二
「剣鬼郎様っ!」
洞窟の出口近くを見詰めていた人々から、悲鳴に似た声が上がった。洞窟出口からは、凄まじい土埃と、内部の崩落を示す、轟々とした音が聞こえてきて、最早一巻の終わりと思われた。
辺りには、血のように赤い夕日が斜めに差込、岩肌を赤々と染め上げている。
皆、剣鬼郎に少なからぬ恩を受け、助けられた経験を持つ町人、村人、武士たちばかりである。
剣鬼郎が未曾有の危機にあると耳にして、すわこそと集まってきたのだ。
しかし遅かった……。
洞窟の口から吹きつける土埃には、きつい火薬の匂いが漂い、熱い爆風には、凄惨な血の匂いも混じっていた。
全員の表情に、絶望が浮かんだ。がくり、とその場に崩れ落ち、込み上げる涙を堪えようもせず、啜り泣きが満ちた。
暫し、そのままで時が過ぎた。
と、一人が顔を挙げ、洞窟を見詰める。
立ち上がり、呟いた。
「聞こえる……」
呟きに、周囲から「え?」と微かな希望が浮かんだ。
最初に立ち上がった男は、よろよろと洞窟に近づき、耳を澄ませた。
「あれは……剣鬼郎様の声ではないか?」
「まさか!」
驚きの声が上がった。
しかし、男は決然と洞窟に近づいた。
全員黙り込み、男の言葉を確かめる。
わははははは……!
洞窟の奥深くから、今度こそ、はっきりと、高笑いの声が聞こえてくる。
わははははは……!
高笑いに、足音が混じった。
ようやく、剣鬼郎の姿が夕日に浮かび上がる。逞しい身体には、一筋の傷もなく、身を包む着流しも、煤一つなく、綻びも見えない。
両手には、お園の身体を抱えている。お園は完全に気を失い、ぐったりとなっていたが、剣鬼郎と同じく、身体には傷一つない。
「皆、ご苦労であった! 拙者はこれ、この通り、無事である。心配を掛けたな」
剣鬼郎に、役人が近づいた。剣鬼郎を見上げる顔には、一杯の感激が表れている。役人に気付いた剣鬼郎は、冷静に報告する。
「浅倉玄蕃頭は、己の集めた武器弾薬とともに、吹っ飛んでしまった。最早、御公儀転覆の企みは潰えたといってよいな」
「お見事で御座います! さすがは音に聞こえた村雨剣鬼郎様!」
賞賛の言葉を聞き流し、剣鬼郎は両手に抱えたお園の身体を地面に横たえ、活を入れた。
お園のきつく閉じられていた瞼が、ぴくぴくと震え、瞳が薄く開いた。
「剣鬼郎様……」
呟いたお園は、はっと目が覚め、慌てて身を起こす。近々と顔を寄せる剣鬼郎を、穴の空くように見詰めると、お園の顔に見る見る血が昇った。
「お園ちゃん。良かったなあ……!」
どこかで伸びやかな声が上がり、お園は恥ずかしさに俯く。
剣鬼郎は立ち上がり、両手を腰に当てると、高らかに笑い声を上げた。
「わははははは……! これで総て上々の仕上がり!」
周囲から、剣鬼郎の活躍を讃える拍手が一斉に上がる。
幕。