一
健一は一旦、現実世界へ戻ると、休養して、再び江戸仮想現実へ再接続した。二回目からは直接、江戸市中に出現できる。
しかし、どこでも好きな所、というわけにはいかない。市中で、江戸NPCの見ている前で、出し抜けに出現したら大騒ぎになるからだ。
そのため、江戸市中に幾つもある、【遊客】専用の、出現点が用意されている。多くは人気の少ない、神社仏閣の境内が充てられている。
健一の利用したのは、浅草寺境内である。浅草寺の寺域は広大で、人気のない場所などは、幾らでもあるからだ。
浅草寺から、健一は剣鬼郎の自宅へ向かった。戸口に立つと、すでに永子が先に待っていた。永子は健一を認め、笑顔になった。
「健一、プロットは纏まったの?」
健一は頭を掻いた。
「実は、全然、進んでいないんだ……」
「ほらね! あたしの予想が当たったわ!」
永子は、家の奥へ向かって叫んだ。永子の声に、奥からのっそりと、剣鬼郎が姿を現した。剣鬼郎は、健一に向かってにやにや笑った。
何だか二人に馬鹿にされているようで、健一は面白くない。
「それじゃ、君らがプロットを作るのか?」
怯むかと思ったが、意外にも剣鬼郎は頷いた。
健一は、ぽかりと口を開け、永子を見やる。
「おい、まさか、剣鬼郎が?」
「違うわよ。方針転換を提案したいの!」
何が何だか、さっぱり判らない。茫然としていると、奥からさらに、もう一人が姿を現す。
姿を現したのは、鞍家二郎三郎だった。鞍家二郎の顔色は、なぜか冴えない。無言で健一に向かって、顎をしゃくって室内に誘う。
座敷に通された健一は、意外な人物を目に、立ち止まった。座って、待っていたのは、大黒億十郎である。億十郎は健一に向かって、軽く会釈をする。
「億十郎さん……?」
億十郎は泰然と頷き、口を開く。
「今朝方、鞍家殿より書状が届き、村雨殿の自宅で、会合したいと提案が御座った。それで、一足先に参ったので御座る」
座敷に、健一、剣鬼郎、永子、億十郎、二郎三郎の五人が座敷で車座になって座ると、源三が神妙な顔つきで、茶を持ってきた。
五人の前に湯呑みを置くと、一礼して下がってゆく。
健一は永子に顔を寄せて囁いた。
「おい、何がおっぱじまるんだ?」
「黙って二郎三郎の話を聞きなさい!」
永子は顔を真っ直ぐ前に向けたまま、口の端で答える。健一は首を竦めた。
「実は、昨日の、村雨座で起きた変死事件だが、死体の主の身元が割れた」
前置き無しで、出し抜けに二郎三郎が口を開く。何か、重大な発表があるようで、健一はごくりと、唾を呑み込んだ。
「死んだのは、深川を根城にしている遊び人で、名前を久助という若い奴だ。医者の話では、心ノ臓が突然ばったり止まる病で死んだのだそうだ」
健一は、おずおずと、二郎三郎に尋ねた。
「どこかで聞いたような話だな」
二郎三郎は頷いた。
「そうだ。昨日、品川の遊郭で暴れた奴も、同じように死んだ。これで二人目だ!」
健一は、ちらっと隣で黙って控えている億十郎を見やった。一人目も、二人目の時も、億十郎は現場に居合わせていない。
それなのに、なぜ鞍家二郎三郎は、億十郎をこの場に呼びつけたのだろうか?
「最初に、遊郭で暴れた奴は、寅蔵といって、これも遊び人だ。品川辺りに、いつもたむろしている」
二郎三郎は、「いよいよ、これからだ!」と言わんばかりに、顎をぐっと引いた。
「二人の遊び人がなぜ、この江戸で死ぬような羽目に陥ったのか? 俺はある、仮説を立てている。それは……もしかしたら、麻薬のせいかもしれねえ……」
いかにも言い難そうに、二郎三郎は言葉を押し出す。
健一と、永子は顔を見合わせた。
剣鬼郎は首を捻っている。
真剣な表情になっているのは、億十郎だけだ。
一同の反応を見て、二郎三郎は落ち着きを失った。
「おい! 俺の言葉を確かに、耳にしたな? 俺は、麻薬が関わっているのではないか、と言っている。重大な事件だぞ!」
「まさしく!」
億十郎が険しく眉を上げ、大きく頷いた。
健一は判らない。とうとう、二郎三郎に向かって問い掛けた。
「あのう……麻薬って、何だね?」
「何ぃっ?」
健一の質問に、二郎三郎と、億十郎は呆れた声を発していた。




