四
障子が開けられると、男はぎくりと鎌首を擡げる。目が細くて、髪の毛はざんばらである。
目の光には狂的なものがあり、二郎三郎と剣鬼郎を認めると、きゅっと口許が引き締められた。
「誰だ、てめえらは? よっ、寄るなっ! 近づくと、こやつを殺すっ!」
男の腕が、ぶるぶると震えている。本当に、ぐっさりと突き刺す勢いだ。しかし、匕首を突きつけられている遊女は、全く動じていない。
二郎三郎は呆れたように、声を掛けた。
「おい、吉奴! 何で俺を呼びつけた? 迷惑だぜ!」
遊女の名前は吉奴というらしい。吉奴は二郎三郎を見ると、がらりと態度を変えた。
「だって、鞍家の旦那ぁ……! あちしは旦那に助けて貰いたくて……。判っておくれよぉ、あちしの気持ち……」
鼻声になって、身を色っぽくよじった。
二郎三郎は、ますます苦り切る。
「けえーっ! 冗談じゃないぜ! 俺に雑用を押し付けるんじゃない!」
健一は奇妙に思った。二郎三郎は吉奴に対し、全くといっていいほど、心配などしていないようだ。
男の顔に、怒りが差し上る。すっかり無視され、自尊心が傷ついたようだ。
「おめえら、何、ゴチャゴチャ話してやがるっ! 俺を馬鹿にしてやがるな……。お、俺が、女を殺す度胸など、ないと思っているんだろう?」
男はいきなり飛躍した結論に達した。
さっと、匕首を握った腕を振り上げる。
吉奴は悲鳴を上げた。
「旦那ぁーっ! 助けてっ!」
「馬鹿野郎っ! 自分で何とかしろっ! 俺は、一切、知らないからなっ!」
吉奴は憤然と、男に向き直った。
その瞬間、健一は新たな【遊客】の気配を感じていた。それまで存在しなかった、新たな【遊客】の気配。それは、吉奴から発していた。
男は、振り上げた腕を、ぴたりと止めた。
「お、おめえは……」
両目を、一杯に見開き、吉奴を見詰める。吉奴は顎を引き、男に対し強い気迫で臨んでいる。
【遊客】の特技に、気迫{カリスマ}がある。【遊客】が本気で怒りを込め、江戸NPCに対すると、独特な気迫が発せられ、NPCには対抗できない。
「ひっ、ひえーっ!」
がくんと腰が砕け、たじたじとなる。
健一は得心した。何と、吉奴は健一と同じ【遊客】なのだ。だから二郎三郎は、吉奴に対し、案じてはいなかったのだ。
しかも、吉奴は……。
【遊客】を【遊客】が感知するとき、男女の区別も感じられる。男には男の、女には女の【遊客】としての気配があるのだ。
今、健一が吉奴から感じているのは、男の気配だった!
吉奴は、男なのだ!
二郎三郎は健一らを振り返り、にやりと笑った。
「判ったろう? 吉奴は、実は男。こいつは【遊客】の気配を消す技を、会得しているんだ。だから俺は、一切、心配していなかったわけだよ」
「ふんっ! でも、あちしは、こっちでは本当の女なんだよ! ほら、ちゃーんと女の証拠もあるんだ」
吉奴は立ち上がり、帯に手を掛けた。着物の前を広げるつもりらしい。
二郎三郎は本気で慌てていた。
「よせっ! そんなの、見たくはねえっ!」
部屋の隅でぶるぶる震えていた男は、二郎三郎と吉奴の会話に、呆気に取られていた。
「吉奴が男……? ほ、本当か?」
二郎三郎は、同情したように返事する。
「ああ。本当だ。俺たちの言葉で〝電脳オカマ〟ってやつだ。こっちへ来れば、男でも女の身体が手に入るからな。おめえも、すっかり女だと信じていたらしいな」
「畜生っ! どいつもこいつも、俺をとことん、馬鹿にしやがって……!」
立ち上がると、盲滅法、手にした匕首を振り回す。狭い四畳半である。健一は、ひやりと鳩尾が冷えるのを感じていた。
男は、健一と永子を見て、くみやすしと思ったようだ。どどどっ、と突進して、身体ごと体当たりをしてきた。
「危ねえっ!」
剣鬼郎が叫んだ。




