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電脳役者~月村健一の意外な運命~  作者: 万卜人
第十四回 大江戸遊客対黒客、最終決戦之巻
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「あんたらは、中国人なのか?」という健一の問い掛けは、意外な反応を道庵から引き出した。

 道庵の大振りな顔が、見る見る真赤に染まり、真っ赤を通り越して、どす黒く変色したのである。

 どうやら健一の問い掛けは、道庵らの思いもかけない、痛点を直撃したのかも知れなかった。

 隣で座っている二郎三郎を見ると「あ~あ!」と今にも嘆息をしそうに、目玉を天井に向け、忌々しげな表情を浮かべている。

 二郎三郎は健一の視線に気付き、舌打ちして見せた。

 健一は内心「しまった!」と焦っていた。二郎三郎の顔つきを見ると、道庵らの正体を追及するのは、まだ時期尚早であったようだ。

 多分、タイミングを計っていたのだろう。

 それが健一の早まった質問で、ぶち壊しになったみたいだ。二郎三郎は仕方無さそうに、口を開く。

「あんたらの国籍には、俺は何の興味もない。問題にしたいのは、近ごろ噂の【黒客】じゃないか、という懸念だ。なぜなら、【黒客】というのは、あちこちの仮想現実にちょっかいを掛けて、問題になっているからな」

「俺たちが【黒客】だと!」

 道庵は床を蹴立てて立ち上がり、ぶるぶると全身をおこりのように震わせて、きっと一本指を健一たちに突き立てて叫んでいる。

 くるりと健一が周囲を見回すと、それまで黙りこくっていた道庵らの手下たちが、一斉に飛び掛らんばかりの勢いで、腰を屈め、こちらを睨みつけている。

 さっと二郎三郎が立ち上がり、健一と永子は慌てて立ち上がった。二郎三郎はじろりと回りを見回すと、皮肉そうな口調で呟いた。

「どうやら、図星らしいな。このまま、無事に帰しちゃくれそうにはない……」

 どうするのだろう──と、健一は気が気ではない。連中の麻薬で、今は全員が【遊客】の能力を喪失している。

「おい、逃げるぜ」

 二郎三郎が、そっと囁いた。

 逃げる? どうやって?

 問い返そうとしたが、二郎三郎の動きは素早かった。

 さっと身を翻すと、ぐらぐらと薬が煮え立っている鍋に近寄った。腰の刀を鞘ごと抜き放ち、ぐわっとばかりに引っくり返す。

 鍋が引っくり返ると、煮え立っている煮汁がどっとばかりに床に溢れ、物凄い臭気と共に蒸気が真っ白く上がった。

 わあっ! とその場にいた手下たちが悲鳴を上げる。

 二郎三郎は蒸気を跳び越え、手にした刀を盲滅法、振り回した。何人かは、身体のどこかを打ち据えられたらしく、悲鳴を上げながら倒れていく。

 凄い!

 健一は圧倒されていた。

 考えてみれば、【遊客】の能力が消えているのは、相手も一緒である。つまり五分と五分。こんな場面では、経験がものを言う。

 二郎三郎はひとしきり暴れ回ると、くるっと健一と永子を振り向き、怒鳴った。

「何をボケッと突っ立っていやがる! 逃げろっ!」

 怒鳴られ、健一と永子は同時に飛び上がった。

 そうだ! 逃げなきゃ……!

 わあああっ! と二郎三郎が喚き声を上げ、突進してゆく後を、健一と永子は無我夢中に付き従った。二郎三郎は血路を開くため、刀を握り締めて振り回している。

 なんで鞘を抜かないのだろう? 道庵の手下は、武器を持っていない。白刃を振り回せば、もっと効果的なのに。

 そんな疑問が、ちらっと脳裏の隅を掠めるが、今は両側から掴み掛かろうとする手を避けるのが精一杯だ。隣の永子も同じだろう。

 どたばたと大騒ぎをして、三人は部屋を脱出して、廊下に出た。意外と広い廊下で、奥は長い。廊下に出た瞬間、健一は気付いた。

 こっちは、別の仮想現実に繋がっていない。

 そうか、ここは道庵が入ってきた出入口だ!

「逃がすなっ! あっちは……!」

 背中で、道庵の大慌ての怒号が聞こえている。相当に焦っている。

 何か、道庵にとって、重大なものがこの先にあるのかも……!

 振り向くと、背後から手下たちが血相を変え、追いすがる。健一はもう、何も考える余裕すらなく、全力で走っていた。

 真っ直ぐな廊下は、すぐにどん詰まりに突き当たった。目の前に引き戸があった。二郎三郎が引き戸に手を掛ける。

 ぐわらっ! と引き戸を開けると、そこは小部屋になっていた。

 三畳ほどの小部屋で、そこに神棚のようなものがあった。

 低い木机に、丸い鏡が置いてある。ただの鏡ではなく、神社などに奉納されているような、銅鏡である。

 三宝、注連縄などが配され、いかにも神道ぽい造作だ。

 しかし銅鏡の鏡面は、周囲の景色を映し出してはいない。そこに映っていたのは、健一が目にしていた、熱帯雨林、氷原、活火山らの景色であった。それらの景観が、次々と鏡面に映し出されていた。

「こりゃ、何だ……」

 健一が思わず声を上げると、二郎三郎が唸り声を上げた。

「こいつは仮想現実を操る、制御装置だ!」

 二郎三郎の指摘に、健一は驚いた。

「何だって? こんなものが?」

 健一が問い返すと、二郎三郎は激しく頷いた。

「そうだ。いかにもな見てくれでは、江戸NPCに不審を抱かれる。江戸仮想現実全体を制御するには能力が足らないが、養生所を〝結界〟として制御するなら、充分だ!」

「そ、それじゃ……!」

「そうだ」

 二郎三郎はニヤッと勝利の笑いを浮かべた。

「こいつを破壊すれば、養生所の〝結界〟が解けるって、寸法だ!」

「やめろーっ!」

 道庵の悲鳴が轟いた。

 二郎三郎は足を挙げ、銅鏡を思い切り、蹴り上げた。

 ぐわらんっ! と派手な音を立て、銅鏡は床に転がった!

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