第六話 始まりに欠かせない友との出会い
目を開けた時間は七時ちょっと前。二度寝をするような頭の重さはなく至って爽快。
枕元に設置した目覚まし時計のスイッチへ手を伸ばし予め切っておく。一人暮らし生活を始めてから身に付いた、アラーム設定時間前に起床というスキルを今日も俺は発動させていた。
軽く伸びをしてから立ち上がりカーテンを開け、すっかり春の日差しになった太陽光に目を細めつつ、新たなる生活への期待に思いを馳せる。
今日は四月三日。記念すべき高校生活二年目を迎える日だ。
そして、俺が特進科の生徒として活動を開始する最初の一日でもある。
顔を洗い、上着の下に着るシャツと指定の長ズボンへと着替えてから、朝の支度を始めた。
出かける前に関して、行き当たりばったりという言葉が大嫌いな俺は、今日必要な荷物はほぼ鞄につめ終えている。後は今から作成するお弁当箱だけだ。入学式は午前で終わるのだが、午後からも文献を読み漁りたいので昼飯を持参、とのことだ。わかると思うが、俺じゃなくて月雪さんの言葉だぜ。
おかず欄は昨日の夜に作ったものや、冷凍食品で埋めるが米だけはそういう手抜きをしたくない。自炊を始めることになってから両親に購入してもらった魔法瓶タイプのお弁当箱がせっかくあるのだから、出来るだけ新鮮なものを詰め込んで行きたいというこだわりなのだ。ほかほかご飯っておいしいもんね。
弁当箱に料理をつめつつ、簡単に朝食も作る。といっても、おかずを適当に作って、炊いてあるご飯と温めなおした味噌汁をよそうだけなのだが。
実家から持ってきたインチの少ないブラウン管テレビに流れるニュースを眺めつつ、徐々に家を出る態勢を作っていく。いつでも出発できるようになったのは、予定の十数分前。うん、いつも通りだ。
入学式と言っても、俺たち二年生からしたら始業式ということになる。クラス分けなども発表されるのだから、早めに行っても問題はないかな。
そう思い、予定よりも少しだけ出発時間を早めて玄関の戸を開けた。
「きゃっ!?」
「うわっ!?」
開けた途端に人の気配がしたので驚いた。
家を出てすぐの所に月雪さんが居たのだ。
「び、ビックリした……何で出てきたのよ?」
「はは、制服と鞄を携えたこのルックスを見てよくそんな台詞が言えるね」
「てっきり寝坊でもするかと思ってたのに……」
「テンプレ人間じゃあるまいし、そんなことはしないよ。特に一人暮らしの人間ならね」
「そう……。残念ね」
「で、どうしたの?」
「……さっき言われた言葉そのまま返すわ」
「どうせ月雪さんのことだから、これから嫌でもあんたと云々でしょ? わかってるよ。ある程度はもう目途はついてる」
「へ?」
とりあえず立ち話なんてしてたら、計画的に行動していることが無意味になってしまうので足を進めるように促す。
「生徒手帳で他の人たちをパパッと見させてもらったんだ。タイプしか書いてないから不確定だけど、それは月雪さんの知識や実際に会って確かめてみるさ」
「……何の話してるの?」
「魔法タイプは五種類。攻撃、防御、操作、強化そして召喚だ。そこから更に派生でスタイル、つまりは『属性型』へと枝分かれしていく。『攻撃タイプ、火炎型』みたいな感じだよね? 生徒手帳には大まかなタイプしか書いてないから、誰なら魔法レベルが低くても勝てそうなのか見当がつかないんだ」
「だから、何について」
「番号入替決闘だよ。やれるうちに早く上位番号になりたいからね」
「……簡単に言うけど、修練を積んだ首席や一桁の人たちは本当に強いわよ? もしかすると勘違いしているかもしれないから言っておくけど、三年生=首席が居るなんて思わないでね」
「そうなの? 今の首席は三年生に居たはずけど……」
「その人、土城 総司って名前じゃない?」
「あぁ、その人」
今は郊外なので使えないが、生徒手帳でその人を見た覚えがある。言っちゃ悪いが、目つきが悪くて無表情だったので印象はあまり良くない。
「土城先輩は、去年からずっと(・・・・・・・)首席よ。もっと言うなら、二年生の夏休み明けから既に首席だったわ」
……ということはつまり、前に卒業した先輩方よりももっと上ってことか?
あれ、じゃあもしかして去年は誰一人願い事をかなえず卒業していっちゃったのか?
「えぇ、でもそれは先輩達だって許せないことでしょ。せっかく三年間頑張ったのに、一番のご褒美が誰も得られないなんて」
「そりゃあ、まあ」
「卒業式の開始前、土城先輩を校舎の裏に呼び出した先輩が五人いたわ」
「なんて嫌な卒業告白なんだ……」
「もちろん、バラバラじゃなくてまとめてね。どうなったと思う?」
「……まさか返り討ち?」
「えぇ。しかも五人中、三人が一桁の先輩だったらしいわ。それも含めて、全員TKOじゃなくてKOで勝利しちゃったみたい」
なんて恐ろしい人なんだ。詳しくは思い出せないが、たしか攻撃タイプだったはずだ。やはり覇者になるのはポピュラーなタイプなんだろうか……。
「一番数が多くて、強いのは攻撃タイプね。やっぱり、炎や雷の攻撃は単純に火力があるわ。ただ、防御タイプとは矛と盾って関係になるわね。次点では操作タイプかしら。精神操作型の人もそこそこだけど、今のところ一番上の番号で操作タイプの人は物質操作型ね。強化タイプはあまり強い人が居ない印象だけど……最近では頑張ってる人も見受けられるわ」
得意げになって説明と解説をしてくれる月雪さんに向かって俺はおずおずと手を挙げて質問する。
「……先生、召喚タイプはどうでしょうか」
「絶望的ね。例が居ないからなんともいえないわ」
「今絶望的って言ったじゃん。どっちなんだよ、実際」
「それはやってみないとわからないわ。ともかく、そんな人たちを倒して首席にならないといけないのよ、あんたは」
「わかってるよ」
返事をして目の前をきっと睨んだ。
目の前には大きく開かれた特進科の校門がある。
本物の魔法使いどもがどれほどかは知らないが、魔法が使えるってだけで最強を謳うなんてのは気に食わないな。俺は昔から逆境が大好きでね。
単純な魔力とタイプが一番強いなんて公式、俺がひっくり返してやるよ!
――――。
「あんたとあたしは同じ、二年D組ね」
「みたいだね。校長先生がわざとそうしたんだろうよ」
昇降口の前に浮かんでいる掲示板に描かれた番号を見る。
人ごみの中でもみんなが平等に見られるように数メートル浮かんだ金属製の板に、学籍番号と名前が転写されている。一学年、AからDまでの四クラス。人数は基本的に二十五人と少数精鋭だ。
「やっほー、ゆっち(・・・)! 元気しとったかい!」
「ひゃっ!?」
威勢のいい掛け声と共に、月雪さんの首筋に白い手が伸ばされた。どうやら弱点みたいで、触られたと同時に聞いたこともない悲鳴をあげる彼女の表情は普段見慣れないものだったので少しドキドキしてしまった。
「んお? みない顔だね、でも二年生……だよね? こっちの掲示板見てるってことは」
「あ、あぁ。今日から転科してきた天神 景だ。よろしく」
「……あー! 噂で聞いてるよ! 普通科から転科してきた特待生だよね? スカウトされたことになってるらしいけど、ホントはゆっちが粗相をしたからなんでしょ? そっちも風の噂で聞いてるよ~?」
ズバズバと事実を言ってのける女子生徒は、月雪さんより少し背が低くて、髪の毛もミディアムに切り揃えられている。言動の活発さ、表情の変化の仕方や仕草を見る限りでは、悪い人ではなさそうだ。月雪さんが綺麗な人とすれば、この人は可愛い人ってところだろう。
「おっと、失礼いたした! 名乗らせておいて、あたしが名乗らないのはいけないね! わたくし、陽上 智佳と言いますですじゃ! タイプは操作で二つ名は『天掴女』ってんだ! 学籍番号は151番! よろしくね!」
元気一杯の笑顔で差し出された手を取り、熱く握手を交わす。
初対面の人は苦手じゃないが、この人ぐらいズケズケと相手のテリトリーに入られれば人生楽しくやっていけるんじゃなかろうか。
「もー……挨拶に首を攻めるのはやめてっていつも言ってるでしょ?」
「悪いねー、ゆっちの反応が毎度毎度楽しくてやめられないのよん。」
「まったく……今度からはやらないでよね」
「それは約束しかねるね。そいで、どこのクラスだった? あたしDクラスだったよ!」
「あ、じゃあまた今年も一緒なんだ」
「おー! そりゃ楽しそうだー! よろしくねー! じゃあ先に教室行って待ってるよ、なんだかお邪魔しちゃったみたいだしね、くひひ」
「何言ってんのよ、さっさと行きなさい」
楽しそうに含み笑いをする陽上さんへ月雪さんが手を振る。
性格的にはそこで、な、何言ってるのよバカ! 別にそんなんじゃないんだからね! くらいの反応を見せて欲しかった。多分足りないのは好感度だな。
ラブ○ラスで鍛えたフラグ処理能力を舐めるなよ。いつかデート中に五回もキスをせがむような依存体質にさせてやんよ。
「さ、行くわよ」
「一つ聞きたい。何も言った覚えはないんだけど、どうしてキミは俺の耳を引っ張るんだい」
「邪なこと考えてるからよ」
「まさかお前、サイコメトラー!?」
「顔に出てんのよ、ばか! クラスの確認も終わったでしょ。私達もさっさと行くわよ」
結局、教室に着くまで耳は離してもらえなかった。
――――。
「ねーねー、天神くんってどこの大学目指してるの?」
入学式兼始業式が終わり、担任の先生のよくある話(どこも結局は同じなんだな)を耳にし終わった直後だった。
少人数なため、広く感じる教室の指定された机の前に突然先ほど出会ったばかりの、陽上さんが出てきた。これからお弁当広げて、図書館に篭る予定だったので不意をつかれてしまった。
「なんでいきなり? 進学志望って言ったことあるっけ?」
「ないよ、まだ会話なんて自己紹介くらいしかしてないじゃん? もしかして就職希望者だった?」
「だよな。あ、進学先だっけ? 俺は帝泉大学目指してるよ。今のところ就職は考えてない。大学出てからにしようかと思ってる。見分広めたいし」
「へぇー……おん? 帝泉大学って、胸に七つの傷を持つ選抜された超エリート共が行くと噂の?」
「世紀末じゃないと合格しなさそうな設定にしないでくれるかい」
「へー、凄いね。賢いんだ、天神くん」
「いや、別にそんなことは……」
「謙遜すんなって! ……ん~、ところで話変わるけど、天神って微妙に発音し難い名前だよね」
「ま行の音が二つも入ってるからな。二回も口閉じないといけないから若干呼びづらいね。だから大抵の友達は下の名前で呼んでくるよ」
俺は口をパクパクと開け閉めしながら、鞄を机の上に置きファスナーをスライドさせた。
「あはは、面白いねーキミ。それじゃ、あたしも下の名前で呼んでもいいかね? あたしのことも気軽に智佳って呼んでいいからさ!」
「え? あ、うん。いいよ」
「よっしゃ、じゃあ景ちゃんや! お弁当でも食べにいこうか!」
なんで今から昼食を取ることがわかったんだ、と疑問に思ったと同時に鞄を見た。
ないね。俺の弁当箱。
視線を上げる。
あるね、俺の弁当箱。
ふわふわ浮いてるね、空中に。
「魔法瓶タイプとは贅沢な! 没収だねこれは! 中身がどんなものかなー」
「返して俺の163円!」
「へへーん、屋上で待ってるよん!」
無邪気な笑顔を見せると、陽上さ……智佳さんは窓を開けて外へ飛び出してしまった。
二年生だから、もちろんのことここは二階だ。女の子でなくても、通常ならそんな高さから落ちたら大怪我をしてしまうだろう。
が、忘れてはいけない。ここは魔法が日常茶飯事に存在する世界なんだ。
ほらみろ、智佳さんは重力をまるきり無視するみたいに上へ飛んでいったじゃないか。
「活発な子でしょ」
「活発というか、天衣無縫って感じだね。嫌いじゃないよ、あんな人」
「あんた、ああいう子がタイプなの?」
「そういうわけでもない。話していて楽しいのは男女問わず好きってだけだよ」
「ふぅん……」
ことの顛末を見てから、月雪さんが俺に声をかけてきた。自慢の友人なんだろう。俺がビックリする姿を見て、まるで自分のことかのように頬を綻ばせていた。
「これからのことも話したいから、私達も屋上に行きましょ」
「ほう、これからのこととな? 遂に覚悟が出来たみたいだね。ちょうどいい、俺の鞄には実は都合よく婚姻届けも入っていてね、印鑑なら既に押してあるから月雪さんは拇印で構わないよ」
と差し出した書類は目の前で、飛び切りの笑顔でビリビリに引き裂かれた。
そして空いた手は俺の耳を掴んでいる。
そろそろ耐性がついてしまいそうだ。