二
入場料を支払い、健一たちは村雨座の入口を潜った。やはり最初の印象は間違っておらず、ここは芝居小屋というより、遊園地のような施設だ。
総てが村雨剣鬼郎という、架空の人物(もっとも、江戸仮想現実では、実在する人物となっている)の活躍を描くためにあり、中央に巨大な芝居小屋が建てられ、周りに弓の的当てとか、人力で動く観覧車。覗き絡繰、あげくに、木製のジェット・コースターさえあった。
そこかしこに、三味線と、鉦太鼓を手にした芸者や幇間が控え、騒がしく演奏をしている。あちらでは、講談の舞台が設えられ、演者が張り扇を手に、剣鬼郎のこれまでの活躍を熱心に演じている。
「これは……拙者、初めて来ましたが、信じられない賑わいで御座るな……」
当初の怒りもどこへやら、億十郎はすっかり毒気を抜かれたような表情だ。
「剣鬼郎テーマ・パークって、感じよねえ……」
感心して良いのか、呆れ返ったほうが良いのか、判断に迷うとばかりに、永子は壮んに首を振っている。
健一は不思議だった。
源三に向かい、疑問を口にする。
「なんで、こんな大きな施設を作れたのだね?」
源三は「さあ」と首を傾げて見せた。
「あっしの聞いた限りじゃ、剣鬼郎様が、最初に野っ原で、近在の百姓を集めて素人芝居を始めたと、耳にしておりやす。それが評判になり、最初は、あそこの芝居小屋、それが当たって、次々と色んな小屋を増設して、今に至った、そう聞いておりますな」
健一は呟いた。
「まったく、何を考えているのやら……。仮想体験劇に出演するだけで飽き足らないのか? そんな暇あったら、もっと演技の勉強とか、やるべき仕事は幾らでもあるだろう!」
永子が密かに笑うのを見て、健一は尋ねた。
「何を笑っているんだ? 心当たりがあるのか?」
「そりゃまあ……ね。あたしは剣鬼郎と、演技以外の時間も、付き合いが長いから。剣鬼郎って、おっそろしく自己顕示欲が強いのよ。知ってた?」
健一は頷いた。剣鬼郎が現実世界で、役柄と同じ衣装を身に纏い、模造刀を持って、のし歩いた事件は、今でも悪夢としか思えない厭な記憶である。
永子は腕を組んで、静かに話した。
「いつだって、自分が『剣鬼郎百番勝負』の主役をやっている剣鬼郎だと、人に気付かれないと、ひどく不満だったわ! でも、仮想体験劇に出ている剣鬼郎は、仮想現実で創り上げたキャラクターでしょ。実際の剣鬼郎とは、かなり相違があるわね。でも、こっちなら、仮想現実そのままの姿でいられる」
永子の説は頷けたが、健一は何か釈然としない。もしそれが本当なら、剣鬼郎は仮想体験劇の役者をやめ、江戸仮想現実に活動の主軸を移すつもりではないかと考えたからだ。
源三は、中央の芝居小屋に一同を案内する。芝居小屋は巨大で、施設の中で最も規模が大きかった。
「剣鬼郎様にお会いになるなら、裏手の楽屋へ参りましょう。何、あっしなら顔見知りで御座いますから、入れます」
すでに何度も足を運んでいるのだろう。慣れ切った様子で、源三は芝居小屋の裏手を目指した。
裏手に廻り、芝居小屋の莚を少し捲って、源三は内部に何か声を掛けている。ちょっとばかり、遣り取りがあって、源三は健一らに振り返った。
「剣鬼郎様がおられます。これから、楽屋で会うそうで御座います」
頷いて、健一たちは、莚を潜って、内部に足を踏み入れた。
床に茣蓙が敷き詰められ、剣鬼郎が他の役者と一塊になって、何か談笑している。
健一らの姿を認め「やあ!」と軽薄な調子で手を上げた。
「剣鬼郎っ! あんた……!」
健一が一歩前へ出ると、がばっと健一の身体を押しのけ、億十郎が飛び出した。
「村雨剣鬼郎殿で御座るな! 御公儀転覆の企み、どこまで進んで御座るか?」
億十郎の言葉に、剣鬼郎は「はあーっ?」と口を、ぽかっと開いていた。




