一
江戸仮想現実での、剣鬼郎の住まいへ健一たちが向かうと、家の前には、人だかりができてる。どうやら、剣鬼郎が火盗改に捕縛され、詮議を受けていると噂が、あっという間に広がったためらしい。
一同が「どうしたものか?」と顔を見合わせていると、町人たちは姿を認め、わっとばかりに周囲を取り囲んだ。
「あっ、この人たちは【遊客】だぜ! 剣鬼郎様の知り合いなんだってよ!」
一人が指差し、剣鬼郎の熱心なファンらしき娘たちが、心配そうな口調で話し掛けた。
「ねえ、剣鬼郎様は無事なのですか? 火盗改に捕まったという噂は、本当ですか?」
健一と二郎三郎は、顔を見合わせた。二郎三郎が軽く咳払いをして、返事をする。
「ああ、本当だ。火事の責任を問われてな」
最初に話しかけてきた娘が、目に一杯、涙を溜めた。
「まあ! お可哀想な剣鬼郎様! 今頃は、火盗改の恐ろしい責めを受けているに、違いないわ!」
二郎三郎は両手を挙げた。
「その心配はねえ! 剣鬼郎は【遊客】だ! 江戸で【遊客】に拷問など、できる奴は、一人だっているものか! さあ、近所の迷惑になるから、解散してくれ!」
両手を上げ、群衆を押し戻すように、二郎三郎は必死に説得を続ける。
健一たちが戸口に近づくと、中から中年の男が飛び出してきた。
剣鬼郎の下働きを務める、源三である。
「あっ、皆様方!」
源三は、あたふたと戸口から飛び出し、健一たちの肩を抱えるように屋内へ引っ張り込む。
健一たちを屋内に導くと、源三は、額に噴き出した汗を拭った。
外から、がやがやと、町人たちのざわめきが漏れてくるのを、源三は強いて無視するように、奥へと一同を誘う。
座敷に落ち着くと、源三は連れ合いらしき、同年代の婦人に茶の用意を命じる。源三の連れ合いは、やや陰気な印象のある婦人だった。婦人は、黙って頭を下げると、黙々と茶の用意を始める。
一同が顔を会わせると、源三はその場で深々と頭を下げた。
「この度は、皆様方に過大な御迷惑をお掛けし……」
「よせよせ! そんな挨拶!」
どうやら、こんな湿っぽい場面が、大嫌いらしい二郎三郎が、大声を上げて源三の言葉を遮った。やや上体を傾けるようにして、源三の両目をしっかりと見返し、詰問する。
「おめえには、麻薬中毒者たちの探索を頼んでいたはずだな? 何か、それらしき成果は掴んだのか?」
源三は、ごくりと唾を呑み込み、頷いた。
「へい、それが、生憎と売り捌いている相手は判らずじまいなのですが、妙な噂を聞き込んでおりやす!」
源三の口調は、微妙に崩れたものになる。どうやら、探索の過程で、前職の経験がそんな口調にさせているらしい。
「神奈川の横浜辺りにある、唐人町で、麻薬が手に入る……嘘か、本当か、確かめる時間はなかったので御座いますが、そのような噂を小耳に挟みまして」
健一は首を傾げた。
「唐人町って、何だ?」
二郎三郎が素早く答える。
「あんたらに判るように言うと、中国人街だな。神奈川には、唐人と呼ばれる、中国系の、【遊客】が多いんだ」
答えながら、億十郎を見る。
「間違いねえで欲しいのだが、中国といっても、山陽道じゃねえぜ。俺たち【遊客】の間では、唐人を中国人と呼ぶのが、普通なんだ」
億十郎は黙っている。表情を見ると、丸っきり、理解していない。
健一は、中華人民共和国成立の経緯を、説明する気力をなくした。詳しく説明すれば、億十郎はより一層、混乱するばかりだろう。
二郎三郎は腕を組んで、考え込む様子を見せた。
「ふうん。その情報は、聞き捨てならねえなあ! 一丁、調べてみるか!」
じろり、と二郎三郎は、健一と永子を見た。
「この際だ、あんたら二人、探りを入れに、神奈川まで出張って見る気はないかえ?」
億十郎は不満そうだ。
「拙者には、お声を掛けて貰えぬので、御座るか?」
二郎三郎は薄く笑う。
「あんたのような、立派な侍がウロウロしてちゃ、かえって掴み難い。幸い、健一と永子は、町人姿だ。何か手懸りが掴めるとしたら、二人だろうな。もっとも、二人だけで探索するのは荷が重い。源三を案内役に付けよう」
不意に、健一は背筋に寒気を感じていた。今までは完全に、傍観者の気分でいたが、これからは自分が敵地に飛び込む羽目になるのではないか、と予感したのだ。
健一は永子を見て、話しかける。
「どうする?」
「いいわ! あたしたち、探ってみましょうよ!」
源三が深く頷く。
「よござんす! あっしが、お二人と共に、神奈川の唐人町を探りましょう! 剣鬼郎の旦那の、疑いを晴らすためだ!」
二郎三郎が横手を打った。
「決まったな!」




