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電脳役者~月村健一の意外な運命~  作者: 万卜人
第十一回 焦慮! 電脳大江戸麻薬流出蔓延危機之巻
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 目が覚めると、永子の不安そうな顔が覗き込んでいるのに、気付く。空は明るく、夜明け色だ。

 パチパチと瞬きをすると、永子が安堵したように息を吐き出し、笑顔になった。ちょっと視線を上げ、声を上げる。

「気がついたわ!」

「やれやれ【遊客】だったから無事だが、もしお前さんが江戸NPCなら、即死しているところだぜ! 全く、何であんな無茶をするかねえ?」

 鞍家二郎三郎の声だ。声は永子の視線の先から聞こえている。健一が首を回して声の方角を見ると、二郎三郎が懐手をして、健一を見下ろしている。

 起き上がろうとすると、側頭部に錐を差し込むような、鋭い痛みが走った。

「つつつつ……!」

 呻くと、永子が顔を近づけ囁く。

「大丈夫? 無理しちゃだめよ」

 思わず手を蟀谷に当てると、はっきりと瘤ができている。触れると、ずきんと痛みが走る。

 立ち上がろうとするが、くらくらと目が眩んで、諦めた。

 二郎三郎が膝をついて、健一を心配そうに見た。健一は二郎三郎に尋ねた。

「何があったんだ?」

「これだよ」

 二郎三郎は答えると、手に握り拳ほどの、石を持ち上げて健一に示した。

「こいつが、お前の蟀谷に命中したんだ。敵は弩を使っていたらしいな。弩は弓だけじゃなく、小石なんかも発射できる。恐らく、矢が種切れになって、こいつを代わりに発射して、お前さんを倒したんだ」

 健一は、ぞっとなった。二郎三郎の握っている石は、相当でかい。こんなのが蟀谷にぶち当たって、よく生きていられたものだ。これも【遊客】という超人的な生命力のなせる結果であろうか。

 それを尋ねると、二郎三郎は深く頷いた。

「まさに、その通りだ。普通の人間なら、あっけなくあの世行きだろうが、【遊客】ならひどい頭痛くらいで、無事に目覚められるのさ。しかし、それが幸運か、そうでないか、判らんが」

 二郎三郎は言葉を濁す。

「どういう意味だい?」

「いや」

 二郎三郎は軽く頭を振ると、立ち上がった。ちらっと健一を見下ろし、声を掛けた。

「立てるか?」

 健一はもう一度、試してみた。

 今度は楽々と立ち上がられた。もう、眩暈も一切、感じない。蟀谷の痛みも、急速に薄らいでゆく。これが、【遊客】の驚異的な回復力だ。しかし、はっきりとした鈍痛は残っている。

 健一は肝心要な質問を思い出した。

「そうだ! あの銀二って奴は?」

「死んだよ。即死だった」

 二郎三郎は苦い顔になった。

「今、役人を呼びに、源三を走らせた。おっつけ町奉行所から、検使与力が来るだろう。死体を見るかね?」

 健一は、思わずぶるっと顔を左右に振った。

「冗談じゃない! そんな趣味はないよ!」

「ふむ。まあ、いいだろう。しかし、敵は遮二無二、俺たちに向かってくるな。どうにか今回はやり過ごせたが、次はどうなるか? いいかね、月村さん!」

 二郎三郎は真面目な顔つきになり、大声を上げた。わざわざ、健一の苗字を口にする。

「今度こそ、俺の命令は、絶対に従うと約束してくれ! あんたは【遊客】とはいえ、この江戸仮想現実では素人同然。危なっかしくて、見ちゃいられねえ!」

「わ……判った……!」

 健一は圧倒され、頷いていた。

 永子が口を挟んだ。

「ねえ、鞍家様。銀二という男は【遊客】だったのでしょう? この江戸仮想現実で死ぬと、どうなるのです?」

 二郎三郎は健一から顔を背け、ぼそぼそと答える。

「そりゃあ、強制切断が起きるだろうな。現実世界では今頃、銀二の本体が目覚めてキョトンとしているに違いない。強制切断だから、こっちで過ごした記憶は失う。なぜ自分が目覚めたか、首を捻っているだろう。まあ強制切断だから、丸一日は、再接続できない。俺たちを邪魔する真似は、金輪際できっこないから、安心だな」

「ふうん」

 健一は相槌を打ちながら、ぼんやりしていた。

 この強制切断という事態が、健一には、さっぱり感覚として掴めない。こっちでの分身は死体で残っているのに、本体は無事で現実世界で生きている状態は、理屈として判るが、やっぱり妙な感じである。

 二郎三郎は健一に向かい、慎重な態度で口を開いた。

「おい、健一さん。あんた、現実世界へ戻っちゃどうだね?」

「えっ! なぜだい?」

「いや、現実世界へ戻って、再びこっちへ再接続すれば、あんたのデータは書き換えられるから、頭の怪我もすっかり治っている、って寸法だ。頭痛を抱えたまま、行動するよりマシだろう?」

 二郎三郎は、なぜか健一から視線を逸らし、棒読みのように答えた。健一は不審を感じたが、まあ、二郎三郎の提案も、もっともだと思った。この頭痛が治るなら、再接続も止むを得ない。

 健一は目を閉じた。

 心の中でキーワードを唱え、仮想現実ウインドウを開く。視界にずらずらと、幾つものウインドウが開き、健一は現実帰還タスクを実行する。

〝仮想現実から現実世界へ戻りますか?〟

 質問に「yes」を選択する。

 健一は、目を見開いた。

 相も変らぬ、江戸仮想現実の景色が広がっている。

 二郎三郎の心配そうな顔。永子の「訳が判らないわ」と言いたそうな表情。

 健一は、ぼそりと呟く。

「戻れない! ここに、江戸NPCがいるのか?」

 二郎三郎は、ゆっくりと、首を振った。

「いいや、ここに江戸NPCはいない。俺たちだけだ」

 二郎三郎の返答に、健一は叫んでいた。

「それじゃ、なぜ、俺は現実に戻れないんだ?」

「俺の心配が、本当に起こってしまったようだ。仮想現実で、気絶するくらい酷い衝撃を受けた場合、本体の心理的なダメージを避けるため、強制切断が起きる場合があるんだ」

 恐怖に、健一の両膝がカクカクと笑った。すとん、と座り込みたくなりそうな真っ黒な絶望が、全身をがっちりと掴む。

「きょ……強制切断! そ、それって、もしかして……!」

「そうさ」

 二郎三郎は、再び頷く。

「お前さんは〝ロスト〟したんだよ」

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