第八話 ぶつかった先輩が最強の先輩でした
「うぉおお!?」
「こらこら暴れない。男の子なんだから我慢なさいな」
男の子でもビックリするだろう、これは。
智佳さんが跳躍したと同時に体の回りに風が集約を始め、そのまま俺たちを乗せるかのように上昇していくと、屋上のフェンスを飛び越えて空中まで運び込んだ。
掴まっていても、足がふわふわする感触なんか経験したことあるわけもない。
人間の身体はよく出来ていて、自分の跳躍力以上の高さで飛ぶと自ずと恐怖心を感じるようになっている。
当たり前だが俺の脚力は自信があるとはいえ、屋上から地上まで届くものではない。だから今はひたすら怖いだけだった。
「景ちゃん、大丈夫?」
「そのまま風になりそうです」
徐々に高度が下がってきているが、まだまだ心臓がきゅんとなる。思わず智佳さんの肩に自らの両腕を絡めてしまうくらいだった。
「すぐだからもうちょっと我慢してね」
そんな俺を励ますかのように、俺の肩に組んでいた手を強く握ってくれた。
すると何が面白くないのか、不機嫌な声で月雪さんがいちゃもんをつけてくる。
「そんなに強くしなくても落ちないわよ」
「びびるなって方が無理だろ……」
「いいから、執拗に触るな!」
「なんで月雪さんが怒るのさ!」
「親友が変な男にベタベタ触られていたら誰だって怒るでしょ?」
「へ、変な男って言うな! 俺は変じゃないぞ、周りの人たちが普通すぎるんだ!」
「それを変って言うの!」
「こらこら、喧嘩しなさんな。犬だって食わないよ」
「……?」
「いや月雪さん、そこは夫婦じゃねーよって突っ込まないと暗に認めることになるよ。俺は構わないけどさ」
「え? あ、そういうことね!」
「あだだ! その角度から耳つねってくるの!? というかホントに意味わかったの?」
「相変わらずお勉強の方が疎かだね、ゆっち」
「む~……別に私、バカじゃないもん。周りのみんなが頭良すぎるのよ」
「いや、それさっきの俺が使った言い訳そのまんまじゃ……いてぇよ」
「ほれ、ついたよ」
くだらない言い争いをしていたせいで時間を忘れていた。
屋上から図書館まで数十メートル。それを数分間で移動できたらしい。まともに歩いていたら階段なども含めると、もう少しかかっていたんじゃないだろうか。
着地の衝撃がもっとあるかと思ったが、以前校長先生にやられた魔法みたいに地面に足がつく感触は非常に軽いものだった。
「ありがとう、智佳さん。ところで、さっきから使ってるこの魔法って風の魔法?」
一仕事終えたみたいに満足げな表情を浮かべている智佳さんへ俺は疑問を投げかける。
今度は腰を抜かすなんてことはなかったが、少しだけ膝が笑っているのを感じた。
「そうだよ。あたしは攻撃じゃなくて操作タイプだから、正確には風魔法じゃなくて気流を操ってるだけなんだけどね。他にも時間かかるけど、雨降らせたり、雷を起こしたりくらいなら出来るよん。攻撃タイプの人と違って、威力を完全に調整することはできないけどね」
腰に手をあてピースサイン。少し頭の弱そうな格好だけど、そのすぐ隣にもっと頭の悪い子がいるからか、そうは見えない。これが相対効果か。
「なんか言った?」
「言ってないよっ!」
高速で飛んできた手を弾き落として俺は距離を取る。気に食わなかったのか、追撃を加えつつける月雪さんを対応していたら、図書館から少しだけ道を外れた場所へ出てしまっていた。
「この! いい加減に観念なさい!」
「甘いわ!」
と弾いた手が向かった先は、とある下校中の男子生徒の制服だった。
まだ冬服なので生地が厚いからそこまで痛くはなかっただろう。それでも、その攻撃を受けた生徒はあからさまに不機嫌な顔をしてこちらを振り向いた。
「……なんだよ」
「!」
「あ、すみません」
「……ちっ。気をつけろよな」
大きく舌打ちをしてから再び前を振り向き、歩き出す。
なんだか感じの悪い人だったな。……というか、どっかで見たことある人だった。誰だっけ?
「もう忘れたの? 今朝話したでしょ? 今のが、土城先輩よ」
声を潜めて話す月雪さんの言葉を聞くと、ぱぁっと頭に情報が流れ込んできた。
そうだそうだ。あの人が去年からずっと首席の座に居続けている土城先輩だ。
写真だけで判断するのもなんだったが、実際に会ってみて確信したよ。
ホントに性格悪い人なんだな。もう少し愛想よくできないのかね。危害を加えた俺の台詞じゃないんだろうけどさ。
「ばっ、ばか! 聞こえてたらどうするのよ!」
「もう遠くまで行ったし、聞こえてるはずがな――」
パァンという高い音がした。
同時に俺の視界が空へと向けられる。衝撃が走ったのは、俺のちょうど顔面部。バランスを崩して倒れそうになったが、すぐに足を踏ん張り事なきをえた。
「天神!?」
「いたた……なんだ?」
鼻の頭がじんわりと痛む。音と衝撃でビックリしたが、ダメージそのものはそこまで大きくない。
ふと前を見ると、案の定だったが土城先輩が遠くでこちらを見ていた。
「口の利き方に気をつけろよてめぇ! 次おかしなこと言ったら本気でやるからな!」
結構な距離があったはずのなのに、どうして聞こえたのだろう。地獄耳なのかな。
いや、それよりも今の攻撃は一体どこから?
顔に受けた感触は、まるで……そう、固い骨で殴られた感じだった。けれども、拳とは少し違う。起伏の激しい拳骨の感覚ではなく、例えるなら手首の辺りで殴られたような……。
「大丈夫?」
珍しく心配してくれる月雪さんだったが、その優しさは今は俺に届いてこない。
あれが『狂拳鬼』の二つ名を持つ首席の能力か……。名前的に、さっきのは拳による攻撃魔法かなにかだろうか?
予定外だけど、いい収穫だった。月雪さんは嫌がっているが、あの性格ならいずれは戦うことになるだろう。少しでも手の内を明かしてくれてよかったよ。
何がそんなに不満なのか、肩を揺らせながら歩いていく背中を見て、俺は更に決意を固めていた。