸NPCと同じになっていたんだったな!」

 健一は口早に答え、永子と共に、小屋の中に半身を乗り入れ、中を覗き込んだ。

 えっ?

 二郎三郎を振り返り、問い掛ける。

「おい、本当に、小石川養生所で麻薬を造っていた連中なのか?」

 二郎三郎は真面目な顔つきを保っている。が、今にも噴き出しそうに、口許が細かく震えていた。

 まさか、そんな……!

 信じられない!

「おい、お前たち……」

 健一は、恐る恐る、小屋の中で一塊になっている人影に声を掛ける。

 全員、手足を縄で縛り上げられ、中央に集まっている。小屋の入口近くでは、下僕が一人、見張っている。

 下僕は江戸NPCである。【遊客】が接続を切断して逃げ出すのを防ぐため、見張っている。NPCの見ている前では、【遊客】は現実世界へ帰還できないのだ。

 一塊に集まっている中から、一人の顔が上がり、健一をまっすぐ見詰めてくる。

「月村健一か……。生きていたのか?」

 口調は大人っぽいが、声は甲高く、声変わりしていない子供のものだ。

 そうなのだ。

 小屋に集まっているのは、全員が十歳前後の、少年少女だったのである!

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