六
二郎三郎は、住処近くにある、安直な食事処に一同を誘った。二郎三郎の寝起きしている長屋は、狭すぎるからという理由だった。
どやどやと、健一、永子、剣鬼郎、二郎三郎が店の真ん中にどん、と置かれている大机の周りに座る。二郎三郎は、食卓の板を撫でながら苦笑した。
「本当の江戸なら、こんな食卓は、ありっこないんだが……。本当は、間仕切りで仕切って、一人用の食膳を使うんだ。ま、俺たち【遊客】用に、こっちのNPCが合わせてくれたのさ。それでも、俺の部屋へ案内するよりは数段ましさ。なにせ、俺の部屋は、たった二畳しかないんだぜ! 狭すぎらあ!」
健一は当然の疑問を呈した。
「そんな狭い住まいに、どうして住んでいるんです? もっと広い場所に移り住んだらどうです?」
二郎三郎は肩を竦める。
「そんな所に住んで、面白いかね? 俺はこうして、江戸の町をほっつき歩くのが、好きなんだ。第一、俺は【遊客】だ。本当に眠るのは、現実世界でと決めている」
永子が身を乗り出して、口を開いた。
「あのう……開闢【遊客】と呼ばれているそうですが。本当に、この江戸仮想現実を創り上げたんですの?」
二郎三郎は、ちょっと照れて見せた。
「いや。俺一人ってわけじゃない。最初に江戸仮想現実を創り上げた、征夷大将軍の呼びかけで、俺たち開闢【遊客】の面々が、得意分野を担当したんだ。以来、俺たちは、この江戸仮想現実が正常に発展するよう、色々と面倒を見ているのさ」
剣鬼郎は上機嫌である。
「なるほどねえ! 俺は、この江戸仮想現実を見つけて、以来、オフのときは入り浸りなんだが、住めば住むほど、本当の江戸時代で暮らしているような気がするぜ」
二郎三郎は、用心深そうな表情になった。
「あんた、村雨剣鬼郎さんとか、名乗ったな。あの剣鬼郎かね? 『剣鬼郎百番勝負』の?」
剣鬼郎は、にんまりと笑った。
「いやあ! 開闢【遊客】の、鞍家二郎三郎殿に存じ上げて貰って、光栄のいったり、来たりですなあ!」
百万年は時代遅れの駄洒落を飛ばして、一人で悦に入っている。
場が一気にしらけた。
健一は唇を舐め、話を変えた。
「実は、鞍家さんに相談したいのは、この江戸仮想現実で、仮想体験劇を撮影したいと思ったからです。それには、現地のNPCをスカウトして、演技して貰おうと計画しているのですが……」
二郎三郎は、呆れたように両目を見開いた。
「そりゃあ、驚きの考えだなあ! 本当に、ここで、撮影しようというのかね? こっちの江戸NPCを使って?」
健一は、剣鬼郎をちらっと見やって、頷く。
「ええ。剣鬼郎が説明したように、あなた方の江戸仮想現実は、実にリアルです。わたしたちが利用する、時代劇専門の江戸仮想現実では感じられない、本物の匂いが、ここにはあるんです!」
「ふうむ……」
二郎三郎は下唇を突き出し、天井を見上げて考え込んだ。腕組みをして、考え考え、言葉を押し出す。
「あんたらの目的は、リアル志向だな。そうなると、例えば歌舞伎役者などの、所謂プロの役者は、目的に適わない。そう理解して、良いのだな?」
「その通りです!」
健一は大きく頷いた。思ったより、鞍家二郎三郎という【遊客】は、こちらの意図を良く汲んでくれそうだ。
二郎三郎は腕組みを解き、会心の笑みを浮かべた。
「それなら、うってつけの奴がいる! 御家人って言葉は、判るかな?」
健一と永子は、顔を見合わせた。健一は時代劇の監督である。御家人くらいは、常識である。
「ええ、もちろん。御家人とは、直参でしょう? ただし、御目見ではないから旗本とは言われない……」
「そう、それだ! 俺の知り合いに、御家人の三男坊がいる。名前は大黒{おおぐろ}億十郎。察しの通り、跡取りではないから、今は部屋住みの身だ。従って、かなり行動は自由だから、あんたらの目的にピッタリだ」
二郎三郎の言葉に、健一は不意に、これからの展望が開けるような気分を感じていた。




