三
「何ですねえ……。旦那、勘違いをなさっておいでですよ」
嫣然と、吉奴は笑い、手を振った。
「お願いしたいのは、あちしの仮想人格についてでありんす。旦那は開闢【遊客】の一人として、色々と特権が御座んしょう?」
「そ、そうだが……」
「あちしの仮想人格は、旦那も御存知の通り、一日くらいしか保ちません。朝、接続しても、夜中を過ぎる頃には、本来のあちしの身体に戻っちまいます。ふと自分の顔に手を触れて、じょりじょりと髭が伸びているのに気付いたあちしの気持ち、旦那にはお判りになりますまいよ」
「当たり前だ! さっさと、用件を言え!」
二郎三郎は苛々とした口調で、叫んだ。
吉奴は、真面目な表情になった。
「開闢【遊客】の旦那には、江戸に接続するあちしたち【遊客】の仮想人格に特別な処置を施して、この身体を……ええい、ズバリと言っちまいましょう! あちしを、女の身体のままに保てるよう、上書き保存をお願いしたいんでござんす! 旦那には、できるはずだ! 違いますかね?」
ぐっと吉奴は、二郎三郎の顔を覗き込んだ。
二郎三郎は深く唸った。
「むむむむ! そ、そりゃ、できねえ相談じゃねえが……。しかし永久に、ってわけにはいかねえぜ。どうしたって、おめえの本来のデータが、外に出ちまう。まあ、〝ロスト〟しなけりゃ、三日間の限度一杯、その身体でいられらあな。ただし!」
二郎三郎は指を一本、ぐっと上げた。
「今までおめえがやったように、色々な仮想人格に変身するのは、不可能になる。おめえが選択できるのは、今の仮想人格デザインだけだ! それで、いいんだな?」
「結構でありんす! あちしは、この江戸にいる間、ずーっと女の身体でいたいんでござんす! それが叶うなら、もう、別の仮想人格に変身できなくて、結構!」
二郎三郎は、ふっと額の汗を拭った。まるで大仕事をやり遂げた後みたいだ、と健一は密かに思った。
事実、二郎三郎にとっては、神経をすり減らす一瞬だったに違いない。
「忠告するが、絶対〝ロスト〟なぞ、するんじゃねえぞ! 一旦〝ロスト〟したら、後は本来のおめえの姿に戻るのを待つしかなくなる。まあ、数ヶ月は掛かるかもしれないが……それでも俺には、どうにもできねえ」
吉奴は、皮肉な目つきになって反論する。
「あちしが〝ロスト〟? 冗談じゃござんせん! あちしがそんな、ヘマをすると、旦那は思ってるんでござんすか? お生憎様、あちしは絶対、〝ロスト〟なぞいたしませんので、心配ご無用でござんすよ!」
吉奴は力説して、二郎三郎は辟易した表情になった。
「判った! 判ったから、そろそろ教えてくれ! なぜ、おめえが、【遊客】の気配を消す技を覚えたか――についてだが」
「へい」と吉奴は頷いた。
「あちしが【遊客】の気配を消す術を覚えたのは、ある〝導師〟様から教えて貰ったのでありんすよ……」
吉奴は語り出した。




