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第二十二話 見えた光明

 間合いは遠いが、今は身体能力が強化されている。通常より多少遠くたって構わない。

 刀を抜きながら一足飛びで斬りかかるように、俺は体を大きく沈めてからアスファルトを思い切り蹴り飛ばした。


「召喚タイプ、っつうのに肉弾戦かよ。面白ぇ」


 袖をまくり、動きやすい格好になる土城。

 すると、小さく準備運動でもするかのように手首を振るってきた。


「ぐっ!」


 いつか体験した、あの感覚が俺の鼻っ面に再び響いた。だが、今度は威力が違う。大きな石で思い切り殴られたような気分だ。

 顔面の急所に当たらなかったし、智佳がかけてくれた防御魔法のおかげだろうか、ダメージは若干涙が浮かんでくる程度だ。だが、バランスを崩しかけたので一度踏ん張って立ち止まらなければならなかった。


「堪えるか。やるじゃん」

「うるせぇ」


 虫唾がはしるぜ。こいつの今の言葉には、敬意などこれっぽっちも含まれていない。ただ、予想よりも丈夫だったから、長持ちするだろうという、自分のためだけに言った賞賛だ。


「ほれほれ、こいつはどうだ?」


 目にも止まらぬ速さで腕を振るう土城。

 今度は見えた。小さな半透明の、光の球のようなものが、地面に向かって一直線に飛んでいく。距離を見るに、直前で衝突するだろうから、回避できるだろうと思い俺は真っ直ぐ進んだ。


「うおっ!」


 地面にぶつかったかと思いきや、弾力でも持ったかのように反射して俺の顎へ向かってきた。寸前の所で頭を捻り回避できたが、のけぞってしまったためにまた動きは止められてしまう。


「次つぎ!」


 楽しそうに腕を振ってくるヤツに目もくれず俺は前進する。いくつか体に貰ってしまうが、大きなダメージにはならない。蓄積していくのは確かだが、覚悟さえすれば我慢できないほどではないから。


「あめぇよ、ルーキー!」

「かっ!?」


 今度は今までにない、強烈な重さが腹部を中心に広がった。くらったのは先ほどと同じ、反射してくる光の球と同じはずなのに……?

 俺は膝をつき、地面と向き合う。強烈なボディーブローを受けてしまったかのようだ。上手く呼吸が出来ない。胃の中がかき回されたような気分の悪さを覚える。


「まだ遊べるだろ? 来いよ!」


 乱撃をやめて、手のひらをくいくい、と動かし誘ってくる姿がやけに腹が立つ。俺は刀を杖代わりにして、起き上がり足を進めた。


「やっぱ男と戦るのは楽しいぜ。粋がった野郎が、ボクの魔法を受けるとみんなそんな表情してくるんだからよ!」


 尚も攻撃は続く。見えるのは土城の手から放たれる光の球だけ。まるで大きな壁のように見えるそれを、俺は見極めて回避しようと懸命に動体視力を働かせた。

 それでも……ダメだ。見分けがつかない。避けた先に、完全に目視では隙間かと思った場所で攻撃を受ける。重い一撃の球と思い、踏み込んだ足へ反射した光球がぶつかる。その逆もまた然り。


 予想していたとはいえ、これだけの乱撃の中じゃ召喚魔法の詠唱なんて、できっこない。


 詠唱破棄をして顕現できるのは、まだプチデーモンくらいなもんだ。俺への強化は為されていても、流石に使い魔までは能力上昇はないだろう。例え隙をついて召喚したとして……あの重い球が当たれば、プチデーモン如き一撃でやられてしまうに違いない。ならば、まだ生身の方が良いだろう。


 しかし、俺が持っている遠距離攻撃なんて、それくらいのもの。今のまま乱撃を受け続ければ、前に進めやしない。かといって、遠くからも攻撃不可とあれば……。


「どうしたんだよ。もう諦めるのか? 早すぎるぜ、いくらなんでも」


 かたや土城は一歩たりとも動いていない。最初に、驚くような立ち方を見せたあの場所のままだ。

 球の色や形は全て同じ。加えて、見えない攻撃まで飛んでくる。それを見極めるなんて、至難の業に等しい。何か魔法があれば太刀打ちできたのだろうが……今になって召喚タイプという自分の素質が悔しい。


 …………あ、待てよ。


 そうだ、確か一匹だけ……戦闘はできないけど、良い力をもった使い魔がいたはず。

 ただ、詠唱の時間もそうだが、あいつは中級使い魔だ。顕現できるのは短時間にしないと、俺が先にバテてしまうだろう。

 ともあれ、光明は見えた。まずは少しでもいいから時間を稼がなければ。


「?」


 俺は土城に背中を向けて、走り出す。屋上へあがる階段の後ろ。貯水タンクなどがある建物の影へと隠れた。


「なんだ? 今更ビビッたのかよ?」


 ぬかせ。今からその謎の攻撃のトリックを明かしてやるから黙って待ってろ。


「久遠彼方を見ゆる巨大な眼球。単一(たんいつ)にしか存在せねど、その持つ眼力は万物を見透かす。虚無を泳ぐ醜悪な(ひれ)、魂までも吸収せし魔の鰓口(さいこう)、死も生も超越す白体(はくたい)。汝が泳ぐ地は違えど、汝を纏う空気は違えど、その目に映りし事象はどこであれど混沌と化すだろう……」


 長い詠唱を言い終えた俺は、一息ついてから詠唱完了の言葉を放った。


「独眼魚、サイクロプス!」


 発生していた魔方陣へ俺は魔力を込めて手のひらをたたきつける。煙ではなく、黒い光と共に出現したのは骨が露わになった大きな一つ目を持った魚だった。

 ヒレはボロボロだし、肉なんてものが最初からなかったかのように、白骨で体が形勢されている。マグロほどの全長と骨組みの、骸骨魚がサイクロプスだ。体は重力を無視して、すいすいと泳ぐように浮かんでいた。


「まかせたぜ」


 その特徴といえる単眼で瞬きし、肯定の返事をするサイクロプス。

先ほども言ったが、コイツ自身は特に戦う能力は持っていない。ただその代わりに、とある能力を持っている。


「なんだ……?」


 さすがに土城でも、得体の知れない生物が出てくればうろたえるだろう。そして、俺の計算では性格上……。


「くかか、なるほどな! これが使い魔か! 待ちわびたぜ!」


 土城は攻撃に移った。俺の目にははっきりとその手の内が全て見える。目を閉じると感覚がリンクして、俺の視界はサイクロプスの魔眼へと変化するのだ。

 土城がゆっくりと動き出す。実際は一秒にも満たない間の出来事なのだろうが、音速で飛ぶ物体さえも、静止して見えてしまうほどの動体視力のおかげで、スローに見えてしまうのだ。


 手の動きは様々だった。手首だけで放ってくる攻撃、手刀を繰り出すように伸ばした指先で穿つ攻撃、そして手のひらを向けて押し出すように打ってくる攻撃。サイクロプスの目には全てが映っていた。


「よし!」

「あ?」


 一通りのパターンは全て見えた。それだけでいい。これ以上は俺の魔力も体力も消費できない。

 急いで召喚を解き、土城は空に向かって攻撃を放つという、間抜けな行動をしただけに終わった。


「んだよ、何がしてぇんだ天神! 隠れてねぇで出てこいよ!」


 力強く建物が揺れる。怒りに任せて攻撃をしたようで、建物を形成しているコンクリートが崩れ落ちる音が聞こえてきた。


「言われなくとも」


 理解を終えた俺は隠れた場所から出てくる。


「敵前逃亡はご法度だぜ、ガキ!」

「一つしか違わねぇだろ、おっさん!」


 俺の挑発に乗って攻撃が再開される。だが、今度は闇雲に走り出すなんてことはしない。

 飛んでくる光球の性質一つ一つを、しっかりと見極めて前進していった。


「!」


 驚くだろうそりゃ。不回避のものもあるが、それでも耐えながら立ち止まらずに向かってくるのだから。

 だが、表情は変われど焦りは見えない。攻撃が見破られたくらいでは、決定打にはならないか……?

 数歩歩けば届く。そんな距離になった途端、相手が遂に動いた。

 サイクロプスほどではないけれど、手の形を見極めるほどの動体視力の俺が、それを捉えられなかった。


 気がつけば俺の肩に足が置いてあり、感知した次の瞬間には思い切り踏み飛ばされていたのだ。進行方向と同じ向きに力を加えられていたので、俺はたまらずそのまま転んでしまう。


「よく見破ったな」

「痛つ……。へっ、単純な動きなんだから、そりゃあわかるっての」


 擦りむいた頬を擦りつつ再び向き合う。距離は最初と同じような、広い間隔で置かれてしまった。


「手の平を広げて撃つのが、重い光球。手首で撃つのが、見えない光球。そして、手刀を打つように指を伸ばして撃つのが、反射する光球。そうだろ?」


 俺は見破ったタネを言い放ってやる。言った所で形勢が変わるかといわれれば微妙だが、それでも俺は知っているんだぞ、という意思表示をすることは、少なからずプレッシャーになるはずだ。


「……ご名答。ボクが使う魔法は異なる手形から放つ光の球、オーラナックルだ。そして、お前にとって幸運な情報も教えてやるならば、ボクが戦闘で主に使える攻撃魔法はこれだけだ。他には、聴覚や視覚を強化して、戦いを有利に進めるための魔法しか使えねぇんだ」


 さらっと述べたが、これほど恐ろしいことはなかった。

何が幸運だ、笑わせるな。逆に言えば、お前はこの魔法だけで、去年の卒業式に一桁の先輩らを倒し、常に首席の座に居続けているんだろう?


「誰が気を抜くかよ」

「見かけによらず慎重だな」


 お前がその汚い笑顔から、焦った表情を引きずりだすまで油断はできないな。

 言い当てて、それを否定して錯乱させることもできるのに、こいつはあえて肯定した。更に、聞いてもいない手の内までも教えてきた。


 意味があるとしか思えない。何かを隠しているんだ。言葉の裏を見通せ。


 ――そもそも、なんで土城は距離を取りたがるんだ……?


 俺が武器を刀としていることもあるだろうけど……。それでも、近づこうとしないのは何故だ? むしろ、離れていると目測を見誤りやすいから、近いほうが当てやすいはずだろう。


 ……そうか! きっとそうなんだ。


 土城は近接時の魔法を持っていないのだ。だから離れたがるんだな。

 零距離になれば、身体能力が強化された武器持ちの俺と、攻撃手段を持たない土城。

 密着さえすれば、締め落とすことも首を狩ることもできるだろう。


 よし……勝てるぞ……!

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