表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
電脳役者~月村健一の意外な運命~  作者: 万卜人
第十回 急転! 江戸仮想現実麻薬密売組織疑惑之巻
52/89

 結局、億十郎と二郎三郎が、健一たち三人に同道する結果となった。億十郎が「どうしても自分も探索に加わりたい!」と、頑固に主張をしたためである。

 億十郎は眼を三角にさせ「健一殿、お永殿にもしやの事態が迫ったら、どうなさる? そうなったら、拙者、切腹覚悟で御座る」と四角四面に談じ込んだのである。

 二郎三郎は持て余したようだったが、それでも億十郎の願いを容れた。

「ただし!」

 と、億十郎の鼻先に、一本、指をピンと立てて見せた。

「目立つ行動は、なしだぜ! あくまで今回は、秘密の探索だからな。それは、判っているだろうな?」

 億十郎は厳粛に頷く。

「承知して御座る。で、どのような探索を致すので御座る?」

 二郎三郎は頭を掻いた。

「やれやれ、捜査の伊呂波いろはを教えないと、駄目なのかね? とにかく、二人には、江戸に初めてのお上りさんになって貰う。もっとも、実際その通りなんだから、自由に行動すれば、そのまんま演技など要らねえがね」

 健一と永子は、目を合わせた。永子はちょっと、不満そうである。

 二郎三郎は腕を組み、ニヤニヤ笑いを浮かべた。

「どうせなら、二人には、夫婦という役どころじゃあ、どうだね?」

「ええっ!」

 永子が甲高い声を上げ、次いで真っ赤になった。

「あ、あたしと、健一が、夫婦?」

 健一は、背中がむずむず痒くなるのを、感じていた。

 今の永子は、二十歳前後の、若い娘で通るが、健一は現実世界での本当の年齢を知っている。全く見知らぬ相手ならともかく、実際の相手を知っているとなると、どうにも決まりが悪い。

 唐人町の場所は、神奈川、横浜村にある、〝出島〟のすぐ近くである。江戸からはかなりの距離がある。二郎三郎は提案した。

「神奈川までは、舟を使おうや。おい、源三、猪牙ちょきを頼んでくれ!」

 源三は二郎三郎の命令に、てきぱきと動いて、あっという間に猪牙舟を手配した。急いでいるので、船頭に早漕ぎの上前を乗せるのを、約束する。

 水面を揺れる猪牙舟に乗せられ、健一は二郎三郎の説明に、自分の聞き間違いではと、首を捻った。

「出島だって? それは、長崎の──」

 健一が思わず二郎三郎に問い掛けると、二郎三郎は軽く頷いた。

「こちらの江戸では、横浜にあるんだよ。外国人【遊客】専用だがな」

「ああ、なるほど」

 健一は納得した。こちらの江戸仮想現実では、外国人【遊客】も自由に出入できる。もっとも、外国人【遊客】総てが、外国籍の【遊客】という確証はない。日本人でも、外国人の外貌をデザインすれば、外国人として通用する。仮想現実には、同時通訳機能が完備されているので、出身国の区別はないのだ。

 現実世界での横浜の歴史は、幕末に開港場として港が整備されてから発展した。それまでは、戸数百ほどの、寒村でしかない。

 しかし仮想現実の江戸では、外国人【遊客】のための〝出島〟が整備されたため、明治以降の繁栄が咲き誇っている。出島が見える場所まで猪牙舟で乗りつけ、一同は桟橋に上陸した。

 唐人町は、〝出島〟に隣接する形で町が発展している。現実の中国街と同じ場所に町割りができていて、辮髪べんぱつをした中国人──江戸では唐人と呼ぶ──が歩き回っている。

 辮髪は、中国最後の王朝、清を創立した満州族の習俗であるが、後に漢民族に強制した髪型である。しかし、こちらに接続してくる中国系【遊客】は、そういった歴史的事実には、頓着しないようだ。

 唐人町に入ると、建築様式が中国風になってくる。反り返った屋根、丸い瓦。空気に、旨そうな食物の匂いが混じる。あちらこちらの出店で、点心を商っているのだ。

 辮髪姿の唐人に混じって、外国人【遊客】が物珍しげに歩き回っている。こちらに接続してくる外国人【遊客】は、基本的に十九世紀の風俗で統一している。男は、襟の広いダブルのスーツに、山高帽や、シルク・ハット。男性の多くは、口髭を蓄えている。

 中には単眼鏡モノクルめている、凝った【遊客】も見かける。女性の外国人【遊客】は、胸元が大きく開いたドレスに、鍔広の帽子が定番だ。ぎゅっと絞ったウエストは、この時代、ぎゅうぎゅうにコルセットで締め上げるのだが、そこは【遊客】であるから、自由にデザインできて、そんな不自由は感じないで済む。

「それじゃ、俺たちは、この店の二階で、あんたらの報告を待つ」

 二郎三郎は、唐人町入口の、安直な店に億十郎と共に入り込んだ。二階からは、道がすぐに見下ろせ、監視に都合が良い。

 健一と永子にとっても、もしもの時は応援を頼めると心強い。後は、源三が上手く案内してくれるだろう。

 源三は、二郎三郎と億十郎に向かい、深々と頭を下げた。

「それでは、行って参りやす!」

「頼んだぞ!」

 二郎三郎は頷き、背中を向け、店内へ消えた。億十郎も、黙って続く。

「では、お二人、出掛けましょうか?」

 源三は、人が変わったように、自信満々である。健一は気圧されるのを感じていた。

 さて、唐人町探索の結果や如何?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ