四
村雨座は、前日に増して盛況だった。入口近くには、長々と入場を待つ人の列が伸び、皆が開演を、今か今かと待ち侘びている。
人々の手には『村雨座別嬪選抜大会』の瓦版が握り締められている。噂は瞬く間に、江戸中に広まったようである。
「いったい、何で、わざわざ剣鬼郎の酔狂に付き合わなければならないんだ?」
人々の行列を物陰から観察して、健一は不機嫌に、ぶつぶつと呟く。健一以下、剣鬼郎、永子、億十郎の四人が固まっている。
剣鬼郎は、あっさりと言い放った。
「いいじゃないか! 億十郎の探索を元にして、芝居の筋を考えるんだろう? あんたは、億十郎に引っ付いて、色んな場面を撮影するはずだ。違うか?」
「そりゃあ……」
億十郎と行動を共にし、健一は【遊客】としての能力である、即時録画をするつもりだ。健一と永子が、億十郎の行動を見守って、心の中で「記録開始」と念じれば、二人が目にする総ては、立体映像の記録として残される。
それを、剣鬼郎は指摘したのだ。
だが、剣鬼郎は何を言い出すつもりなのだろう? 健一は、剣鬼郎の長い顎を、ぼうっと見詰めた。
「仮想体験劇で一本の筋を作るには、どうしたって、それだけじゃ足りないだろう? やっぱり俺が主役じゃないとな! それにはヒロインが登場しないと、視聴者のハートは、がっちり掴めないぜ! それに、今回のイベントを押さえておけば、〝撮れ高〟に残せると思うがね」
剣鬼郎は、得々と業界用語を使って、返事した。〝撮れ高〟とは、一応、映像を押さえておいて、後で編集で差し込むための素材を意味する。よく「尺が足りない」とか「〝撮れ高〟が足りた」などの使い方をする。
健一は「余計な心配だ!」と、剣鬼郎に聞こえぬように呟いた。
「さあ! 行くぜ!」
剣鬼郎は大股に、村雨座入口へ向かって歩き出した。人々が剣鬼郎の接近に気付いて、一斉に歓声を上げた。
「剣鬼郎様ーっ!」
「いよっ! 日本一!」
わあわあと騒がしい歓声に、剣鬼郎は上機嫌に、頷いた。人並みの前列には、選抜に出場するためか、着飾った娘たちが興奮も顕わに、剣鬼郎に手を振っている。
剣鬼郎は、見るからにだらしない笑顔で、手を振り返した。
むっつりと、健一は背後の永子、億十郎を見やった。
永子は呆れたように、無言で首を振っている。億十郎は、自分がなぜ、この場にいるのか疑問とでも言いたそうに、腕組みをして、じっと騒ぎを見守っている。
「どうするの?」
永子が健一に確かめた。健一は、首を竦めた。
「まあ、付き合うか……。確かに〝撮れ高〟になるしな……」
健一は、億十郎の表情を窺った。今までの億十郎の態度から「拙者は御免蒙る!」とばかりに、憤然と立ち去るのではないか、少々、心配だったのだ。
が、億十郎は平静を保ったまま、頷いた。
「ご両所が参るなら、拙者もお供いたす」
健一は、内心、胸を撫で下ろした。案外、億十郎は話が判るのかもしれない。
いや? もしかして、億十郎の奴、剣鬼郎の『別嬪選抜』そのものに興味があるんじゃないのか? 結構、好き物だったりして……。
まさかね!




