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第五話 回想の終わりと新学期へ向けて

 これで回想はおしまいだ。

 こうやって段階を挟めば、なんとか順応できたのではないだろうか。かなり強引だけどな。



 学校へつくと、月雪さんはまず俺を図書館へと招いた。

 図書室ではなく、紛れもなく『図書館』だ。教室のある本舎のむき出しの連絡路を通ってから見えた古い木造立ての西洋建築物の中は、全て書物で構成されているらしい。


 途中でガンガン魔法を打ち合っている人間を見かけた。ファイアーボールだとか、アイスシールドだとか、妄想の中で何度も使った魔法が飛び交う風景は圧巻だ。俺には出来ない行為なんだろうが、憧れるくらいは自由だろ。素直に羨ましいよ……。


「察するに、図書館では召喚魔法のお勉強でもするのかな?」

「えぇ、もう十数日とはいえ新学期まで時間はある。あんたが正式に特進科の生徒になったら、『番号入替決闘(オルターバトル)』が出来るようになるわ。それまでに少しでも力を蓄えとかないと……」

「オルターバトル?」


「さっきそこでドンパチやってたでしょ? あれがそうよ。学籍番号を変動できる方法の一つなの。決闘を申し込んで、互いが『許可(リーブ)』すると勝負が開始。TKOかKOをさせると、相手の番号か、成績差によっては更に上の番号へ成りあがることができるのよ。もちろん、普通の魔法試験でも番号をくり上げることは可能だけど……一年間も空白のあんたがそれだけで首席になれる確率はゼロに等しいわ。召喚タイプならなおさらね」

「酷い言われようだな、俺。自信なくすぜ……」

「嘆いても仕方ないでしょ? 泣きたいのはこっちの方なのよ。とにかく、私の魔力が戻るまでは我慢して」


 回転式の扉を動かして図書館の中へ入る。入ってすぐあったのがセキュリティの結界だった。資料の持ち出しも厳しく取り締まっているらしい。

 来月から入学の俺だが、すんなり入れることができた。聞くところによれば、腕章と生徒手帳の中に刻まれたデータで認識しているらしい。


「そういえば、初めて生徒手帳を開いたときはビックリしたよ」


 胸ポケットに入っている手のひら台の薄っぺらな黒手帳を取り出して開いてみる。

 ページ数はなんと驚きの三ページ。だが、蓄積されている情報量は一冊の辞書レベルものだ。


 まず一ページ目。開くと同時に魔法が発動し、所有者のバストアップ写真と生年月日などのプロフィール、更には校長室で見た『素質検定魔法(サーチ)』の小型版までも表示してくれるページになっている。


 二ページ目は校則についてズラーっと書き並べられており、ページの端を掴むとスクロールする設定になっていた。覚えることはやはり、たくさんあった。まだ丸暗記はしてないが、近いうちにやらなければならなそうだ。


 最後の三ページ目には、他生徒の情報が載っている。検索サイトのように、四角い空白が浮かび上がっており、手帳には小型のキーボードが出現している。そこに、知りたい学籍番号、または名前を入力すると、該当番号の生徒情報が見ることのできる仕組みになっているのだ。


「俺の学籍番号は……『287番』か。ビリってわけでもないのか?」

「いいえ、ビリよ。今のところあんたの魔評点はゼロだからね。転校、退学者がいるからキッチリ300にならないだけで、そこらへんの成績不振者(ドロップアウター)よりももっと下の番号なのよ。更に言うなら、入学予定の一年生より下ってことね」


「そりゃ残念だ。実はいきなり二桁レベルの実力者でした! とかだったら良かったんだけどな、天才タイプ的な感じで」


「学籍番号と魔評点は連動しているのよ。いくら天才型でも、せいぜい三桁前半が限界でしょうね。魔力の保有限界は学籍番号とほぼ同じだから、まずは魔評点がないと一般人と変わらないことになるわ」


 なるほど。さっき月雪さんが『魔力が戻るまで待って』と言ったのはそういうことか。今の俺の魔力はほぼゼロに等しいというわけなんだな。


 天才型というのはもちろん稀にいるようだが、単純に飲み込みが早いだとか扱いが上手いというだけで、初っ端から強力な魔法を使えるというわけじゃないらしい。


「ま、俺はケツからぶちぬくのが好きだから構わないけどさ」

「……あんた、まさかソノ気があんの?」

「諦める気はないぜ、ってアピールだったのに……俺の気遣い返してくれる?」

「だったらネタの振り方を気をつけなさい……よし、あった」


 本舎と同じ三階建ての図書館の階段を登りに登り、ついた先にまるで無限とも思えるくらい並べてある本棚の中から、月雪さんは一冊の古ぼけた叢書を取り出した。


「それは?」

「召喚魔法について書かれている本よ。超初級編だけどね」


 保存状態がいいのか日焼けなどは全くしていなかったが、それでも埃っぽい。月雪さんも、何度か表紙を手で払う仕草をしてから読み始めていた。


「な、なぁこれって、古代の象形文字かなにか?」


 机に置いてパラパラとページを捲る後ろから内容を覗いてみたが……書いてあることはさっぱりだった。

 見たこともない言語がミミズのようにぐねぐねと刻まれている。時々添えてある挿絵を見ても内容を読み取ることは不可能だった。


「あー、そっか。『魔法文字』も勉強しなきゃいけないわね、あんた」

「まだ学ばないといけないことがあるの!?」

「世の常識とかけ離れた存在なのよ、魔法って。今までの固定概念はほとんど捨てていかないと、これからやっていけないわよ?」


「処罰内容の確認、校則の確認、タイプの確認、番号入替決闘(オルターバトル)のルール確認、魔法文字の習得、更には召喚魔法の習得……やること多すぎやしないか?」

「ベクトルが違うだけで、普通の学校だって同じくらいたくさんの制約があるのよ。時間が経てば自然と慣れるから安心なさい。数学の問題を解くほうが難しいくらいよ」

「はぁ……」


 ため息をついたところで現状が変わるはずもない。

 彼女の願望と滲んだ涙を見て、何が何でも首席で卒業したろうかと決意したのが今朝だっけ。

 昼下がりになるまでの短時間で、もう諦めたくなっている自分がそこに居た。




 更に一週間が経った。

 遂に次の週からは魔法学校の生徒として本格的に勉強を始めていくことになる。

 今日も俺は魔術書を読んで、ひたすらに召喚魔法について予習をしていた。


「あら、早いのね」

「あぁ月雪さん、おはよう」


 中身は放っておくとするならば、何度だって言うが彼女は相当美しい。

 今まで憧れていた女の子と毎日とは言わずとも、考えられないような頻度で会話して一緒の机で勉強できるなら何があろうと学校へ足を運ぶさ。

 今日も、髪が邪魔にならないように、と後ろで二つに結んだうなじフェチ垂涎のスタイルでやってきた。


「渡した本はもう読んだ?」

「あぁ、バッチリだよ。ちょっと物足りなかったから、もう一冊別のを読んでるとこ」

「え?」


 ん? おかしなこと言ったか?


「前会った時は、一冊読むのに二日以上かかってたわよね?」

「それは三日前の話だろ? 男子三日合わずばかつ目して見よ、だよ。母音子音の区別も完璧につくようになったし、今はもう一日一冊のペースで読めるぜ。英語の勉強の方がもう少し難しいかな。ラッキーなことに文法が日本語と同じ構成だから読みやすいしね」

「……」


 信じられないものを見る目をぶつけてくる月雪さん。信用してないのかな。


「召喚魔法は通常の魔法とは違い、使い魔との契約と詠唱が非常に重要な点となる。それは次元の彼方への呼びかけ、時空間座標の指定などを行わなければならないからだ。更に、使用するものは召喚者の魔力と体力であり、顕現している間は魔力の他に、その体力も吸われていくので注意が必要である。悪しき者が聖なる天使は呼べない。弱き者は豪なる鬼を呼べない。学ぶに際してもっとも注意すべき点は、自らの性格、資質にあった使い魔を探し出すことである。契約を交わすことはどの使い魔とも可能だが、呼び出すに価する条件を満たさなければそれは意味をなさない」


 俺は一週間で呼んだ本の内容を要点だけまとめて言ってみた。校長先生が言っていたように、非常に強いが、リスクが大きいことがわかる。


 また条件がシビアで、まだ俺に合った使い魔(召喚の対象のこと)が見つからない。今はひたすらそれを探しているといったところだ。魔力が少ないせいで、呼び出せそうなやつらもかなり少ないし……。


「私がちゃんと読めるようになるまで半年かかったのに……あんた、ホントに天才タイプかも……」


 驚愕の表情で呟くように言う。

 いやいや、それはないだろ。ちょっと勉強すれば楽に解読可能な文字なんだ。時間はそんな必要じゃないはずだけど……。


…………いや、まさかそんなことはないだろうけど……。


「月雪さん」

「何?」

「∀ってどういう意味の記号かわかる?」

「……Wの後だっけ?」

「Xを忘れないであげて」


 やっぱりそうなのか。校長先生から聞いてはいたけど、ここまでとは……。

 予想が違わなければ、多分俺でも勉強の成績ならトップクラスになれそうだな。

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