四
近づいてくる、江戸NPCは、どこからどう見ても、ヤクザ者だ。
大股を思い切り開いた蟹股で、顎を突き出し、両肩を揺するように歩いてくる。服装はだらしなさの極致といって良く、帯もまともに結べないようだ。全員、刀を差している。いわゆる長脇差というやつで、侍なら太刀だが、町人なので、刀ではなく脇差である。
近づいてくるにつれ、町人たちが【遊客】ではないと健一には判断できた。【遊客】ならば、はっきりと健一には感じられるからだ。
近づくヤクザ者たちが【遊客】でないのは、健一たちにとって幸いか、災いか?
江戸NPCなら、いざという時、健一たちの【遊客】特有の〝気迫〟がものを言う。
しかし相手が【遊客】なら、健一が同じ【遊客】なので、取り引きを申し出る機会──例えば現実世界との接触を仲立ちする条件を呈示──があるかもしれない。
近づいてくるのは、二十歳をやっと過ぎたくらいの若者と、兄貴分らしき三十代の男。もう一人、こっちは五十に手が届くくらいの、でっぷりと太った男だ。
先頭の若い男は、風呂にろくすっぽ入っていないのか、近づくにつれ、ぷーんと異臭が漂った。
「おめえら、ここに何の用があるんだえ?」
出し抜けに、若い男が口を開く。甲高く、耳障りな声だ。若いが、不摂生な生活を続けた結果か、顔色は黄ばみ、毛穴が目に見えるほど開いている。
やや前屈みの姿勢になり、下から見上げるような目付きである。いわゆる、三白眼というやつか。
鏡の前で、一生懸命「ドスの利いた」目付きを練習したのだろう。ご苦労なお兄さんである。
背後に控えている、三十代と、中年男は口を開かず、だんまりを決め込んでいる。こちらのほうが、健一には薄気味悪く思えた。
源三が腕組みをして、前へ出た。
「どうも、久し振りにこっちへ来たもので、勝手が判らなくてね。針鼠の仙蔵は、達者でやっているかね?」
源三の言葉に、若い男はぎくりと立ち止まった。背後を振り返り、二人の兄貴分と視線を交える。
若い男は、ゆっくりと源三に向き直り、やや緊張した様子で口を開いた。
「仙蔵親分と、どんな御関係で?」
口調が丁寧になった。源三の口にした〝針鼠の仙蔵〟という名前が効いたらしい。
源三は余裕たっぷりに、笑って見せた。
「何、あっしが若い頃、一緒に働きをした仲さ! 今日はこちらの客人を案内するため、出張って来たと、こういうわけなんだ。お前さん、仙蔵を知っているなら、目当ての源三が来たと、報せてくれないか?」
「目当ての源三さん、でござんすね?」
源三が頷くと、若い男はくるりと踵を返し、背後の二人に会釈して、素早くその場を離れてゆく。
それを見送った、三十代らしき男が、ようやく口を開いた。
「あんたが、目当ての源三さんか、噂は時折、仙蔵の兄貴から聞いている。堅気になったと耳にしているが、どういう風の吹き回しで、こっちへ舞い戻りなさった?」
何の感情も含まない、平坦な口調である。源三は健一と、永子に、ちらっと視線を送った。
二人は無言で頷く。
「このお二人は、あっしの以前、世話になったお人の御関係でね、商売を広げようと、あっしに声を掛けてきたんで、一応、顔繋ぎでもと、ご案内申し上げた次第で……」
源三は曖昧に答えた。中年二人は「ふうん」と生返事。
どっちも、のらりくらりと、話を踏み込むのを、避けている。健一と永子は一言も喋らない。
ここまでは二郎三郎の作戦通り、進んでいる。
源三が、以前に仲間に加わっていた〝針鼠の仙蔵〟一味が、唐人町に潜伏していると聞いた二郎三郎が、手筈を考えた。源三が道案内として、健一と永子を、引き合わせるためである。
仙蔵が麻薬取り引きに関係しているかどうか、今の時点では判然としないが、何かの手懸りになるだろうと考えたのだ。
そのまま待っていると、先ほどの若者が小走りに近づいてくる。源三に向かい、神妙な態度で声を掛けた。
「失礼さんでござんした! 源三の兄貴の名前を出したところ、仙蔵の親分は、是非とも御案内を申し上げるよう、あっしに命じましたんで、どうぞ、こちらへ!」
いかにも下っ端らしき姿勢になって、若者は源三を先頭に、案内に入った。源三は健一と永子に目配せをして、歩き出す。
健一は、緊張に、背中にじっとりと汗を掻いているのを、ようやく感じ取っていた。永子も同じだろう。
気がつくと、さっきの中年男二人が、健一の背後に、ひそひそとした足捌きで従いてくる。
つまりは監視役か?
健一はいよいよ、緊張感を増していた。




