五
ようやく、芝居小屋が鎮火した頃、火付盗賊改から与力と同心が駆けつけて来た。火災の検分のためである。
与力は、四十がらみの落ち着いた物腰の武士で、同心はまだ若い男である。二人の背後からは、数人の加勢が控えていた。
火付盗賊改から与力と同心が出張ってきたため、芝居小屋から出てきた剣鬼郎一座の座員たちは、不安そうな表情を浮かべる。全員、火災を鎮火するため働いていたのか、着物はあちこち焦げて、髪の毛は乱れている。それでも【遊客】らしく、火災にも無事で、怪我一つない。
「この芝居小屋の責任者は、貴殿で御座るか?」
相手が【遊客】であるためか、与力は剣鬼郎に向かって丁重な口調で尋ねる。剣鬼郎は力なく頷いた。が、次の質問には、剣鬼郎は憤然となった。
「この芝居小屋で、何か火災を引き起こすような興行を行っておられるのか?」
「とんでもない! 今は真昼間だぜ! 夜中の興行ならともかく、明かりは、お天道様の光で充分だ!」
剣鬼郎は思わず怒りを顕わにし、【遊客】特有の〝気迫〟を発してしまう。与力と同心は【遊客】の〝気迫〟に、たじたじとなり、顔色を真っ青にさせた。
【遊客】の〝気迫〟には、江戸NPCは基本的に抵抗できないのである。二人は侍であるから、まだましだが、気の弱い者では、あっさり気絶してしまうほどだ。
「し……失礼仕った! これもお役目で御座る。了解なされよ」
額の汗を拭い、与力は丁寧に詫びた。
雰囲気が険悪になり掛けた瞬間、二郎三郎がふらりと割り込んだ。
「ちょっと待った! 俺にも言わせてくれ。あんたがた、芝居小屋の火事は、剣鬼郎が責任を負うべきだと、考えているのかね?」
与力は、二郎三郎を胡乱そうな目で見詰め返す。
「貴殿は?」
問い返され、二郎三郎は懐に手を入れ、決まり悪そうに答えた。
「ああ、俺か。俺は鞍家二郎三郎と称する、開闢【遊客】の一人さ。剣鬼郎とは、少々関わりがあるんで、口を挟ませてもらった」
「開闢【遊客】の、鞍家……二郎三郎……殿! こ、これは御見それいたし、申し訳も御座らん!」
与力は二郎三郎の名乗りに、顔を真っ赤に染めた。仮想現実の江戸では、開闢【遊客】の名乗りは、一種特有の衝撃をもたらす。
二郎三郎は、相手の反応を予想していたのか、しきりと懐に突っ込んだ手で、胸板をぼりぼりと掻いている。健一が見るところ、別に痒くはないのだろうが、こうでもしていないと、落ち着かないのだろう。
「え、どうなんだ? 剣鬼郎が責任を持つべきと、あんたら考えているのか?」
再度の質問に、与力と同心は渋々頷く。
「左様……。この芝居小屋。剣鬼郎殿が差配なさっておると聞いております。ならば、全責任は、村雨剣鬼郎殿に……」
「なるほどねえ!」
健一は億十郎に囁き掛けた。
「億十郎さん。二郎三郎は、何を気にしているんだ? 火事の責任云々が、そんなに重大な問題なのか?」
億十郎は、呆れたように健一を見た。健一は億十郎に向かって、言葉を続ける。
「教えてくれよ。俺たちは、江戸に来て間もない。こんな場合、江戸ではどうなるのか、さっぱりなんだ!」
億十郎は重々しく頷いた。
「それでは、お教え申し上げる。江戸において、火災は重大な過失となっております。でありますから、火事を起こした当事者は厳罰を覚悟せねばなりませぬ。この場合、火元の責任者は剣鬼郎殿で御座るから、極刑が適用されるのが当然で御座る」
「極刑? まさか……」
両目を思わず見開いた健一に向かい、億十郎は再び頷いた。
「恐らく、火炙りの刑で御座ろうな」




