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電脳役者~月村健一の意外な運命~  作者: 万卜人
第十三回 決戦! 麻薬密売団対大江戸遊客之巻
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 養生所の建物は、仮想現実輻輳の影響を受けていない。従って、建物内を伝って移動すれば、敵の居場所に辿り着く理屈である。

 理屈は確かに、そうなる。だが、言うは易く、行なうは難しである。

 健一は験しに、さっきと違う障子を引き開けてみた。

 途端に、むあっとくる熱気が頬を打つ。

 鼻腔に、硫黄の匂いが充満した。

 慌てて、障子をぴしゃりと閉じる。

 一瞬、目に入ったのは、濛々と煙を吐き上げる、噴火口であった。多分、現在活動中の、活火山に繋がっているのだ。

 これでは、脱出できない。

「どうやって移動するんだ?」

 健一の質問に、二郎三郎は天井を見上げた。

「屋根裏から移動しよう。建物内だから、移動できるだろう」

 口にするなり、二郎三郎はひらりと飛び上がり、柱にしがみついた。するすると柱を掴んで、壁を登る。まるで猿のような身軽さだ。

 健一は呆気に取られ、思わずぽかんと口を開いて見上げていた。

 かたり、と音を立て、天井板を剥がし、二郎三郎はするりと身体を屋根裏に滑り込ませる。

 すぐに二郎三郎の顔が、外れた天井板の隙間から覗き、健一と永子に向かって口早に叱咤する。

「何やってんだ? 早く上がって来い!」

 堪らず、健一は叫び返した。

「そんな真似、できないよ! 俺は忍者じゃないんだぞ!」

「ちっ!」と二郎三郎は舌打ちする。

「あんたら自分が【遊客】だって事実を、とんと忘れているらしいな!」

「あ!」と小さく叫んで、健一と永子はお互いの顔を見合わせた。

 そうだ、自分たちは【遊客】なのだ!

 健一は二郎三郎の真似をして、柱をがっしりと掴んだ。

 指先に力を入れ、身体を引き上げる。

 まるで自分の体重がなくなった如く、するすると登れる。【遊客】だけが持つ、驚異的な筋力が、指先だけで、己の体重を楽々と支えられるのだ。

 無言で、永子も登ってきた。

 二人は、二郎三郎の開けた、天井裏に身体を潜り込ませる。

 暗い。健一は暗視モードにした。視界から色が失われ、白と黒のモノトーンに変化する。

 所々、板の隙間から外光が鋭く差し込んでいるので、僅かながら光源はある。だから、暗視モードが有効なのだ。

 ふと思いついた感想を、健一は口にしていた。

「【遊客】の能力は、泥棒にぴったりだな! 楽々、侵入ができるぜ」

 二郎三郎は、苦っぽく、笑った。

「そりゃそうだ! 事実、江戸には何々小僧と名乗っている【遊客】の義賊が、何人も存在する。江戸NPCの同心や、岡っ引きじゃ手に負えないので、【遊客】を奉行所に勧誘しているが、中々、応じてくれなくてな」

「なぜだい?」

 健一が問い返すと、二郎三郎はからっと笑って見せた。

「役人になるより、義賊になったほうが面白そうだと、たいていの連中が考えるからさ。役人になるよう説得した瞬間、そんな面白そうな役があるなら、自分がなろう……って言い出しかねないほどだ」

「なるほどね」

 健一は頷いた。

 二郎三郎は顎をしゃくった。

「無駄話は、これまでだ。急ぐぞ!」

「へいへい……」

 健一は大人しく、二郎三郎の後に続く。

 床を踏み抜かないよう、足を載せる場所を選んで這い進む。天井裏はあちらこちらに蜘蛛の巣が張っていて、たちまち三人は千切れた蜘蛛の糸だらけになった。

「もう、いやんなっちゃう……。江戸にはシャワーとか、ないのかしら……」

 永子がぶつくさ、文句を垂れた。健一は「あるわけ、ないだろう!」とよっぽど言い返してやろうかと思ったが、言い争いになるので、やめた。

 養生所の天井裏は、思ったより広い。しばらく無言で、三人はじりじりと進んだ。

 不意に二郎三郎はぴたりと動きを止め、真剣な表情になった。

 そのまま、耳を天井板に押し付ける。

 顔を挙げ口の動きだけで「いたぞ!」と二人に告げた。

 健一は緊張した。

 敵がいるのか!

 健一の無言の問い掛けに、二郎三郎は頷き、そっと板を滑らせ、隙間を作った。

 健一は隙間に目を押し当て、下を覗き込んだ。

 奴らがいた!

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