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電脳役者~月村健一の意外な運命~  作者: 万卜人
第七回 妖艶! 仮想体験劇出演決定美少女之巻
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 健一らは、養生所を去った。患者が実在するのを確認した今、養生所には、もう用はない。

 が、辞去する寸前、道庵は、二郎三郎にすがりつくように頼み込んだ。

「お願いいたす! あ、あの患者の腕にあった、注射針の跡については、是非とも御内密に……。拙者は何も、わざと見逃したのでは、御座らん!」

「判っているよ。俺も、わざわざ面倒事を、引き起こす趣味はねえ。ま、患者には親身になって、診てやってくれ」

 二郎三郎の返事に、まだ何か言い足りそうな顔つきの道庵だった。

 が、ぐっと堪えて深々と頭を下げる。【遊客】である道庵が、患者の腕にあった注射針の跡を見過ごしたとあっては、責任問題なのだろう。

 外に出た一行は、養生所の前で額を突き合わせ、歩きながら、相談に入った。

 永子は養生所の方向を振り返って、首を捻る。

「でも、道庵というお医者様。患者の、腕の注射跡に、全然、気付かないなんて、飛んだ藪医者だわね!」

 健一は、永子の疑問に答えてやった。

「自分で言っていたじゃないか。現実世界では、素人だって。それに、江戸仮想現実で、注射針なんて、まるっきり頭に浮かばなかったに違いない……」

「これから、どうなさるおつもりで御座る?」

 億十郎が口を開くと、二郎三郎は「さあてね」と、顎を撫でた。億十郎は、二郎三郎の態度に、微かに頬を紅潮させる。眉が迫っている。腹を立てているのだ。

 そんな億十郎の態度に、二郎三郎はニヤッと笑いを浮かべた。

「まあ、慌てる乞食は貰いが少ない……って言うじゃないか。まず、情報を集めないとな。いったい、どこで、あいつらが麻薬に接触したのか──それが判明しないと、次の手は打てねえ」

「その仕事には、俺の下働きをしている、源三が打ってつけかもしれねえな」

 剣鬼郎が口を挟み込んだ。二郎三郎は、ちょっと驚いた表情になって、剣鬼郎の顔を見詰め返した。

「源三……とは、誰だい?」

 剣鬼郎は「あっ!」と小さく叫んで、ぴしゃりと自分の額を叩いた。

「いけねえ! つい、鞍家さんも、知っているものと、決め込んでいた! 何、俺の家に住み込みで働いている男でね。そいつは、昔、悪い仲間に加わって、相当に危ない橋を渡る暮らしをしていたんだが、俺がひょんな出会いで知り合って、家に引き取った次第だ。探索仕事には、慣れている」

 二郎三郎は「なるほど」と納得した表情だ。億十郎を振り返り、声を掛けた。

「億十郎。お前さんの兄は、片岡外記のところで、働いているんだったな? どうだい、兄さんを通じて、養生所で麻薬患者がぞろぞろいたと、報告しておいては?」

 億十郎は、二郎三郎の言葉に頷いた。

「それがよろしかろうと、存ずる。この後、拙者が活動する目当てを、もしかしたら外記様がお示し下さるかも知れませぬからな」

 二郎三郎は頷き返し、健一と永子を見た。

「それじゃ、あんたら二人は億十郎と片岡外記に会うがいいや。さて、そっちの……」

 二郎三郎の視線は、一行の後ろにトボトボ歩いて従いてくる紗霧に向かった。紗霧は、今までの会話に加わらず、少し離れたまま、無表情に歩を運んでいる。

 全員が、なぜか立ち止まり、紗霧を見詰める。全員の視線に、紗霧はぎょっと立ち竦んだ。

「あたしは……!」

 言い掛けた紗霧は、慌てて自分の口を両手で押さえた。

 永子はぐいっ、と指先で眼鏡を直す。

「あんたの声! さっきまでと、全然、違ってるわ! もう一度、何か喋りなさいよ!」

 健一は首を捻る。

「風邪でも引いたかな? 妙にかすれていたけど……」

 二郎三郎はニヤニヤと笑いを浮かべていた。

「いいや──言うなれば、声変わりだな。少しばかり、この仮想現実に長居しすぎた結果だ。おい、そろそろ正体を明かしても良いだろう?」

「あたいの何を──!」

 紗霧は言い返そうとするが、口を開くたびに、妙に野太い、男のような声になる。二郎三郎は、ケタケタと高笑いをした。

「時間切れだぜ! その姿で、一日以上は過ごしているはずだ。そろそろ、限界が迫っているんだ……。そうだろう? 吉奴!」

 健一は、ギョッとなった。

「吉奴だって! そ、その名前は……!」

 二郎三郎はぐるりっ、と健一に向き直った。

「そうさ。品川女郎屋で、血迷った奴に人質になっていた、電脳オカマ【遊客】。吉奴が、紗霧の正体だよ! 剣鬼郎が、別嬪選抜をすると聞きつけ、新たな【遊客】のアバターを作って、駆けつけたんだろう。俺は、一目ちらっと見ただけで、あっさり正体が判ったがね」

 健一は二郎三郎の説明を耳にして、今までの疑問が氷解する気分だった。

 そうか。妙だ、妙だと思っていたが、紗霧が吉奴だとすれば、総て頷ける。

 吉奴は【遊客】の気配を消し去る特技を持つ。だから、最初に見たとき、【遊客】とは思わなかったのだ。

 しかし二郎三郎の言う、時間切れとは、何を指しているのだろうか?

 紗霧=吉奴の全身が、ぶるぶると、おこりのように震え出した。唇をぐっと引き結び、顔色は真っ赤から、どす黒い紫色に近くなっている。

 足を何度も踏み締め、紗霧=吉奴は、天を仰いで叫んでいた。

「悔しい──っ!」

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