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電脳役者~月村健一の意外な運命~  作者: 万卜人
第十三回 決戦! 麻薬密売団対大江戸遊客之巻
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 天井裏に、所々空いている隙間を見つけ、三人は各々(おのおの)腹這いになって、部屋を覗き込んでいる。

 板の間に、数人の男女が無言で作業を続けている。どうやら、薬を調合しているようである。

 あっちでは薬研やげんを熱心に動かし、何かをり潰す作業を繰り返している。こちらでは細かく粉砕した原料を、天秤で慎重にはかっている。さらに部屋の隅では、鍋の中で、ぐつぐつと材料を煮込んでいた。

 総てが無言で、覗き込んでいる健一にも、ぴりぴりとした緊張が伝わってきた。

 相当にデリケートな作業らしい。

「何の薬を作っているんだろうな」

 健一は顔を挙げ、二郎三郎に小声で尋ねる。

 二郎三郎は隙間に顔を押し当てたまま、同じように小声で答えた。

「麻薬──だろうな。あっちを見ろ!」

 指先を動かすので、健一は慌ててもう一度、隙間に目を押し当てた。

 二郎三郎が示した方向に、幾つかの紙箱が積み上げている。

 健一は【遊客】の視覚を使って、視界を望遠に切り替えた。

 ぐっと視界がズームになって、積まれている紙箱が拡大される。

 アルファベットが、表面に印刷されていた! 字体は、どう見ても現実世界で印刷されたものに、間違いない。

 江戸仮想現実では、絶対にお目に掛かれない印刷である。

 健一が息を呑み込んだ瞬間、二郎三郎が説明を囁いた。

「やはり、出島から入手した風邪薬、咳止めの薬だ。あれから麻薬成分を抽出しているんだろう……。しかし、他の成分も混入させている疑いがある。麻薬には違いないが、多分、あいつらの独自製法による麻薬らしいな」

 その時、部屋に、坊主頭の巨漢がのしのしと、足音を響かせ入室してくる。

 小倉道庵だ! 健一は唸った。

 以前、面会したときは「麻薬など、決して製造していない」と力説したのに、あれは、真っ赤な嘘だったのだ!

 入室した道庵に、その場で作業を続けていた一人が立ち上がり、するすると近づくと、何かを報告し始めた。小声なので、内容は聞こえない。道庵は、部下らしき男の報告に、逐一頷いている。

 ぎろりと光る両目で室内を見回した道庵は、両手を腰に当て、吠えるように一声叫んだ。道庵の叫んだ言葉は、健一の理解できない言語であった。中国語に思えた。

 では、道庵は、中国人なのか?

 仮想現実では、常に同時通訳が行われているので、相手が日本人か、そうでないかは本人が明かさない限り、判らない。

 ただ、今のように、同国人同士で会話する場合は、通訳機能は作動しない。【遊客】の感知距離外に健一がいるので、仮想現実は同時通訳を作動させなかったのだ。

 ふと二郎三郎の気配に顔を上げると、相手も隙間から顔を挙げ、何か考え込んでいる。

「あいつ、中国人だったんだな?」

 問い掛けると「うむ」と一声唸って、頷いた。奇妙な表情を浮かべていた。健一は、二郎三郎の態度に戸惑った。

「どうしたんだ?」

「奴ら、【黒客フークォ】かも、しれねえ……」

「そりゃ、何だい?」

 二郎三郎は首を捻って、答えた。

「中国系の、ハッカーを指す隠語だ。中国語で、ハッカーに近い発音の漢字を当てると、【黒客】になる。しかし、何で【黒客】が、わざわざ江戸仮想現実に出張ってきたんだろう……」

 考え込んでいる二郎三郎に、目を隙間に押し当てていた永子が声を掛けた。

「何か、始めているわよ」

 永子の言葉に、健一と二郎三郎も、慌てて覗き込んだ。

 下の様子は、慌しくなっている。

 全員が、それまで抽出していた薬品を、何か釜のような装置に投げ込み始めた。

 形から見ると、蒸留装置に見える。装置の下部に燃料を入れる部分があって、盛んに薪を投げ込み、炎がパチパチと爆ぜた。

 道庵は仁王立ちになって、作業の監督を務めている。時折、鋭い中国語でもって、指示を飛ばしていた。

 圧力が高まり、しゅうしゅうと、音を立て、蒸気が噴き上がる。下の部屋一杯に、霞が掛かったように蒸気が充満した。

 見守る健一の鼻腔に、甘ったるい、奇妙な匂いが届いていた。

 これは、麻薬の匂いか?

 思わず口を手で覆うと、二郎三郎が宥めるように囁いた。

「大丈夫だ。【遊客】に、麻薬は効果がない。下の連中も、気にしていないだろう?」

 二郎三郎の言葉どおり、下で作業を続けている男女は、特にマスクを架ける様子もなく、黙々と作業を続けている。

 健一は安心して、息を吸い込んだ。

 永子が顔を挙げ、眉を顰めた。

「ねえ、少し暗くない?」

 呟くと、ごしごしと手の甲で、目を擦った。

 言われて健一も、周囲が暗くなったような感じになっているのに気付いた。

 心の中で「暗視モード」と命令する。これで視覚は乏しい光源でも強調され、はっきりと視認できるようになる──はず?

 ならないぞ!

 相変わらず、周囲は薄暗い。

 二郎三郎が、両目を思い切り見開き、愕然とした表情を浮かべていた。

「どうした?」

 声を掛けると、ぶるぶるっと何度も頭を左右に振った。

「お前らの【遊客】の気配が感じられねえ!」

「えっ!」

 健一は永子と顔を見合わせた。

 本当だ!

 江戸仮想現実に接続して以来、常に感じ取ってきた永子の【遊客】としての気配が、今は何も感じ取れなかった。

 二郎三郎がある結論に達したように、大きく頷き、口を開いた。

「あいつらの麻薬は、【遊客】の能力を封じる効果があるんだ!」

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