四
怒りのため、大きく呼吸を繰り返す健一を見詰め、二郎三郎が静かに話し掛けた。
「内容を、掻い摘んで教えてくれないか。健一」
「ああ、判った」
健一は、顔を挙げ、全員を見渡した。
「ここに書かれているのは、麻薬密売を企む、悪党たちの視点から描かれた『剣鬼郎百番勝負』だ。奴らは、俺たちがこの江戸仮想現実に接続した時点から、見張っていたらしいな。どうやら、色々な手懸りを、わざと俺たちに掴ませるように、活動していたらしい」
「何だって!」
二郎三郎は、驚きと、怒りに、両目を飛び出さんばかりに見開いて叫んだ。
「それじゃ、あの死体で見つかった【遊客】たちは……」
「そうさ!」
健一は歯を食い縛った。悔しさに、言葉を押し出すのに、全力を振り絞る。
「仲間の内で選ばれた【遊客】が、致死量の麻薬を摂取して、死体となって見つかるよう画策したと、このシナリオにはある! そりゃ【遊客】なら、死ぬのは怖くないさ。接続期間中の記憶は失うが、接続してすぐに麻薬を摂取すれば、その危険は最小に済ませられる。村雨座で火災を起こしたのも、手懸りの一つだ。焼け跡で、麻薬を抽出していた跡を演出して、あんたに掴ませたんだよ」
健一の言葉に、二郎三郎は頭を抱えた。
「俺は、踊らされていたって、わけかい? 何て阿呆なんだ、俺は……。じゃあ、横浜で殺された銀二は、どうなんだ?」
「それもシナリオにある。銀二は、奴らの意図より早く、俺たちに真相を話すのを阻止するため、殺されたんだな。どうやら、あまり重要な仲間じゃなかったみたいだ……」
健一の暴露に、全員が押し黙っている。
怒りもあるが、同時に呆れ果ててもいた。
億十郎が「ふーっ!」と大きく息を吐き出した。何度も頭を左右にして、呟いた。
「拙者には【遊客】の心が、判り申さぬ! 何ゆえに、このような陰謀を企むので御座ろう? どう見ても、悪ふざけにしか、思えませぬな……!」
健一は億十郎に顔を捻じ向けた。
「そうさ! 奴らは質の悪い……いや、悪ふざけに質の良いなんてものは有り得ないんだが……とにかく、俺たちをとことん、からかって楽しんでやがるようだ。このシナリオでは、奴らにさんざん振り回される俺たちが、底抜けの馬鹿に見えるよう、書かれている。その中で、一番の間抜けが、この俺だ! 何と、この企みに巻き込まれ挙句の果てに〝ロスト〟という、【遊客】には絶対に避けなければならないミスを犯したんだからな!」
一気に喋って、健一はどっかりと、舞台に胡坐を掻いた。
もう、どうでも良い……。
そんな気分に陥っていた。
今まで、江戸を襲う、未曾有の危機を救うという使命感に燃えていたのに、まるでやる気がなくなっている。懸命な自分が、まるで阿呆にしか思えなくなっている。
永子は悩ましげに呟いた。
「敵の狙いは何? どうして、わざわざ自分たちの企みを、あたしたちに教えるような真似をするのかしら?」
二郎三郎は、座り込んだ健一をジロリと見やった。
「それで、敵の本拠地は、どこだ? そのシナリオには、書いていないのか?」
健一は、ぼんやりと二郎三郎を見上げる。
「あんた、まだ、やるのか?」
二郎三郎は薄笑いを浮かべた。
「当たり前だろう! たとえ悪ふざけとしても、こいつは江戸の法度を、堂々と破る、本当の犯罪だ! 見過ごすわけには、いかねえな」
「そうか……」
健一は頷き、のろのろと立ち上がる。
確かに悪ふざけだろうが、江戸の法度を前提にすれば、立派な犯罪事件である。悪ふざけだと考えているのは、あくまで相手方の都合に過ぎない。
それに、自分はもう〝ロスト〟してしまっている。つまり、億十郎や、源三と同じ、江戸の人間として生きて行かなくてはならないのだ。
悪党になるつもりは毛頭ない自分は、乗りかかった舟として、何としてもこの麻薬犯罪をぶっ潰さなければならないのだ!
床に叩きつけたシナリオを拾い上げ、ぱらぱらと頁を捲った。
「ここに書いてあるよ。奴らの本拠地が」
二郎三郎は緊張した声を上げた。
「本当か? どこにあるんだ?」
健一はちょっと、思わせ振りに、口を噤んだ。
二郎三郎にとっては、驚天動地の真実だろうが、少しは楽しみたい気持ちもあった。が、あまり二郎三郎を焦らすのも気の毒だ。健一は、開いた頁を指し示した。
「ほら、読んでみな!」
ぐいっと、二郎三郎はシナリオに目を落とした。ギョロギョロと、両目を動かして、熱心に読み進む。
二郎三郎の口が、ポカンと開く。呆れ返ったと言わんばかりに、何度も頭を左右に振った。
「信じられねえ! まさか、あそこが?」
「そうさ!」
健一は頷いた。じっと自分を見詰めている、永子、億十郎、源三に聞こえるよう、はっきりとした声を上げて答える。
「小石川養生所が、敵の本拠だ! 総監の、小倉道庵という医者が、親玉なんだ!」




