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電脳役者~月村健一の意外な運命~  作者: 万卜人
第十四回 大江戸遊客対黒客、最終決戦之巻
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 一瞬で、二人は暗闇に吸い込まれていた。

 痛みは一切なかった。

 いや、あらゆる感覚が遮断されていた。

 暗闇で、ただ、健一の意識だけが、宙ぶらりんになって存在している。奇妙に、恐怖の感情はない。

 これは〝死〟の世界なのか?

 なぜか冷静に、今の状態を評価していた。恐怖もなく、焦りもなく、時間すら存在しない世界で、健一は漂っている。

 感覚そのものが総て遮断されているので、漂っている感覚すらないが、健一はまるで気にしなかった。あらゆる感情が麻痺している。

 ──健一、健一──

 呼びかける声に、健一はぼんやりとした意識を、急激に目覚めさせた。

 ──永子!──

 ──ああ、良かった……。〝そこ〟にいるのね?──

 そこ? そこって、どこだ?

 右も左も判らず、自分がどんな状態にあるのかも、判断ができない。

 ──〝ここ〟は、そもそも、どこなんだ?──

 不思議と冴え切った意識で、健一は暗闇に問い掛けていた。場所の疑問もあったが、時間の感覚も怪しくなっている。

 養生所の建物が存在した中心に吸い込まれたのは、一瞬前の出来事であるように思えるし、あるいは百年前に起きた事件であるようにも、思えた。

 ──判らない──

 永子は、ぽつりと、健一の疑問に返事した。答える永子の声にも、まるっきり感情というのが欠落していた。

 ──俺たち、死んだのかな?──

 ──さあ、そんなの、どうでも良いんじゃない?──

 ──そうだな、そうかもしれない……──

 なぜか、健一は、永子の投げやりな返答に同意していた。

 そうだ、今がどうなっているのか、どうでも良い……。

 再び、健一の意識は、ぼんやりとした状態に戻っていた。

 それから、どれだけ時間が経過したのだろう。

 不意に、健一は、暗闇に変化を認めていた。

 あれは……。

 光が見えた。

 それは針の先ほどの小さな点であったが、べっとりとした暗闇の中では、ぎらぎらとした強烈な光点であった。

 ──光が見えるぞ!──

 ──あたしにも、見える!──

 答える永子の声には、はっきりと興奮が感じられた。

 ──行こう!──

 ──うん!──

 一瞬にして、二人の意思は同じになり、ぽつんと見えている光点に向かって、意識を集中させる。

 その瞬間、移動の感覚が生じた。

 前後左右、上も下も判らない世界で、光点を目にした瞬間、方向感覚が戻ったのである。

 二人は歓声を上げ、光点に向かって突進していた!

 見る見るうちに光点は視界一杯を占め、二人は全速力で近づいていた。

 ざばあーんっ!

 健一と永子は、水中に投げ出されていた。

 がばがばがば……と、二人は冷たい水中に潜り、苦しさに藻掻いた。

「げぼっ!」

 必死になって水を掻き、健一は水面にぽかっと顔を上げていた。見上げる空に、太陽が輝き、真っ白な雲がゆっくりと流れている。

「ぷはあーっ!」

 隣に、永子が顔を出した。

 健一は叫んでいた。

「永子、無事か?」

「あんたもねっ!」

 二人は水面にぷかぷかと浮かびながら、なぜか笑い声を上げていた。

 その時、伸びやかな声が降ってきた。

「あんたら【遊客】さんたちかね?」

 声の方向を見ると、和船が近くに漕ぎ寄せてきている。日焼けした漁師が、満面に笑顔を浮かべ、水面の二人を覗き込んでいた。

「しっかし、あんたら【遊客】というのは、つくづく空から落っこちるのが、好きで御座いますなあ! 全く、何を好きこのんで、空から落っこちるので御座いますか?」

「あんたは……」

 健一は呆れ顔の漁師を見上げ、呟いていた。

 漁師の顔に、見覚えがあった。最初に江戸に入府したとき、品川沖で健一を救ってくれた、あの漁師であった。

 漁師は、逞しい腕を伸ばし、二人の身体を船上に引き上げてくれた。

 濡れ鼠になって、二人はガタガタと震えながら、舟の中で抱き合った。二人を見下ろし、漁師は話し掛けた。

「これからあっしは、深川へ戻る途中で御座いますが、いかがで?」

 健一と永子は、黙って震えながら、小刻みに頷きを繰り返した。寒さで、歯がカチカチと鳴って、まともに答えられない。

 ぎい──とが軋み、漁師は先を回した。

 二人は漁師に送られ、江戸へと戻った。

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