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電脳役者~月村健一の意外な運命~  作者: 万卜人
第十回 急転! 江戸仮想現実麻薬密売組織疑惑之巻
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「首尾は、どうでえ?」

 二郎三郎は、健一と永子が顔を出すと、身を乗り出すように尋ねてきた。

 唐人町入口近くにある店の、二階である。

 店の造りは、唐人風になっている。床は板張りで、土足で二階へ上がれる。窓際に卓が幾つか置かれていて、下を眺めながら食事ができるが、時間が中途半端なせいで、客はまばらだった。

 二郎三郎は、【遊客】らしく、老酒ラオチューを頼んでちびちびと舐めている。【遊客】は普通、仮想現実で酒を呑んでも、滅多に酔っ払わない。単に、手持ちぶたさを紛らわすために、頼んでいる。

 向かい側に、億十郎が巨体をゆったりと据えていて、手には杯を持っていた。億十郎は健一たちが二階へ顔を出すと、無言で会釈をしてきた。

 源三は、剣鬼郎の家が心配だと、途中で別れている。二郎三郎に報告するのは、健一と永子だけだ。

 健一たちが、仙蔵との会話を説明するうち、二郎三郎は、しきりと首を捻った。

「ふーむ。西洋渡りの、薬ねえ?」

「どう思います?」

 永子が尋ねると、二郎三郎は腕を組み、ぼりぼりと胸倉を掻いた。

「どうも判らねえ。確かに、江戸で手に入らない、西洋渡来の薬があれば、良い値段で売れるだろう。だが、そいつがどう、今回の麻薬騒ぎと繋がるか、さっぱり見当がつかねえ……。仙蔵は、どんな品揃えがあると、言ってはなかったかえ?」

 健一は、仙蔵との会話を思い出しながら、答えた。

「風邪薬に、咳止めとか言っていたな……。どういうわけか、他の薬については、あまり答えようとはしなかった……」

 健一は、二郎三郎の顔を見て、言葉を切った。二郎三郎の表情が、一変していた。先ほどまで、やや退屈そうな表情だったのが、健一の答えに、一瞬で強張った。

「風邪薬に、咳止め──と言ったんだな?」

「何か、心当たりが?」

 健一が言い掛けると、二郎三郎は遮るように片手を挙げ、首を何度も左右にした。

「待て、待て! そう慌てるな! 俺だって、麻薬についちゃ、知識はそんなにない。ただ、ちょっと聞き囓っただけだ……。確かめるため、俺はこれから村雨座に足を運ばなくっちゃならねえ」

 健一と永子は、二郎三郎の返答に、顔を見合わせた。永子が言葉を押し出す。

「どうして、村雨座を調べる必要があるんです?」

「今は、答える時期じゃねえ……。ハッキリした証拠を掴んだら、教える」

 二郎三郎は、あくまで慎重だった。それ以上は二郎三郎が答えようとしないので、健一は諦めた。

 ふと、健一は、二郎三郎の向かい側に席を取っている億十郎に目をやった。

 億十郎は、所在無さそうに、杯を手に取ったまま黙然と座り込んでいる。杯にはなみなみと酒が注がれているが、手をつけた気配はない。

 健一の視線に、永子も気付いた様子で、愛想良く億十郎に話し掛けた。

「億十郎様、御干しになったら、いかがです? わたしが、お酌しましょう」

 いそいそと、徳利を掴んで差し出す。江戸で使われる酒器は、大概〝ちろり〟であり、徳利が一般的になるのは、明治以降である。

 しかし、唐人町では徳利が普通のようだ。

かたじけない」

 億十郎は重々しく一礼して、手にした杯をぐっと持ち上げ、口に近付けた。

 その動作に、二郎三郎が「あっ!」と目を見開いた。

「よせ! 億十郎……」

 しかし二郎三郎の制止は遅く、億十郎はぐいっと杯を傾け、中身を飲み干していた。

 途端に、億十郎の顔は、首まで真っ赤に染まった。杯を飲み干した姿勢のまま、億十郎は、ぴたりと動きが止まる。

 永子は徳利を差し上げたまま、固まった。

「あ、あの……どうなされたんですの?」

 二郎三郎は、ボソリと呟いた。

「今に、判る……」

 億十郎の顔色が、今度は真っ青に変わる。杯を掴んだまま、全身が細かく震え出した。

「ぐう……!」

 意味不明の声を発し、そのまま億十郎の巨体が、がくりと仰け反る。椅子に座った姿勢のまま、億十郎はばったりと背後に倒れ込んだ。

 がたたたん! と椅子の倒れる音がして、億十郎はどう、とばかりに仰向けになる。

 ごおーっ! ごおーっ! と雷鳴のような、いびきが店内に轟いた。

「やれやれ……。こいつは、酒に、おっそろしく、弱いんだ。一滴でも飲んだら、覿面てきめんにこうなる……。この分じゃ、明日まで完全に目を覚まさねえな!」

 二郎三郎が立ち上がり、頭をがしがしと掻き毟った。健一を見やり、肩を竦めた。

「億十郎は俺に任せろ。それより、あんたはこれから、どうするね?」

 健一は頷いた。

「考えたんだが、一旦ここは現実世界へ戻って、今までの手懸りを整理しようと思う。今まで撮り溜めた記録があるから、それを見直したいと思っている」

 二郎三郎は、健一の返答に賛意を示した。

「うん。それが良いだろうな。俺は、村雨座で確認したい気懸かりがある。もしかしたら、あんたの記録が、ものを言うかもしれねえ」

 二郎三郎は、なぜか確信があるようだった。

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