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電脳役者~月村健一の意外な運命~  作者: 万卜人
第二回 驚天動地! 新居関所通行手続後江戸入府之巻
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 ひゅるるる……と、耳元で風切り音が、甲高く響いている。強風が健一の身に着けている着物を旗めかせ、急速な落下で、気分が悪くなる。

 吐きそうだ!

 が、こんな空中で吐寫したら、取り返しがつかない! 健一は必死に、嘔吐を我慢した。

「どうなっちゃうの?」

 見ると、すぐ近くに、永子の身体を縛り付けている寝床が浮かんでいる。いや、同じく落下しているから、浮かんでいるように見えている。

 だが落下している証拠に、永子の袂が、ばたばたと音を立てて、上に翻っている。

 永子は、両目をまじまじと見開いて、近づいてくる地上を睨んでいた。

「心配するな……。もうすぐ、済む!」

 振り返ると、反対側に剣鬼郎が浮かんでいる。剣鬼郎は悠々とした物腰で、表情には欠片も恐怖は浮かんでいない。

 むしろ、楽しげに、地上を見下ろしていた。

 健一は、ぐっと奥歯を噛みしめ、恐怖に耐えた。

 と、眼下に、落下している他の寝床から、ぱっと丸い布が展開するのを見た!

 落下傘だ!

 がくん、という衝撃に、空を見上げると、健一の寝床からも、真っ白な落下傘が開傘しているところだった。

 急速に、降下速度は落ちた。

 ぶらーん、ぶらーんと落下傘に揺られながら、健一の寝床は地上へ近づく。

 もう安心だ!

 いや、そうでもないぞ……。

 風に流され、健一の落下傘は、江戸の町から離れ、江戸湾に向かってゆく。このままでは、海に飛び込んでしまう!

 辺りを見回すと、他の落下傘は、江戸の町へと無事に着陸してゆくところだ。永子の落下傘も、見る見る遠ざかる。

 畜生……!

 健一は、なんとか地上に戻そうと、悪戦苦闘するが、いかんせん、すでに気流は落下傘を海へと押しやっている。

 剣鬼郎の落下傘も、すでに見えなくなってしまった。

 健一は諦め、運命を待ち受ける。

 真っ青な海面が、急激に近づく。

 ざばんっ、と健一の寝床は、海面に突っ込んだ!

 海中で手足を滅茶苦茶に動かすと、身体を縛り付けていた帯が、自然に解ける。多分、落下傘が開くと、解けるように仕掛けられていたのだ。

 健一は金槌である。泳ぎは苦手だ。しかし、苦手だといってられる場合ではない。必死に手足を動かし、海面を目指す。

 がばごぼげば……と、口中に塩辛い海水が一杯に、入り込む。

 ぽかりと頭が海面から浮かんだ。

 海面に、寝床から開いた落下傘が、だらりと浮かんでいるのが見える。ぷかぷかと浮かんでいる寝床に、無我夢中で縋りつく。

 どうすればいい?

 寝床に齧りついたまま、周囲を見渡す。ところが、目に入るのは波ばかりで、どちらが地上か、さっぱり判らない。

「そこのお人……、今、新居関所からいらした【遊客】かね?」

 出し抜けに、伸びやかな男の声がして、健一は、はっと顔を仰向けた。

 見ると、和船が近づき、捻り鉢巻の、漁師らしき江戸NPCがを動かして近づいてくるところだった。

 日に焼けた漁師の顔には、溢れるような笑顔があった。

「どうれ! こっちへ移りなせえ!」

 縄が投げられ、健一は必死にしがみつく。

 ぐい、ぐいと力強く縄が引かれ、健一の身体は船に引っ張り上げられた。

 はあはあと、荒い息を吐いて、健一は礼の言葉を口にする。

「い、命拾いしました……感謝いたします……!」

「なあに」と漁師はくしゃっと、顔を歪めた。

「町奉行様から、お達しが御座いましてな。そろそろ新居関所からの【遊客】が、江戸上空にいらっしゃる頃だから、海に落ちたお方をお救い申し上げるようにと。それで、見当をつけて、お待ちしておった次第で」

「な、なるほど……」

 健一は、かちかちと奥歯を鳴らした。今頃になって、恐怖が身体中を震わせている。

 漁師は、腰から煙管を取り出し、刻み煙草を詰め始めた。かちかちと火打石を器用に打ち合わせ、すぱすぱと吸い付ける。

 悠然と煙を吐き出し、健一に向かって話し掛けた。

「しかし妙で御座いますなあ。【遊客】の方々は、何を好きこのんで、空の上から江戸に落っこちる真似をしたがるのか……」

「そうですな」と健一は相槌を打つしかない。

 漁師は、のんびりと艪を操り、船を進ませた。

 やがて船着場が見えてくる。

「ほれ、あれが品川宿で御座いますわい。それでは、御達者で!」

 漁師は腕を挙げ、近づく船着場を指し示す。

 船着場には、すでに永子と剣鬼郎が待ち受けていた。剣鬼郎は両腕を組んで、すっくと背筋を伸ばしている。

 永子はまだ、空中に放り出された恐怖に、顔色は青白い。

 船着場に健一が足を下ろすと、漁師は早々と舳先を旋回させ、海へと戻ってゆく。

 見る見る遠ざかる船を見送り、健一は今になって、漁師の名前すら、尋ねなかった自分の迂闊さにほぞを噛んだ。

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