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電脳役者~月村健一の意外な運命~  作者: 万卜人
第三回 圧倒! 開闢【遊客】鞍家二郎三郎登場! 之巻
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「びえっくしょん!」

 妙なくしゃみに、健一は鼻を啜り上げた。海水に、どっぷり、頭まで浸かったのだ。嚔くらい、出る。

「風邪ぇ引かないかな……」

「ぶあっはっはっはっは!」

 健一が呟くと、剣鬼郎は仰け反って笑った。

「引くわけ、ないだろう? ここは仮想現実だぜ! 本当に、あんたが水に入ったわけじゃないんだ!」

 ぐすっと、健一はもう一度、鼻を啜る。言われてみれば、その通りだが、もう少し言い方ってのがあると思う。

 剣鬼郎は、まるっきり同情する様子もなく、顎をしゃくって健一と永子を急かせた。

「ともかく、鞍家二郎三郎とかいう、開闢【遊客】を探そう! 俺も直接そ奴に会うのは初めてだが、心当たりはある」

 剣鬼郎はさっさと足を挙げ、歩き出す。懐手をして、大股に進む。闊歩の様子は、完全に江戸仮想現実を把握しているようで、自信たっぷりだ。

 品川の町を歩くと、行き交う江戸町人たちが、先頭を歩く剣鬼郎に気付き、目配せ、袖引き合って、何か囁いている。

「あれは……?」「村雨剣鬼郎様じゃないか?」「ああ、俺、一度お顔を、拝見したことがある!」「本当か?」

 ざわめきが、三人の後から従いてくる。

 ついに、一人の町娘が、意を決した様子で、剣鬼郎に近づいた。年の頃なら番茶も出花、十七、八くらいの、可愛い娘である。

「あのう……、もしや、あなた様は、村雨剣鬼郎様で御座いましょうか?」

 話し掛けられた剣鬼郎は、立ち止まり、大きく頷いた。

「然り! 拙者が、村雨剣鬼郎である!」

「きゃあっ!」と黄色い歓声を上げ、町娘は、両手を打ち合わせた。

「やっぱり、剣鬼郎様よ!」

 娘の大声に、わっとばかりに、人だかりができた。人込みに健一と永子は押され、たじたじと踏鞴を踏む。

「剣鬼郎様だっ!」「ありがたや……!」「おいっ、お前の頭が邪魔で、剣鬼郎様を拝めないじゃないかっ!」

 わあわあと、大騒ぎ。押すな押すなの人だかりで、中には何を勘違いしたのか、両手を擦り合わせ、口の中で「南無……」と唱えている奴もいる。

 剣鬼郎がいる、という噂で、たちまち辺りは大混雑。叫ぶ奴、泣き出す奴、笑い声を上げる奴、ついには「ええ剣鬼郎印の饅頭はいかが?」と物売りが出る始末(嘘!)。

 健一と、永子は、憮然と顔を見合わせた。

「どうなってんの?」

 永子に問い掛けられても、健一は何が何やら、さっぱり判らない。むっつりと、黙り込んでしまう。

 とにかく、剣鬼郎は大人気だ。人込みの真ん中に位置する剣鬼郎は上機嫌である。

 健一は人群れを掻き分け、掻き分け、剣鬼郎に近づいた。

「おいっ! 剣鬼郎……これはいったい、どういう騒ぎなんだ?」

「まあまあ、月さん。慌てるな。こんなのは、いつもの騒ぎさ。驚くにはあたらない……」

 剣鬼郎の言葉に、健一はむかむかと怒りが込み上げた。

「目的を忘れていないか? 鞍家二郎三郎という開闢【遊客】を探すんだろう?」

 剣鬼郎は、ぱちんっ! と自分の額を叩いて、ついでに横手を打った。

「おっと、忘れていたっ! 済まん、済まん。それでは……」

 ぐっと背筋を伸ばすと、朗々と声高らかに周囲に話し掛ける。

「おーい……。俺は鞍家二郎三郎氏という【遊客】を探しておるんだ! この中で、鞍家二郎三郎殿の、お住まいを知る者はおらぬか?」

 喧騒がぴたりと停まり、全員が顔を見合わせた。

「おら、知ってる!」

 声が上がった。声を上げたのは、七、八歳くらいの男の子だった。足下は裸足で、ぱたぱたと足音を立てて近づくと、剣鬼郎の袖を掴んだ。

「おら、二郎三郎の居場所、知ってるよ!」

 剣鬼郎を見上げ、にっと笑う。

「よしっ! 案内してくれるか?」

 男の子は、空いた片手を突き出した。

「案内して欲しけりゃ……判るだろ?」

 剣鬼郎はくしゃくしゃと、笑い顔になった。

「よしっ! 案内してくれたら、十文でどうだ?」

「うん!」

 頷くと、剣鬼郎の袖を掴んだまま、歩き出した。健一と永子は顔を見合わせ、男の子の後を追った。

 歩き出した健一は、ふと背後を振り返る。群衆は、ぽかんとした表情で、剣鬼郎の背中を見送っている。

 しかし、なぜ、剣鬼郎があのような人気者なのか? ぶるっと頭を振って、今の疑問を横に押しやる。

 とりあえず、今は鞍家二郎三郎という【遊客】を探すのが、先決だ!

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