一
「浅倉玄蕃頭、貴様の御公儀転覆の企みは、明白になったぞ! 最早、逃れぬと知れ! 己の罪を改悛し、今、この場で潔く腹を掻っ捌き、武士らしく最後を遂げるか、それともこの村雨剣鬼郎の刀の露と消えるか、さあ、とくと覚悟を決めよ!」
村雨剣鬼郎の鋭い舌鋒が響き渡り、追い詰められた浅倉玄蕃頭のだだっ広い四角い顔に、さっと血が昇った。
ここは山深くにある、洞窟の奥まった一角である。辺りには木箱が山と積まれ、中央に陣取った浅倉玄蕃頭を取り囲むように、手下がずらりと居並んで、この場にたった一人、立ち向かう剣鬼郎を憎々しく睨んでいる。
辺りを照らすのは、壁に取り付けられた松明の炎。ゆらゆらと揺らめく炎の明かりは、周囲に奇妙な影を落としている。
追及されている浅倉玄蕃頭は、贅沢な絹服を身に纏い、ぼってりとした綿入れにくるまれた太い首には、びっしりと汗が浮かび、肥満した身体は瘧のように震えが走っていた。
すっくと地面を踏み締めている村雨剣鬼郎は、背丈は六尺を越えており、身につける着流しは、薄青色の地に、八岐大蛇の縫い取りという、ド派手な出で立ちである。
髷はわざと結わず、総髪に広い額、色白で、やや長い顎をしている。髭の濃い体質で、半日も髭剃りを怠ると、もう、黒々と顎と鼻下が染まる。
が、何と言っても、剣鬼郎を特徴付けているのは、かっ、と見開いた両目であろう。
切れ長で、白目が多く、怒りが満ちると、気の弱い者なら、直視できぬほど、炯々(けいけい)とした眼差しの持ち主だ。
一味の総代である朝倉玄蕃頭の周りには、手練れの手下たちが取り囲んでいるが、たった一人の剣鬼郎に、手も足も出ず、ただ押し黙っているばかり。剣鬼郎の物凄い気迫に、一方的に押し捲られている。
剣鬼郎の背後から、たたた……という微かな足音が聞こえてくる。
敵か?
いや、剣鬼郎を慕う、お園の足音だ。
今年、十八になったばかりのお園は、玄蕃頭の汚い罠に掛かり、この隠れ場所に捕われていたのだが、剣鬼郎が無事に救い出した。
すらりとした身体つきに、満月のような丸顔。娘らしい富士額の、町娘だ。実家は砂糖問屋を営んでいるが、お園は剣鬼郎を兄とも、いや、密かに夫として慕っていた。
しかし、武士の剣鬼郎に、町娘では釣り合わぬと、気丈にも一度たりとも思いを打ち明けることなく、今に至っている。
「お園! なぜ逃げぬ?」
剣鬼郎は、横目でお園の姿を確認して、きつく叱った。叱られたお園は、はっ、と立ち止まった。
が、それでもくいっ、と顎を挙げ、決意の表情で答える。
「厭で御座います。お園は、生きるも死ぬも、剣鬼郎様と御一緒いたします!」
剣鬼郎はお園の言葉に、さっと顔を背け、玄蕃頭に向き直った。
「勝手にせよ……! さあ、玄蕃頭、お前はもう、逃れられぬ。そろそろ拙者が連絡しておいた御公儀の役人が、この隠れ場所を包囲しておるころだ。聞こえぬか? あの声が」
剣鬼郎の言葉に、玄蕃頭はぎくりと耳を傾けた。剣鬼郎の言葉が終わらぬうち、洞窟の出口から「出会え! 出会え! 各々、油断するな」の声が遠く、しかし、誰の耳にもはっきりと聞こえてくる。
「くくくく……」
ようやく、玄蕃頭の唇から、呻きとも、怒りともつかない声が零れ落ちた。
「かくなるうえは……!」
肥満した身体つきには似合わぬ素早い動きで、玄蕃頭は壁にさっと駆け寄り、松明の一本を手にとった。
剣鬼郎は焦った。
「何をするつもりだ?」
玄蕃頭は微かに笑いを浮かべた。手に持った松明の明かりに照らされ、顔一杯に浮かんだ脂汗が、てらてらと光る。
「知れたことよ! こうなったら、一蓮托生……!」
叫ぶと、玄蕃頭は、手近の木箱に、手にした松明を押し付けた!
瞬間、木箱から白煙が湧き上がる。
木箱に詰められたのは、火薬である。
この洞窟には、幕府転覆の企みのため、一杯の武器弾薬が運び込まれていた。木箱一つ一つに、江戸城を吹き飛ばせるほどの、火薬が詰められているのだ。
「お園っ!」
剣鬼郎はさっと身を翻すと、お園を庇って洞窟の脇通路に飛び込んだ。
ぐあっ! と木箱が吹き飛び、次々と誘爆を繰り返し、洞窟は紅蓮の炎に包まれる。
爆風で、がらがらと洞窟の天井が崩れ、巨大な岩が落下する。辺りに広がる、濛々とした白煙と、土埃。
浅倉玄蕃頭の最後であった!