二
吉奴の住まいに到着すると、二郎三郎は明らかに尻込みの態度を顕わにする。
「どうしても、かい?」
全員が頷くと、二郎三郎は憂鬱そうな視線を、吉奴の家に向けた。
二階建ての屋根瓦に、折からの西日が差して眩しく光っている。そろそろ夕刻も近い。
二郎三郎は「えへん!」と咳払いすると、戸口に向かって大声を張り上げた。
「おおーい、誰かいるかあ!」
「はあーい」という返事があって、ぱたぱたと足音が近づいてきた。
すらりとした上背のある、細身の身体を運んできたのは、御存知電脳オカマの吉奴!
吉奴は、戸口に立っている二郎三郎を認め、大袈裟に仰け反って驚きの表情を見せた。
「ん、まあ~! 誰かと思ったら、伊呂波の旦那じゃござんせんか! どういう風の吹き回しなんでござんす?」
「おめえに、一つ尋ねたい!」
二郎三郎は、完全に切り口上である。吉奴は、上り框に横座りになると、目を糸のように細くして笑った。
「何ですねえ、旦那。まるで喧嘩腰じゃあ、御座いませんか……。まあまあ、そんな所に突っ立っていないで、上がってくんなまし。そちらの旦那方も……ね!」
憮然として、二郎三郎は上がり込む。健一たちも、ぞろぞろと吉奴の住まいに上がり込んだ。
吉奴の住んでいる家は、それほど大きな造りではないが、綺麗に片付いていた。
永子がそっと、障子の桟に指を押し当て、埃が残っているか、確かめている。指先を見て、眉を上げた。まるで小姑だ!
健一は、くんくんと空気を嗅いだ。
芸者らしく、家の中に、何か香を焚き込めているらしく、仄かに香ってくる。
吉奴は、いそいそと立ち働き、二郎三郎のために酒席の用意をしている。二郎三郎は渋い表情を崩さず、吉奴の背中に声を掛けた。
「吉奴、今日は、おめえに、【遊客】の気配を消す技について、教えて貰いてえ! どこでどう、あの技を会得したんだ?」
吉奴は酒の用意をした盆を掲げ、棒立ちになった。
「なぜ、あちしの【遊客】の気配を消す術を知りたいんでありんす?」
「剣鬼郎がヤバイんだ。村雨座が火事になって、剣鬼郎に疑いが掛かった。火盗改は、剣鬼郎を牢に閉じ込め、番人に見張らせて、現実への帰還を邪魔している。あのままじゃ、二日後には〝ロスト〟しちまう」
吉奴は座り込み、そっと盆を二郎三郎の前へ押しやった。
「剣鬼郎の旦那が、でござんすか?」
二郎三郎は腕組みをして、頷く。目の前の酒には、手もつけない。
「そうだ。俺の考えじゃ、おめえの【遊客】の気配を消す術は、麻薬に溺れている【遊客】に関係がある! 剣鬼郎一座の火災も、何か関わっている疑いがある」
「そうで、ありんすか……」
吉奴は考え込んでいる。
やがて顔を挙げると、決意の表情になった。
「よござんす! お教えいたしやしょう! けど……」
にっ、と笑った。
吉奴の笑いに、二郎三郎はびくりと、上体を仰け反らせた。吉奴は二郎三郎の顔を見詰め、ちろちろと舌先で唇を舐める。
「それには、一つ、二郎三郎の旦那にお願いしたい条件がござんすよ!」
「じょ、条件っ?」
二郎三郎の声は、悲鳴のようだった。
健一は、吉奴は、何を二郎三郎に向けて言い出すのだろうと、固唾を呑んだ。




