二
さすがに、正門を潜る瞬間は緊張する。たった今、酒巻源五郎が気絶するのを、目の当たりにしたばかりだからだ。
いくら「【遊客】は大丈夫」と外記に保障されても、健一はびくびくもので、正門を潜った。
息を吸い込み、呼吸を止め、健一は正門を潜り終えた。
何も起きない!
やはり養生所は【遊客】のみが通過できる、〝結界〟に包まれているのだ。
ちらりと背後を振り返ると、億十郎、源三、源五郎、外記たちが心配そうな表情で、健一を見守っている。健一は曖昧に手を振って、再び歩き出した。
養生所の建物は、薬草園の中に存在する。正門から養生所まで、様々な薬草がびっしり植えられている。以前に立ち寄ったときは気付かなかったが、植えられた薬草の丈は、思ったより高い。
ほとんど、健一の胸まで達するくらいある。ただし、健一には薬草の知識はないので、何が植えられているのか、見分けがつかない。
いや……。
気がつくと、薬草の丈は、健一の胸どころか、さらに頭の上まで達している。大きな葉が突き出し、行く手の景色を遮っている。
何だ? 何が起きている?
いつの間にか、健一は密林のような場所に踏み込んでいた。
慌てて背後を振り返ると、養生所の正門は全く見えなくなっている。背後もまた、鬱蒼と繁った葉に塞がれていた。
空を振り仰ぐと、そこもまた様々な葉っぱが、みっしりと繁茂している。前後左右、上下と、植物が覆い被さるように占有していた。
まるでジャングルだ!
植物相は、健一の乏しい知識では熱帯樹林のように見える。
板根と呼ばれる、平たい根茎が大樹を支え、その周りに蔦植物が纏いついて、下生えには苔らしきものが生えていた。
気のせいか、空気はねっとりと粘っこく、気温も上昇している。
ぎゃあぎゃあぎゃあ……。
遠くで鳥だろうか、それとも野生の猿だろうか、未知の生き物が死に物狂いで鳴き叫ぶ声が聞こえていた。
罠……?
二郎三郎の言葉が胸に蘇る。
確かに、罠のように、思える。小石川養生所の薬草園が、どのような手段でか判らないが、一瞬で様変わりしてしまった。
或いは、健一自身が、熱帯雨林に移動させられたのか。
いや、後者は有り得ない。
江戸仮想現実の空間は、日本列島の総てを再現するほど、巨大ではない。ましてや、熱帯地方を包括するほどの広さを持っていない。
つまりは、位置的には移動はしていない。〝結界〟の内部だけ、眼前に見るような、熱帯の世界を再現していると見たほうが、妥当だろう。
ならば、まだ、養生所の建物は存在するはずだ。
健一は以前の記憶を頼りに、養生所の建物があるはずの方角を目指し、歩き出した。




