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電脳役者~月村健一の意外な運命~  作者: 万卜人
第三回 圧倒! 開闢【遊客】鞍家二郎三郎登場! 之巻
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 健一は、ある疑問があった。

「ところで……。少しばかり気になったのですが、このような騒ぎは、日常茶飯事なのですか? 今回は、偶然にも吉奴という遊女の正体が【遊客】だったから良かったですが、わたしの知る限り、江戸時代は世界でも稀な、犯罪の少ない時代だったと理解していますが」

 話が一段落した頃、店の者が各々の前に、酒肴を出してくる。二郎三郎は、盃を舐め舐め、頷いた。

「まあな。本来の江戸は、ほとんど犯罪らしい犯罪がない、平和といえば平和だが、少々退屈な都市だった。だが、こっちの江戸では、毎日、何かしら事件が起きるようになっている。手を明かせば【遊客】を引き寄せるためなんだ」

 健一は混乱した。

「平和なのが、なぜいけないんです? あなたの言い方では、わざと犯罪者が増えるような仕組みを作っているように聞こえますが」

 二郎三郎は剣鬼郎に目をやり、肩を竦めた。

「こちらの江戸にやってくる【遊客】は、そこの村雨剣鬼郎さんのように、時代劇のヒーローに憧れて武士の姿を取っている者が、大半なんだ。せっかく江戸仮想現実にやってきても、自分が解決すべき事件が、なんにも起こらないと、不平を言う。だから、ある一定以上の割合で、犯罪的な傾向のあるNPCが出現するシステムになっている。このNPCたちは、出現した瞬間から、通常のNPCとは違って成人の姿だ。連中は【悪党】と呼ばれて、【遊客】のターゲットとなる運命だ」

 永子が怒りを顕わにした。

「そんな……。それじゃ、ごく普通の、江戸NPCたちが可哀相じゃないですか! その辺りは、どうなっているんです?」

「だから【遊客】が必要なんだ。こっちの江戸では【遊客】は、江戸NPCたちの用心棒という役割を担っている。頼りにされれば、自分の存在意義も確認できるし、【悪党】退治もできて、一石二鳥だ。結構、うまく機能しているんだぜ!」

 酒の勢いか、二郎三郎の舌は滑らかであった。健一は何か、釈然としない。二郎三郎は悪魔的に見える笑いを浮かべ、言葉を重ねる。

「これは、江戸NPCには秘密だぜ! 知れたら、大事だからなあ……」

 それはそうだろうと、健一も思う。

 もし、自分たちの現実世界で、政府がわざと犯罪者を野放しにする政策を採っているとなったら、革命すら起きるだろう。

 二郎三郎は、くいっと盃を乾すと、眉を顰めた。

「だが近ごろ、妙な具合なんだ。俺たちの設定している以上に、犯罪者が増えているような気がしてならねえ……。その犯罪者も、盗人、強盗、殺しの他に、今日あそこで出会った、無理心中を迫るとか、突然、道の真ん中で刃物を振り回すとか、ここが(と、蟀谷の辺りで指をくるくる回した)調子っぱずれの奴が、ぼこぼこ出てきやがる……。妙だ!」

 その時、店の入口に、さきほどの同心が姿を現した。

 同心は店の中を覗き込み、二郎三郎の姿を確認すると、つかつかと近寄ってきた。一同は何が起きたのかと、同心の顔を見上げる。

 同心の顔には、脂汗が一杯に噴き出していた。

「鞍家殿! 少し、お話が……」

「どうしたえ? 何か、あったのか?」

 同心の両肩が、がっくりと下がっている。かなりの衝撃を受けた様子で、顔色は青白い。

「それが……先ほどの暴漢なのですが、たった今、息を引き取りました……」

 がたんっ! と椅子を蹴立て、二郎三郎は勢い良く立ち上がった。

「何ぃっ? 拷問でもしたか? そんな必要は、何一つないはずだぞっ!」

 がくがくと、同心は絡繰仕掛けのように、首を何度も上下に振った。

「当たり前です! 容疑は明らか、目撃者も多数! 簡単なお取調べをして、必要な刑罰を加えるだけなのですから。そのお取調べをするため、番屋に拘留していた間、ほんの少し、目を離しただけです。必要な書類を作って、尋問のために戻ったら、死んでいたのです」

 二郎三郎は、同心に顔を擦りつけるようにして怒鳴った。

「死因はっ?」

 同心はくたくた、と腰を砕けさせた。二郎三郎が無意識に放った【気迫カリスマ】のせいだ。

【遊客】の【気迫】は、どんな江戸NPCでも堪えられない力を持つ。唇を細かく震えさせ、同心はへたり込んだ姿勢のまま、二郎三郎に向かって報告する。

「い、今……医者を呼んで調べさせております……しかし、どう見ても心臓麻痺としか思えないそうで……。突然、何の前触れもなく、心ノ臓が停まったと、医者は申すのです」

 二郎三郎は唸っていた。何度も両手を握ったり、開いたりして、冬眠明けの熊のように店内を歩き回る。

 健一は、江戸仮想現実を形作る裏の側面を、垣間見た気持ちがしていた。

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