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第二十六話 夕焼けに染まる教室で

「……はぁ」

「どうしたの?」


 扉を開けて、一歩目。俺はため息をつく。本当は嬉しいんだけど、なんだか照れくさくて鬱陶しいぜ、というようなリアクションを取ってしまった。


「わざわざ来てたのか、お前ら」


 上等な木材で出来たドアの真後ろに、彼らは居た。


「バレとったか」


 矢面に立っている晴太が少し罰の悪そうな笑顔で出てくる。


「当たり前だろ。これなら魔法使わなくてもわかるっての」


 当然だけど、内側から押して開けるタイプの扉の後ろに人が居たら、途中で引っかかるに決まっている。そのことに俺はいち早く気づいて、そして動く影から人物の特定までいたることができたのだ。


「で、どうだったの? 肝心な所が聞こえなかったんだけど」


 その後ろに居る智佳がひょっこり出てきて質問してくる。


「成績はまたビリから。そんでしばらくは魔法の使用禁止と、毎朝校庭の掃除だってさ」

「ほらね。退学にはならないよ、って僕は言ってたじゃん」


 偉そうにふんぞり返る光明寺さん。でも、少しだけ表情が固い。本当にそう思ってたの?


「まあまあ。とにかく、お前さんらが無事でよかったわい」


 一応、治してもらったりしただけで無事ってわけでもないんだけどね。


「それじゃあおめでたいってことで、今から景ちゃん()で祝勝会でもしようか!」


 智佳がナイスアイデア、とでも言いたげに手を叩きながら笑顔でこっちを見てくる。

 いや、ちょっと待って。流石にこんなフラフラした状態じゃ、まともに騒げないと思うぞ。家に帰れば、干した洗濯物もあるから取り込まないといけないし……。


 それに、今日はどうしても別の用事を済ませておきたいんだ。


「じゃあ家の鍵渡してくれる? 僕たちは勝手に騒いでるから。用事終わったらおいでよ」


 生殺しじゃねぇか。というか、あたかも自分の家のように扱おうとするな。

 出来るなら、俺だっていくらでもふざけたいよ。


 でも今日は、今だけは頼むから。


「何でじゃ?」

「…………」


 俺は晴太だけに見えるように目配せをした。月日は短くても、俺とお前は、もうそれ以上の仲だろ。これでわかるよな?


「……なるほどの。了解じゃ」


 肩に優しく手を置き、仕様のないヤツじゃの、と付け加えて晴太は伝えた意思通りの行動に出てくれる。


「陽上、莉子。言ったようにオラ達は先に帰っておくとしようかの」

「え? でも鍵もらってないよ?」

「それはまた後日でええじゃろ。行くぞ」

「な、ちょ、ちょっと。引っ張らないでよ、晴ちゃん!」


 ズリズリと女の子の腕を引っ張り晴太は歩いていく。両手に花とはまた羨まけしからん状況だが、やはり晴太なら普通の光景にしか見えないというのは卑怯だと心底思う。


 その背中たちを見送りつつ、俺ははっと大事なことを思い出し叫んだ。


「みんな!」


 少し間を置いて、三人は振り返る。

 それを確認した俺は、精一杯気持ちを込めて言った。


「ありがとう!」


 言葉を聞くと、一瞬驚いたもののすぐに笑顔に変わった。

 晴太は手を翻し、智佳はピースをし、光明寺さんは親指を立てた。

 

 それだけ俺に伝えると、またみんなは踵を返し歩いていってしまった。


「行っちゃったわね」

「うん」


 返事をしつつ俺も歩き出す。いつまでも校長室の前に居たって気まずさがアップするだけだ。


 とりあえず、一旦教室へ戻ろう。


 無言のまま、俺たちは自分のクラスへ到着した。

 引き戸を開けると、朱に染まった室内が照らし出される。ヒューリーの攻撃で、多分ここも被害を受けたはずだけど、まるで何事もなかったかのように日常風景をしている。


「先生が総出で修復したのよ。一時間足らずで、元通りなんだから凄いものよね」

「そうなのか。やっぱり、なんだかバツが悪いな……」


 自分の机の横にかかっている鞄を取り、肩にかける。

 うぅん。せっかく晴太に協力してもらったのに、どうも上手く言い出せないな。

 怒っていた時は、別になんでもないことだと思ってたんだけど……。


「あ」

「どうしたの?」

「そういや、結局どうしてお前が呼び出されたのか聞きそびれた」


 とりあえずはボール球で会話をする。いきなりストライクな話から始められるほど、俺は器用でもないし、鉄の心臓でもないからな。


「ん? あぁ、そりゃ、あんたがめちゃくちゃなことやったからに決まってるでしょ」

「え?」


 月雪も同じように鞄に肩をかけながら歩きつつ話す。


 位置は俺のすぐ正面。夕日のコントラストの効果だろうか、いつもよりももっと綺麗に見える。今までと違って、なんだか色々な不満がありそうな顔ではなく、憑き物でも落ちたかのように晴れ晴れとした表情になっているからだろうか。


「私のこともそうだけど、あんたがもしもミスをしたら、それは二人の問題になるのよ。だから、処罰が下されるってことで呼び出されたの。ほんと、心臓に悪いわ」


 ……と思ったのに。

 なんだ、いつもどおりじゃないか。やはり光の具合だな。

 変わらないよ、こいつは。


「そりゃすまんね。俺も必死だったんだもん。仕方ないだろ」

「……そうね、私もそうだったもの」


 うん?


「土城先輩と戦っている時、私だって周りのことなんて何も考えてなかったわ。ただひたすら、どうすれば勝てるだとか、どうしたら一発ぶん殴ることができるだとか、そんなことばかり考えていたわ」

「……俺もそうだったよ」

「卑怯よね、あのスタイル。遠距離攻撃タイプかと思ったのに、近づいたらあの魔法よ? オールレンジで強い魔法使いなんて、きっとあの人くらいだわ」


 月雪も同じような戦法だったのか。

 決定的に違うのは、俺はみんなの力でなんとかしがみついたということと、月雪はたった一人の力でそこまでたどり着くことができた、ということぐらいか。


「……月雪」

「?」


「……」


 ダメだ。やっぱ恥ずかしい。歩きながら考えていた台詞が、喉まで出掛かってるけど、やっぱりやめておけよ、というように口が開いてくれない。


「何?」

「いや、その……」

「言いなさいよ」

「うん、だから」

「は?」

「えっとな……」

「……あー、もうハッキリしない男ね!」


 ここでいつものお決まりパターン。煮え切らない俺に腹が立ったのか、月雪が手を伸ばし、俺の耳を掴みにかかる。

 今回は悪いのは俺だな。どう言い訳しても非はこちらにある。いつもと違って惰性で受け入れるのではなく、覚悟して受け入れようとした時だった。


 女性特有のいい香りが鼻につく。


 俺の耳に届くかと思った手は、するっと首にまわっており、いつの間にか月雪の頭は俺の顔のすぐ傍でうずくまっていた。


「つ、月雪……?」

「……ありがとう、景」


 どこか見下したような感じで話しかけてくる声とは違う。子供を諭すかのように、甘く優しい声で、月雪がお礼を言ってきた。


「聞いたわ。私のために戦ってくれたんでしょ? 一度は負けちゃったけど……身を挺してまで、あいつを倒してくれたのよね」


 抱きしめる力を強めつつ、一息おいてから月雪は言った。


「ほんとに、ありがとう」


 電撃が走る。体の奥から嬉々とする感情が沸き起こってくるが、これは俺が感じるものじゃないだろう!


「つき……いや、由莉奈!」


 俺は首にまかれた手を優しく解き、想像よりもずっと華奢な肩を抱きながら、視線をしっかり大きな双眸に合わせて言う。


「お礼を言うのはこっちの方なんだ。ありがとうな」

「へ? あ、うん……」


 そういえばしっかり目を見て話したことなんてなかったな。さすがのこいつも恥ずかしいのか、頬を赤らめて目を逸らしてしまう。


「お前があんなズタボロになってまで戦ってくれたおかげで、俺は非公式だけど土城を倒せたんだ。本当に感謝してる」

「……」

「まだまだ甘いかもしれない。これからもずっと迷惑かけるかもしれない」



 でも、それでも……


「俺と一緒に居てくれないか?」


 刻まれる時の音が数回鳴り響く。

 ちゃんと俺の言葉は届いてくれただろうか。


 返事は、手汗でびっしょりなくせに、執拗に掴んでいる俺の手を離すことだった。


「……由莉奈」

「明日も明後日も、朝早くから校庭の掃除なんでしょ?」

「え?」

「私はそういう泥臭い仕事って大嫌いなの」


 う……。

 こ、この返事はつまり……?


「でも、あ、あんたと一緒ならやっても……いいわよ」


 俺は額を一度叩いてみた。


うん、正常だ。痛い。頭がおかしくなったわけじゃない。

ついでに頬もつねるけど、夢じゃない。


「い、いいの?」

「か、勘違いしないでよ!? あんた、力と体力だけはバカみたいにあるんだから、私の分が少なくて済むからって、それだけだからね!」


 俺は笑いを堪えきれず吹き出す。


「な、なんで笑うのよ!」


 と言い返した由莉奈も笑っている。

 最後には二人して、誰も居ない朱色(あけいろ)の教室で笑う。

 涙が出て、お腹が痛くなっても、気が済むまでずっとずっと笑い続けた。

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