六
与力と同心は、慎重に剣鬼郎に同道を申し込んだ。剣鬼郎は、芝居小屋が焼けてしまったのが、相当に応えているのか、ほとんど夢遊病者のように、二人に肩を並べ、歩き出す。
健一と永子、二郎三郎、億十郎の四人も従いて行く。
さて、どうなるかと健一が見守っていると、何と剣鬼郎は、火付盗賊改役宅の、一角に設えられた座敷牢に閉じ込められてしまった!
座敷牢は広々として、三十畳敷きはあろうかという板張りの部屋だが、牢屋には違いない。牢の前面には太い木格子が嵌められ、二人の番人が離れて監視する。
「調べが済むまで、村雨殿には、ここで我慢していただく!」
与力が宣言し、その時、ようやく我に返った剣鬼郎は、木格子を掴んで喚いた。
「俺をここから出せ! 何て扱いだ!」
剣鬼郎は怒りを篭めて、番人たちを睨んだが、生憎かなりの距離があり、【遊客】の〝気迫〟は届かない。二人の番人は、一瞬も剣鬼郎から目を離さず、身動きもしないで立っている。
その様子を見て、二郎三郎が唸った。
「考えやがったな! 火付盗賊改は、剣鬼郎を江戸から出さないつもりだ!」
「どういう意味ですの?」
永子の問い掛けに、二郎三郎は二人の番人を顎でしゃくった。
「【遊客】は、江戸NPCが見ている前では、現実世界へ帰還できない。あの番人は、剣鬼郎が江戸から現実世界へ抜け出さないよう、一瞬も目を離すなと厳命されているんだ。それに持ってきて距離があるから、【遊客】の〝気迫〟も効果がない」
「まあ……」
永子は口を丸く開いた。
健一の頭に、ぼんやりとある、恐ろしい考えが浮かんできた。
「現実世界に帰還できないという事態は、つまり……?」
二郎三郎は、横目で健一を睨んだ。
「そうさ! あのまま、強制切断が起きるまで過ごすと〝ロスト〟しちまう!」
「〝ロスト〟!」
健一と永子は、同時に叫んだ。
〝ロスト〟!
それは【遊客】にとって、最悪の悪夢である。
仮想現実に接続すると、使用者の脳イメージがコピーされ、本体は眠りに入る。仮想現実から現実世界へ帰還する時、仮想現実で経験した記憶は、本体へダウン・ロードされ、記憶の一貫性は保たれるのだ。
使用者の健康を配慮するため、仮想現実に接続し続けられるのは、三日間を限度とされている。三日の限度を越えると、自動的に強制切断処理がなされ、使用者は仮想現実接続装置から目覚めさせられる。
その際、仮想現実にはコピーの人格が残され、使用者の脳には、コピーの人格が経験した記憶は転写されず、仮想現実での記憶は一切合切を喪失した状態で目覚めるのだ。
残されたコピー人格は、仮想現実に立ち往生し、現実世界へ帰還できない。一方、強制的に目覚めさせられた使用者本人も、三日間の記憶が消失しているので、自分が恐ろしいトラブルに見舞われたと察するだけで、何が起きたのか、まるで見当もつかない。
「剣鬼郎の残り時間は?」
二郎三郎に質問され、健一は永子と顔を見合わせた。
「今朝方早く、剣鬼郎は江戸に接続したと言っていたから……」
健一が思い返して口を開くと、永子が指を折って勘定した。
「ええと……明々後日の、午前には強制切断が起きてしまうわ……!」
「そうだ! それまでに、剣鬼郎の身の潔白を証明しないと、あいつは江戸で〝ロスト〟しちまう……!」
二郎三郎が冷静に宣告し、健一はすっと背筋が寒くなるのを感じていた。
「帰還できないまま〝ロスト〟してしまうと、処刑される! 大変だ!」
健一は億十郎を見上げた。
億十郎の教えた、江戸での刑罰が、健一の耳に蘇った。
火炙りの刑!




