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電脳役者~月村健一の意外な運命~  作者: 万卜人
第十二回 唖然! 江戸仮想現実麻薬密売団驚天動地之目的之巻
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 村雨座へ歩く途中で、しきりに永子は健一に話し掛けてくる。

「向こうで、あんたと話し合ったのよ。あっちの健一は、何が起きたか、さっぱり判らないって言っていたわ。無理もないわね、最後の記憶が、こっちへ接続するため、仮想現実接続装置に繋がった瞬間だもの。まる一日が経ったなんて、信じられない様子だったわ」

 つまり現実世界での、月村健一である。ひっきりなしに喋り捲る永子に、健一は「ああ」とか「うん」とか、生返事で答える。

「で、ね、あたしが、こちらでのあんたに起きた身の上について、説明したの。健一は──ああっ、つまり、あっちの健一──は、納得したみたい。こっちで撮り溜めた記録を使って『剣鬼郎百番勝負』新作を、編集するつもりらしいわ。ついては、あんたに了解を取ってくれと頼まれているの。ま、形式的だけど、同じあんただもんね!」

 健一は、かったるく「ああ、判った」と短く返事した。

 全くもって、かったるい。返事をするのも面倒だ。できたら、今すぐに、永子の目の前から消え失せてしまいたい気分である。

 そんな健一の態度に、永子はようやく気がついたようだ。探るような目つきになって、話し掛ける。

「どうしたのよ? 何か、変だぞ!」

 健一は、プイと横に顔を逸らした。

 まともに返事する気にもならない。

 俺が〝ロスト〟したっていうのに、こいつは能天気に現実世界での、仕事を平気な顔で持ち込んできやがる……。

 そりゃ、永子は有能なプロデューサー様だ! 今までも、何度も永子に助けられたか、数限りない。他人との交渉については、健一はまるで苦手なのだ。永子はそんな健一の交渉役として、際立った活躍を見せた。

 それなのに、今の俺の気持ちを、ほんの少しも察してはいないようである。

 もう、現実世界へは、二度と、絶対に、金輪際、未来永劫、健一は戻れないのである!

 二郎三郎に反論したように「お前も〝ロスト〟してみれば判る!」と言い放ちたい。

 しかし永子はすぐさま、健一の予想もつかない方向から、反撃を開始するだろう。健一の拙い議論では、反論不可能な緻密な論理と、隙のない雄弁で、コテンパンにやられるに違いない。

 今まで何度も、健一は永子の逆襲を経験していたから、無駄と知り抜いている。

 だから、黙っている。黙っているだけが、唯一、健一の取れる有効な作戦であった。

 永子は、微笑んだ。

 健一がギョッとなるほど、永子の微笑みは優しいものだった。健一が初めて目にする、永子の微笑である。

 まるで慈母のような笑み。

「心配しなくて大丈夫! きっと江戸での暮らしは、楽しいものになるわ! あたしが保障する!」

 永子は歌うように呟くと、朗らかな笑い声を上げた。

 健一は何だか、落ち着かなくなった。

 いったい、永子は何を言いたいのだろうか? 再接続してから、永子の態度は変だ!

 何が〝現世〟であったか知らないが、妙に陽気である。それが何だか、健一には不気味に思えてならない。

 気がつくと、健一らは、村雨座前へと到着していた。入口には相変わらず、巨大な剣鬼郎の像がそびえ立ち、辺りを睥睨へいげいしている。

 だが、村雨座そのものは、閑散としていた。いつもなら、剣鬼郎を一目でも見ようと、若い娘たちがわんさかと集まっているはずなのに、入口には誰も見当たらない。

 客を呼び込む声、村雨座の、あちこちで上がる歓声、ざわめきが一切、聞こえてこない。聞こえるのは、微かな風音のみ。

「まるで墓場だな」

 二郎三郎が、無遠慮な大声を上げた。二郎三郎の大声に、健一は思わず飛び上がった。

 源三は、二郎三郎の言葉に、苦い顔を見せたが、それでも何も言わなかった。

 ほんの少し、空気にいがらっぽい焦げ臭い匂いが漂っている。二日前の、火災の匂いである。

 炎は消えたが、木材には、まだ焦げ臭い匂いが残っているのだ。

 火災が起きた小屋の残骸は、ほとんど残っていない。木組みに、むしろという構成なので、火災になると、ひとたまりもない。

「舞台の裏手を俺は探ったんだ。火元らしく、一番酷く焼けていた。しかし、鍋、釜の類が、やたら残っていたな。多分、薬を抽出するために使ったんだろう」

 二郎三郎が、喋りながら案内する。二郎三郎の言葉どおり、あたり一面、真っ黒に焼け焦げている。

 裏手から舞台奈落へ通じている。ここは焼け残っていて、芝居に使う大道具や、書き割りが残っていた。書き割りには煤が一面にこびり付いていて、健一が指でなぞると、指先が真っ黒になった。

 天井は低く、健一たちは這うように進んで行く。

 先頭を二郎三郎が進んでいた。

 と、その歩みが、不意にピタリと止まった。二郎三郎の背中に、健一が声を掛けようとした瞬間、二郎三郎は右手をさっと動かし、掌で制止する。

「誰かいる! 喋るな!」

 小声で命令する二郎三郎の顔は、真剣だった。健一は、思わず永子の顔を見た。永子は無言で、頷く。

「あっしが様子を見てまいりましょう」

 するすると源三が前へ出て、二郎三郎に申し出る。二郎三郎は源三に頷いた。

 源三が腰を屈めた格好で、先へと進んで行く。合気術を修めた成果か、足音は一切、立てない。まるで忍者だ。

 舞台に続く階段に源三が足を掛けた刹那、上の方向から、鋭い気合が降ってきた。

「そこに隠れているのは、誰だっ! 正体を現さぬと、こちらから参るぞ!」

 聞こえてきた大声に、二郎三郎は顔をくしゃっとさせて、大笑いする。

「なんだ……知り合いだぜ!」

「知り合いって、誰だ?」

 健一が問い掛けると、二郎三郎は肩を竦めた。

「ほれ、相手から、こっちへ来るぜ!」

 二郎三郎が顎をしゃくると、階段をドスドスと音を立て、一人の侍が下りてくる。

 江戸NPCには珍しいほどの巨体、腰の刀の鯉口を切り、用心深い足取りで階段を下りて、途中で立ち止まった。

 その姿を見て、健一は思わず、歓声を上げていた。

「何だ! 誰かと思ったら……」

 大黒億十郎だった!

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