二
結局、億十郎と二郎三郎が、健一たち三人に同道する結果となった。億十郎が「どうしても自分も探索に加わりたい!」と、頑固に主張をしたためである。
億十郎は眼を三角にさせ「健一殿、お永殿にもしやの事態が迫ったら、どうなさる? そうなったら、拙者、切腹覚悟で御座る」と四角四面に談じ込んだのである。
二郎三郎は持て余したようだったが、それでも億十郎の願いを容れた。
「ただし!」
と、億十郎の鼻先に、一本、指をピンと立てて見せた。
「目立つ行動は、なしだぜ! あくまで今回は、秘密の探索だからな。それは、判っているだろうな?」
億十郎は厳粛に頷く。
「承知して御座る。で、どのような探索を致すので御座る?」
二郎三郎は頭を掻いた。
「やれやれ、捜査の伊呂波を教えないと、駄目なのかね? とにかく、二人には、江戸に初めてのお上りさんになって貰う。もっとも、実際その通りなんだから、自由に行動すれば、そのまんま演技など要らねえがね」
健一と永子は、目を合わせた。永子はちょっと、不満そうである。
二郎三郎は腕を組み、ニヤニヤ笑いを浮かべた。
「どうせなら、二人には、夫婦という役どころじゃあ、どうだね?」
「ええっ!」
永子が甲高い声を上げ、次いで真っ赤になった。
「あ、あたしと、健一が、夫婦?」
健一は、背中がむずむず痒くなるのを、感じていた。
今の永子は、二十歳前後の、若い娘で通るが、健一は現実世界での本当の年齢を知っている。全く見知らぬ相手ならともかく、実際の相手を知っているとなると、どうにも決まりが悪い。
唐人町の場所は、神奈川、横浜村にある、〝出島〟のすぐ近くである。江戸からはかなりの距離がある。二郎三郎は提案した。
「神奈川までは、舟を使おうや。おい、源三、猪牙を頼んでくれ!」
源三は二郎三郎の命令に、てきぱきと動いて、あっという間に猪牙舟を手配した。急いでいるので、船頭に早漕ぎの上前を乗せるのを、約束する。
水面を揺れる猪牙舟に乗せられ、健一は二郎三郎の説明に、自分の聞き間違いではと、首を捻った。
「出島だって? それは、長崎の──」
健一が思わず二郎三郎に問い掛けると、二郎三郎は軽く頷いた。
「こちらの江戸では、横浜にあるんだよ。外国人【遊客】専用だがな」
「ああ、なるほど」
健一は納得した。こちらの江戸仮想現実では、外国人【遊客】も自由に出入できる。もっとも、外国人【遊客】総てが、外国籍の【遊客】という確証はない。日本人でも、外国人の外貌をデザインすれば、外国人として通用する。仮想現実には、同時通訳機能が完備されているので、出身国の区別はないのだ。
現実世界での横浜の歴史は、幕末に開港場として港が整備されてから発展した。それまでは、戸数百ほどの、寒村でしかない。
しかし仮想現実の江戸では、外国人【遊客】のための〝出島〟が整備されたため、明治以降の繁栄が咲き誇っている。出島が見える場所まで猪牙舟で乗りつけ、一同は桟橋に上陸した。
唐人町は、〝出島〟に隣接する形で町が発展している。現実の中国街と同じ場所に町割りができていて、辮髪をした中国人──江戸では唐人と呼ぶ──が歩き回っている。
辮髪は、中国最後の王朝、清を創立した満州族の習俗であるが、後に漢民族に強制した髪型である。しかし、こちらに接続してくる中国系【遊客】は、そういった歴史的事実には、頓着しないようだ。
唐人町に入ると、建築様式が中国風になってくる。反り返った屋根、丸い瓦。空気に、旨そうな食物の匂いが混じる。あちらこちらの出店で、点心を商っているのだ。
辮髪姿の唐人に混じって、外国人【遊客】が物珍しげに歩き回っている。こちらに接続してくる外国人【遊客】は、基本的に十九世紀の風俗で統一している。男は、襟の広いダブルのスーツに、山高帽や、シルク・ハット。男性の多くは、口髭を蓄えている。
中には単眼鏡を嵌めている、凝った【遊客】も見かける。女性の外国人【遊客】は、胸元が大きく開いたドレスに、鍔広の帽子が定番だ。ぎゅっと絞ったウエストは、この時代、ぎゅうぎゅうにコルセットで締め上げるのだが、そこは【遊客】であるから、自由にデザインできて、そんな不自由は感じないで済む。
「それじゃ、俺たちは、この店の二階で、あんたらの報告を待つ」
二郎三郎は、唐人町入口の、安直な店に億十郎と共に入り込んだ。二階からは、道がすぐに見下ろせ、監視に都合が良い。
健一と永子にとっても、もしもの時は応援を頼めると心強い。後は、源三が上手く案内してくれるだろう。
源三は、二郎三郎と億十郎に向かい、深々と頭を下げた。
「それでは、行って参りやす!」
「頼んだぞ!」
二郎三郎は頷き、背中を向け、店内へ消えた。億十郎も、黙って続く。
「では、お二人、出掛けましょうか?」
源三は、人が変わったように、自信満々である。健一は気圧されるのを感じていた。
さて、唐人町探索の結果や如何?




