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電脳役者~月村健一の意外な運命~  作者: 万卜人
第十三回 決戦! 麻薬密売団対大江戸遊客之巻
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 歩けども、歩けども、一向に養生所の建物は目に入っては来なかった。

 どのくらい歩いたろうか。

 健一の記憶によれば、すでに建物が視界に入ってもおかしくはない距離を、延々と歩いている。

 それなのに、目の前の風景は、相も変わらず、熱帯の木々が鬱蒼と茂る、密林である。

 おかしい……。

 健一は焦り出した。

 もしかしたら、健一は、知らぬ間に、本当の熱帯地方へ転移していたのかも……。ここは、正真正銘の、熱帯雨林なのか?

 じわじわと恐怖が込み上げてくる。

 たらたらと、蟀谷こめかみから汗が顎先に滴り、地面にぽたぽたと落ちている。

 それだけではない。首筋、背中、胸と、とにかく全身のいたるところから汗が噴き出していた。

 じっとりとした汗で、着物が重い。一歩、足を進めるだけで、湿った着衣が身体にまといつく。それでいて、健一は、全身を貫く冷え冷えとした恐怖を感じていた。

「おお──い……! 誰か、いないのか……?」

 無益な試みと思いつつ、つい叫んでしまう。

 どうせ、誰も応えてはくれないのさ……。

 が──!

「健一──」

 声がする!

 あの声は、永子のものだ! 健一は狂喜した。

「永子! 君か?」

「健一──」

 応える永子の声は微かで、方角も判らない。

 すぐ側で聞こえているようなのに、妙に頼りない。

 健一は走り出した。

 足下はふかふかとして、走り難い。それでも健一は、誰かを目にしたい一心で、無我夢中で走る。

「どこだ? どこにいる?」

 狂気のように周囲を見回し、つんのめるように足を急がせる。壁のように立ち塞がる樹木が邪魔で、うまく走れない。

「落ち着いて、健一!」

 すぐ耳元で、永子の声が響いた。

「どこに、いるんだ──っ!」

 焦燥に、健一は絶叫していた。叫びながらも、足は一瞬も止まらない。完全に、健一は我を忘れていた。

 地面を跳ね、目の前に現われる枝を振り払い、全力で進む。

 もう、どこへ向かっているのか、自分が何をしているのかも、判らない。ただただ、機械的に手足を動かしているだけだ。あるのはたった一つ、前へと突き進む意思だけだ。

 平常心は、健一の心から、完全に蒸発しきり、一匹の獣として、密林を走破していた。

 !

 不意に足元の感覚が失われ、健一は下を見下ろした。

 健一は、空中にいた。

 急激に切れ込んだ崖に気付かず、健一は飛び出していたのである。

「うひゃああああっ!」

 喚きつつ、健一は落下していた。

 ひゅうひゅうと風きり音が、耳元で聞こえる。恐ろしく長い距離を、健一は落下していた。ぐんぐんと迫ってくる地面を、健一は恐怖を込めて、見詰めた。

 暗黒。

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