五
「罠だ!」
言下に言い切ったのは、二郎三郎である。
「何の企みか想像もつかないが、これは罠だ! 俺たちを誘い込むための、罠に決まっている!」
億十郎が、重々しく二郎三郎に尋ねた。
「では、いかが致す? このまま、何もせず、手を拱いておるので?」
「違う! 罠と知りつつ、それに乗るのも、この際、一興だ。まあ、何とかなるさ」
二郎三郎は相変わらず、楽天家としての表情を見せた。
そう言えば、二郎三郎は今まで、一度たりとも健一たちの前で弱気な言動を見せたりはしなかった……。
健一は、ちょっぴりだが、鞍家二郎三郎に対し、羨望を覚える。あんな自信が、自分にもあれば良いのに。
「だが、むざむざ罠に掛かるのは面白くねえな……。おい、源三!」
「へいっ?」
突然に名前を呼ばれ、源三は目が覚めたような顔つきになった。
「お前はすぐ、火付盗賊改と、片岡外記様のお屋敷へ急いでくれ。事情を話し、後詰を頼むと伝言してくれろ。片岡外記様なら、勘定奉行に話を通じて貰える。相手は【遊客】だ。町奉行では、相手にならねえ」
二郎三郎が一気に命令を下すと、源三は生き生きとした物腰を見せた。
「お任せ下せえ! これから一っ走り駈けて、鞍家様の伝言を、必ずお伝え致します!」
「頼んだぜ……おっと、忘れ物だ!」
二郎三郎は、健一の手からシナリオを引っ手繰り、源三に渡した。呆気に取られている健一に向かって説明する。
「証拠だ! こいつを勘定奉行に見せれば、一発であいつらの企みが明白になる」
健一は「なるほど」と大きく頷いた。
源三が出口へ行きかけた、その時、健一は思い切って、背中に声を掛ける。
「待った! 源三……」
「へ?」
源三は「何だろう?」という目つきになって、健一を振り返る。健一は口を開いた。
「火付盗賊改のほうは、俺が引き受ける。お前は、片岡外記様のお屋敷へ急いでくれ」
健一の言葉を、二郎三郎は聞き咎めた。
「おい、健一、あんた何を……?」
「先に、養生所へ向かってくれ! 後で合流しよう!」
言い捨て、健一は足を急がせた。
ちらりと背後を振り返ると、二郎三郎が呆気に取られた顔つきになって、健一を見送っていた。
健一は、ある覚悟を決めていた。
それにどうしても確かめたい、緊急の要件があったのである。
自分は【遊客】として、この江戸で暮らして行けるのか……?
そのために、火付盗賊改の屋敷に向かうのだ。まかり間違えば、自分はお咎めを受けるだろうが、これはある意味、賭けでもあった。
村雨座の外へ出て、源三と別れ、健一はまっしぐらに火付盗賊改の屋敷へと駈けていた。




