五
「月村健一殿と、御影屋お永殿で御座いますな……。お頭の、酒巻源五郎は在宅で御座いますが、さて、どのようなご用件で?」
出迎えた熊川佐内という老人は、健一と永子を初めて見たような態度を見せた。
永子は初対面であるが、健一は源五郎を養生所へ向かわせる交渉の際に顔を合わせている。
健一は、思わず噛み付くような口調になっていた。
「おい、しっかりしてくれよ! 養生所で麻薬が生産されているという情報を、俺が源五郎に教えたんだぞ!」
左内老人は、呆然とした表情になった。
「よ、養生所で、麻薬?」
「源五郎は、いるんだな? 上がらせて貰うぜ」
健一は老人を押し退け、式台に片足を土足のまま載せた。老人は健一の無礼に、怒りを顕わにした。
「何をなさる!」
「どいていろ!」
健一が一喝すると、老人は顔を真っ青にさせて、くたくたとその場にへたり込んだ。
【遊客】の気迫だ! 健一から消え失せていた【遊客】の能力が、戻ってきたのだ。
気がつくと、永子から【遊客】の気配が感じ取れている。
戻ってきた【遊客】の能力に自信を深め、健一は永子を伴い、ずかずかと火盗改の屋敷に踏み込む。
「酒巻源五郎! 俺だ、月村健一だ! 養生所の事件は、どうなった!」
健一は屋敷を源五郎の名前を呼ばわりながら、早足で突き進んだ。この狼藉に、屋敷のあちこちから、与力、同心などが飛び出し、健一を制止しようと立ち塞がる。
そのたびに、健一は【遊客】の気迫を発して、前へと足を運ぶ。江戸NPCにとって【遊客】の気迫は抵抗し難い。健一が怒りを込めて【遊客】の気迫を発すると、次々に顔色を変えて、その場に蹲ったり、逃げ散ったりした。
「何の騒ぎだ……」
ようやく、酒巻源五郎の姿を認め、健一はやれやれと肩の力を抜いた。
「俺だよ。あの時、剣鬼郎を逃がしたのは、謝る! あれは、非常事態だったんだ。それより、養生所の事件は、どうなった?」
源五郎は立ち竦むと、じっくりとした態度で、健一の顔を眺めた。
しばらく穴の空くほど、健一の顔を眺めたが、ゆっくりと顔を左右にして呟くように答えた。
「剣鬼郎──? はて、それは、どのような御仁の名前なのじゃな? それに、其方は、初めて出会うお人のようじゃが」
「ええっ?」
健一は、あまりの衝撃に、口をポカンと開きっぱなしにして、源五郎の顔を見詰め返していた。
「俺を、知らないと、あんたは言うのか? 養生所での事件に、俺があんたを引っ張り出したんだぞ」
源五郎は重々しく頷いた。
「左様。其方とは、初対面であるな。それに、養生所の一件については、どこで耳にしたのじゃ? あれについては、関係者一同、固く口止めされておるはずじゃ」
源五郎の返答に、健一は全身から力が抜ける気分になった。がっくりと、その場に座り込み、頭を抱えた。
いったい、何が起きている?




