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第二話 巻き込まれてるけど、自分の意志で




……。




…………。




「いや、ないでしょ」

「……驚愕でもなく動揺でもなく否定ですか。面白い子だ」


 校長はくっくっと肩を揺らして楽しそうに笑う。

 俺も同じように愛想笑いをする。

 それが普通だろう。


 だって……魔法? それはないだろ。

 呪術とか魔法ってものの類は、まだ人類の文明が発達してなかった頃、不可解な現象などに対して先人がつけた浅薄の証だ。当時の人間ならばまだしも、二十一世紀という今に生きる俺たちからしたら、それは冗談としか受け取ることができない。


「では、頭の良いあなたには証拠を見せるほうが早いかな」


 証拠? 良いですよ、やれるもんならやってみてください。どんな手法かはしらないが、どうせ手品みたいなもんでしょう。実は俺は手品のネタを暴くのが得意でね、ある程度のものならすぐ見破ってみせますよ。


「ほいっと」

「あはは、凄いですねこれ一体どんな仕掛けなんですかぁああああ怖いぃいいいい!」


 男性が座ったまま俺の方へ手のひらを向け、くいっと一度上へと扇ぐような仕草をした。

 それが合図と思い、社交辞令的に付き合ってやろうと返し文句まで考えていたというのにこの有様だ。


 本当に、俺の身体が宙へと浮かび上がりやがった。


 天井までの高さは精々二メートル弱だろうが怖いものは怖い。拘束感がないということは、糸では無い。足をバタつかせても手をブンブン振っても、何の変化も起こらなかった。ただ俺の身体が空中に浮かんでいるだけだ。


「……これでわかった? ここは魔法学校で、あんたはここに紛れ込んだ一般人なのよ」


 いつの間にか復帰していた月雪さんが偉そうにふんぞり返っている。


「それはわかったから下ろしてください……凄く怖いです」

「すみませんね、手荒な方法で」


 今度は逆の仕草をした校長の動きに連動するよう、俺の体はゆっくりと地面へと降下していった。地面に足がつくと同時に俺は床にへたり込む。情けないことに腰が抜けていた。心臓がバクバクいってるのが頭の中に響いてきやがる。


「さて、次にこの校舎の話をしましょうか」


「まずですね、魔法が存在することについてはわかって頂けたかと思いますが……この力が使えるのは特殊な結界を張ったこの敷地内だけなんですよ。実は魔法と言うのは誰でも使えるし、それに気づくか気づかないかの問題だけなんです。

 例えば、有名な学者、著名な作家など各界の最高峰と呼ばれる人間は実は微小ながらも、己の力や精神力を高める魔法を無意識に発動していたりするのですよ。ただ、普通はそれに気づかず生涯を終えるのが大概でしょう。そこで我々は考えたのです。

 もしも、人為的にその魔法を扱えたら……? と。そして、他の世界と異なる事象が成立する世界で三年間学べば、きっと勉学だけではなく得がたい様々な経験を積むことができるのではないだろうか、と考えたのがこの校舎設立のきっかけです。

 最もらしく語ってはいますが、魔法の存在に気づき活用しようと考えた初代校長が一番すごい方なのですがね。私はその流れに乗って、たまたまこの席に居座っているだけです」


 続けて月雪さんが腕を組みながら付け足す。


「ちなみに、特進科を合格する条件はただ一つよ。『敷地内に自分の意識で入ることができるか』なの。誰もかれもが使える力といっても、しっかり選定をしないと悪用する人が絶対出てくるからね」


「この敷地内には、魔法の素質がある人間以外には決して立ち入りができない結界を私がかけています。あの長い坂をのぼったその時に、もしも無才ならばそこで急に記憶が混乱し帰宅してしまうように仕向ける効果をかけていたのですよ。受験生の場合は、落第したという事実を記憶の中に作り上げる設定になっています」


 男性はニコニコと笑い続けている。

 にわかには信じがたいけど、そんな仕組みになってたのか……。誰でも使えるってんなら、確かに人を選ばないと怖いよなぁ……。だから人数をかなり限定しているわけか。

 どんな魔法があるかは知らないけど、下手したら世界征服だって出来ちゃうんじゃないか。


「…………ってあれ? でも俺、普通に坂をのぼりきったような……」

「そこですよ」

「この話の本題は、ただ一つ」


一呼吸おいてから、校長先生は言った。



「天神くん、特進科の生徒になりませんか?」



 柱時計の短針の音が辺りを包む。その間、俺の脳内では必死に現状を理解しようとフル稼働していた。


 特進科の生徒に……?


 進学する気満々だった俺にしてみれば、願ってもないことだけども、学ぶのは学門じゃなくて魔法なんだろ? 意味わかんねぇよ。何の徳があるんだ? この敷地内だけでしか使えないなら、世に出てどんだけの役に立つんだよ。無意味じゃないか。だったら俺は現状に満足してるし、普通の高校で普通の勉強をして普通に進学する道を選ぶぞ。


「いや、遠慮しときま」

「ところで、我が科の進学率、就職率が高いのは何故だと思いますか?」


 質問に重ねて質問とはやるなこの人。話させるつもりゼロか。


「何故なのかは追々説明しますが、この学校の成績上位者は有名大学にすんなり入れるくらいのレベルを持っているのですよ。それでも断りますか?」

「…………先に、何故なのかを聞かせてください」

「ま、当然の返しでしょうね。じゃあ月雪さん、説明してみてください」


 校長が手を月雪さんの方に向けると、腕組をしたまんま頷き指示に従った。


「いい? この学校はいわゆる通常の学校と違って学ぶ分野が魔法というのはわかったわよね? 当たり前のことだけど、ここでいくら魔法を学んだところで現実社会じゃ何の役にも立たないわ。卒業時には、学んだ記憶や経験は残るけど、その魔力は全て失われてしまうの」

「は? それじゃホントに、ここで勉強する意味ないじゃないか」

「いいから聞きなさい。どうしてそんなことになるかと言うと……卒業生にはその培った魔力や成績に応じた評価ポイントによって、学力や技能等が得られるようになってるからなのよ」


「……つまり、ひたすら魔法のお勉強をすれば本当に有名国立大学だって夢じゃないってこと? 俺だって、何かのヘヴィー級チャンピオンになれるかもしれないってことか?」


「そういうこと。他にも色々賞与とかシステム面のこととかもあるけど、基本的な説明はそんなとこね」

「……というわけです。どうですか? 悪い話ではないでしょう」


 確かに、一つのことだけやれば有無を言わさず将来が確保ってんなら、それほどおいしい話はないけども…………。疑問なんだよな。


「どうして俺なんかにそんなこだわるんです? 基本、知られてはいけないような仕組みになってるのに、ちょっと素質がありそうなだけでスカウトしてくるなんて……そちらのメリットが考えられないんですが……。受験のシーズンはもう終わりましたよね? 定員割れを気にするようにも思えないし……」

「えぇ、正直に言ってしまえばこちら側のメリットはないといえばないです。既に来年度の一定員数は確保できましたし、まだあなたがどれほどの素質なのかという検査すらしてないのに、誘いをかけるのは論理的には間違っていると言えますね」

「なら、どうして?」


「学校としてはなくても、個人としてはあるんですよ。ね、月雪さん」


「うぐ……」


 校長はニコニコしながら月雪さんを見る。その言葉を聞いた途端、今まで堂々としてた彼女は空気の抜けた風船のように縮こまってしまった。


「お察しのとおり、この校舎のことは外界には秘密です。安易に公にしてしまうと、夢を見てこぞって入学希望者が増えますからね。いくら私の結界といえど、数が多すぎると流石に捌けなくなってしまいます。人選にブレがあっては困りますからね。使いようによっては大事件になる魔法などがありますので、そういった選考は厳しくやらなければいけないのです」

「……」

「ちなみに外界に漏らさないように、というのは我々教員だけでなくもちろんのこと、生徒にも適応されます。卒業生の方も、魔法に関してだけは絶対に口を割ることができないような制約魔法をかけてから巣立たせているくらいですからね。更に、内輪揉めならまだしも、無実無関係の人間に対し魔法で危害を加えるようなことがあれば、それはもう重大な違反です。処罰はかなり厳しいものになるでしょう」


「……退学とかですか?」


「その通り。確固たる決意を入学時に表明してもらい、誓約書まで書かせるのですがその期待と信頼を裏切られてしまっては、こちらとしても面目が立ちません」

「……大体読めてきましたよ。俺がここに転科して欲しいと願ってるのは、校長先生じゃなくて……そこで小さくなってる月雪さんってことですか?」

「うぅ~」

「はい。本当に物分りのいい方ですね、あなたは。その点に関しては、入学試験は合格と言っていいでしょう」


 ……そろそろ混乱してきたかもしれないから整理してみよう。

 要するに、先ほど校門前で俺が気を失ったのは(まが)うことなく魔法のせいであり、他校のスパイ(口ぶりからすると、ここ以外にも魔法学校はあるようだ)と勘違いした月雪さんが原因だ。


 で、校則では一切関係のない人間に魔法の存在を教えてはならない、とされているらしいのだけれど……その規則を彼女は破ってしまった。しかも(魔法で既に治したらしいが)負傷までさせてしまったことは罪の二乗をするようなもので即刻退学レベルなのだそうだ。少し厳しすぎるかもしれないが、言い分を聞く限りでは当然とも思える。


 だが、ここで運のいい点が一つあった。

 俺に魔法の素質があったことだ。もしも、被害者が無能な人の場合だと、今から取ろうとしている行動は適用できない。


 長くなったが、つまり……!


 『俺を魔法と関係のある人間』にしてしまえば、月雪さんは最低限の処罰で済むというわけなんだ。


「約十七年間積み上げてきた価値観が一気にぶっ壊されましたね」

「通常科目も勿論ありますが、それは主な加点対象ではありませんからね。ひたすら魔法に関する知識技術を高めるだけで、すんなり進路確保ができるのですから、それはそうでしょう」


 いい加減核心を聞きだしたいのか、腕を組みなおした校長先生は俺の目を見てから、再び尋ねた。


「で、決めてくれましたか? 転科するかしないか、どちらにされるんです?」


 正直言うと、迷っている。

 俺でもちゃんとした魔法使いになれるのなら、多分二度と来ないチャンスだろう。

 断った場合どうなるのかを尋ねてみると、どうやら彼女も俺も記憶を一部消去、改変をしてしまうらしい。


 俺は今までどおりに普通科の生徒へ。月雪さんは、周囲の者の記憶修正が行われたうえで、どこか遠くへ転校させられてしまうらしい。転校した先でも、普通に生活できるよう調整してくれるのだから本当に慈悲深いことだ。


 けど、それだけは俺も嫌だ。見てる分には十二分に保養になるアイドルとやっと接触できたのにそれを忘れてしまうのはいかがなものか。


 かといって、安易に肯定もできない。もうすぐ二年生になる俺からしてみれば、社会的に留年行為はしたくないのでスタートは同じように二年生から始めさせてもらうとしよう。他の人たちは一年間のアドバンテージがある中で、果たして俺はちゃんとやっていけるかどうかの心配もある。


「あぁ、その点に関しては安心してください。処罰の内容に、あなたとつきっきりになるようにしてますから」

「誰がです?」

「月雪さんがです」

「校長先生、それだけはお断りします。私この人のこと、嫌いです」

「頼まれる側なのに断られた!? というか、まだそこまで俺のこと深く知ってないよね?」


「具体的に言うなら……そうね、首と頭髪の間の空間が気に食わないというのと、制服を微妙に着崩してアイデンティティを無理やり作っている点が生理的に無理だわ」

「アウトコースギリギリ一杯で攻めてくるタイプなんだね、キミぃ」

「月雪さんが断ってしまえば、処罰は規定通りになりますがいいのですか? もしも、転科を決意するのであれば、天神くんの評価がそのまんま月雪さんの評価になるという方式を取らせてもらいます。異例の処置ではありますが、それくらいの罰則は覚悟してください。あなた自身を加点対象にしてしまえば、すぐに『一桁』復帰してしまうことでしょうからね。それでは、処罰になってくれません」


 その言葉を聞いてから数瞬置いて、月雪さんは大声をあげた。何分高い声なので、耳にとても響く。


「えぇえええ!? ちょ、ちょっと待ってください校長先生! じゃあ私が今まで必死で積み上げてきた『魔評点(まひょうてん)』はどうなるんです!?」

「彼はからっきしで転科してくるのですよ? つまりはそういうことです」

「いやぁああああ! 私の一年間どうしてくれるんですか!」


「それを棒に振る行為をしたのは他でもないあなたですよ。本来なら有無を言わさず退学レベルの問題を、成績と引き換えに取り消せるのならば安いものではありませんか。学校としても、あなたのような優秀な人物を失うのは痛いですしね。それに『番号入替決闘(オルターバトル)』をすれば、彼でも『首席』になる可能性はありますよ、きっと」

「でも……でもぉ……」


 ……あれ? いつの間にか、俺が転科する流れになっている。


 二人とも話の聞かない人だな、しかし。


 …………まぁ、でも…………。


「校長先生、月雪さん」

「ふぁい?」


 校長先生は月雪さんに頬っぺたをつねられながら答える。

仮にも校内の最高権力者に手を出すとは、バカなのか無鉄砲なのか無神経なのか……。



「いいですよ。俺、特進科に転科します」


ここで初めて、俺は月雪さんの笑顔を拝見することができた。

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