五
剣鬼郎が前へ飛び出し、帯に挟んだ刀を、鞘ごと引き抜いた。そのまま、上へ擦り上げるように振り上げ、突進する男の匕首を撥ね上げる。
きいーんっ! と甲高い音がして、匕首は、ぐさりと天井に突き刺さった!
「馬鹿野郎っ!」
二郎三郎が怒鳴り、足を挙げて、男の胸板をどんっ、とばかりに蹴り上げる。
「わっ!」
男は二郎三郎の蹴りを受け、そのまま後方へ宙をふっ飛んだ。
飛んだ先は、障子である。ばりばりっ、と大袈裟な音がして、男の身体は障子を突き抜け、そのまま外へと落ちて行く。
がらがっちゃん! と瓦屋根に男は転げ落ちた。
ひゃあっ! と悲鳴が上がる。外で「結果やいかに?」と見守っている野次馬の中に、男は飛び込んだらしい。
健一と永子は、思わず窓の桟に手を掛け、地面を覗き込む。
男は地面に、大の字になって伸びている。
周囲を、野次馬たちが、怖々と、だが同時に物見高そうに取り巻いていた。
男は完全に気絶しているようだ。白目を剥き、口許からは泡を噴いている。
二郎三郎が健一の隣に立ち、伸び上がって外を覗いて「へっ!」と肩を竦めた。
くるっと背を向け、どどどっと足音を響かせ、階段を降りて行く。健一の視界に、道路へ二郎三郎が飛び出してゆくのが見えた。
二郎三郎は片方の膝をつき、地面に伸びている男を覗き込んだ。瞼を引っくり返し、顎を掴んで、じっくりと観察している。
その頃になって、ようやく奉行所からの捕り方らが、押っ取り刀で姿を現す。先頭に定廻り同心が急ぎ足で近づき、後から捕縛用具を手にした手先が従いてくる。
「静まれ、静まれーっ! ええい、邪魔だ、邪魔だ! そこの浪人、お主が、騒ぎの元凶か?」
同心が叫ぶと、のっそりと二郎三郎は立ち上がった。立ち上がった二郎三郎を見上げ、同心は「おおっ?」と仰け反った。
「騒ぎの原因は、こいつだよ。もっとも、今は完全に伸びているがね」
二郎三郎が地面に伸びている男に向かって、顎をしゃくった。同心は、完全にへっぴり腰で、大の字になっている男に近づく。二郎三郎を見上げ、口を開いた。
「で、お主は?」
「俺は【遊客】の鞍家二郎三郎。住まいは成覚寺近くの、のたくり長屋だ!」
「鞍家……二郎三郎殿!」
同心の態度が、豹変した。
「お名前は、かねがね、伺っております。はあーっ、鞍家様で御座いましたか! つまり、この暴漢を、鞍家様が取り押さえ下さったと、仰るのですな?」
二郎三郎は面倒臭そうに、頷いた。
「ああ。あっちの……」と、二階を指差す。吉奴が嬉しげに、二郎三郎に向かって、手を振った。二郎三郎は顔を顰め、素っ気無く視線を外す。
「あの吉奴って遊女に入れ揚げた挙句、素っ寒貧になって、自棄になったんだな。それで無理矢理、心中を迫ったと──まあ、そんな次第だ」
「はあはあはあ……。それは、まことに、ご苦労で御座った」
同心は今にも、両手を揉み合わそうな勢いである。二郎三郎は苦笑いで答える。
「全く、ご苦労様ってやつだ。まあ、こいつは伸びちまったし、騒ぎは収まった。後は、あんたに任せるぜ」
同心はにんまりと、笑顔になった。捕り物の始末が呆気なく無事に済み、手を汚さずに手柄が立てられると、ほくほくしているのだ。
手下に命じ、手早く縄を掛け、男を立たせた。男はその頃になって、ようやく意識を取り戻したようで、大人しく腰縄を打たれて引かれて行く。
二郎三郎は、二階の健一らに顔を向け、叫んだ。
「済んだぜ! さあ、話を承ろうか?」




