第二十一話 勝てないとわかっていても、戦う理由が俺にはある
「どういうことなんじゃ?」
次の日の朝一番、俺は欠席している月雪のことで問い詰められた。
昨日まで元気一杯だったはずの月雪が、急に欠席なんてしたら疑問に思うのも当然だろう。
ましてや、現場は俺と川西くんしか見ていないとはいえど、体育館で何か騒動があったというのはとっくに周知の事実として広まっているので、知っている限りのことを噛み砕いて彼らに伝えた。
「……なんでゆっちは、土城先輩と戦ったの?」
知らない。知るわけない。聞く必要だって、ない。
「お前さんが腹を立てとるのはわかる。オラだって、友人がそんな状態にされたとなったら、懇願でもされない限り同じような行動をするじゃろう」
「俺は今すぐにでも行って構わないけどな」
言ってから沸々と恨みが再燃してきた。
月雪は番号入替決闘が自分では許可できない。
だから、受けたダメージはそのまま彼女の体に残るのだ。
あの痣も、あの出血も。全てそのまま受けた傷になるのだ。
……かすり傷ならまだ許せたかもしれない。
でも……あいつは、容赦など微塵も感じられないくらい痛めつけていやがった……!
「ダメだよ、何の作戦もなしに行ったって返り討ちに遭うだけだから!」
「作戦? 今度はお前や晴太に助けてもらったところで、意味なんかないだろ? 相手は学年首席だぞ? 二桁三桁の人間が束になったって無駄だ!」
「落ち着くんじゃ、景」
智佳や晴太の反応を見て、俺はふと我にかえる。
憎いのはあいつだけじゃないか。せっかく心配して、俺の力になろうとしているのに、こいつらまで突き放したらダメだろ。
「……ごめん」
「まぁ、力になるのは問題ないが、お前さんの言うことも最もじゃからのう……」
土城は俺一人で来いと言っていた。他の人を連れて行って危険に晒すようなことはしたくない。
全盛期と同じ魔力まで戻った月雪があんな状態にされるんだ。考えているものより、更に上のレベルと認知しなければいけないだろう。
「土城先輩のタイプは攻撃じゃ。どんな型なのかまではわからんが、お前さんとの相性は良くないことは確かじゃな」
連撃のできる攻撃タイプだと、召喚魔法を詠唱している隙にやられる可能性が高い。一撃で昏睡させられるような魔法だって覚えているかもしれないし……。なんたって相手は、生徒内で最強の魔法使いだ。油断なんて一切できない。
「……俺はどうしたらいい? 教えてくれ……」
俺はみんなの顔を見て必死に頼み込む。このまま放課後になって戦っても、敗北は免れないだろう。
元より逃げる気なんかないが……今のままではダメなのはわかっている。
少なくとも、俺よりも一年は長く戦闘経験のある友人らが、何か知恵を持っているのではないか、と嘆願した。
「相手の型がわからん以上は、正直に言ってしまえば的確な打開策は……ない」
晴太が現実をつきつける。酷い奴だとは思わない。俺だってわからないんだから、人を責める権利は持たない。
「…………じゃがの、お前さんの背中を押すことはできるぞ」
「え?」
「まだ時間が早いんで無駄じゃが、放課後を楽しみにしておけ」
晴太は智佳に目配せをすると、始業のチャイムが鳴ったので自分の席へと戻った。
――――。
日が落ちるのを異様に早く感じた。みんなに諭されて落ち着いたものの、落ち着いてしまったその分だけ、体に焦りを覚える。
一度だけ見せた、あの攻撃。見えない何かによる物理的な魔法。
一体、あれは何なのか。
見えない攻撃をどうやって回避すればいい?しかも、今度は手加減など一切してこないだろう。
考えても考えても、理論ではなく先に恐怖や憎しみが上回ってしまう。こんな不安定な状態で、隙が作れたとしても、集中して召喚魔法を唱えることができるだろうか……?
「来たかいの」
屋上へあがる一つ前の階段の踊り場で、晴太と智佳、それに光妙寺さんまでもが俺を待っていた。
「まずはオラから、これを」
ホルダーの止め具を外し、晴太は小さく魔法を呟く。一度見た時のように、魔力が木刀を覆い綺麗な日本刀を生み出した。
「あたしはこれぐらいしか出来ないけど……」
智佳は俺の胸元へと魔法を唱えた。自身に変化はなかったが、小さな風が薄い膜のようにして俺の体へ纏っていることがわかる。
「じゃあ僕はこれ」
両手を俺に向けて光妙寺さんが魔法を詠唱する。ありがちだが、体の中心部から得体の知れない感覚が沸き起こり、まるで秘められた潜在能力が覚醒したような高揚感を覚えた。
「オラは武器を、陽上は防御を高める陣風を、莉子はお前さんの身体能力の強化をしたんじゃよ」
「あんまり強い魔法を他人にかけると、無駄に体力消費しちゃうからね。晴太くんのは大丈夫だけど、あたしと光明寺さんのはあくまで気休め程度だと思ってね」
「そうなのか。光妙寺さんまで、わざわざありが――」
「言わなくていいよ」
「え?」
人差し指をそっと口元に寄せ、お茶目に笑いながら光妙寺さんは続けた。
「その台詞は、勝ってから。僕だけじゃなくてキミに力を貸してくれた、みんなに向かって言うべきだ。そして、誰よりもキミを案じてくれた人には、それ以上を……ね」
「……あぁ」
刀をベルトに挟み、俺はみんなに背を向けて階段を登っていく。
「変に感づかれると困るからの。オラたちは教室で待っとるぞ」
「ちゃんと戻ってきてね。学籍番号1番の生徒手帳、あたし見てみたいんだ!」
「まだ僕は許したつもりはないから、ちゃんと残りを謝りにおいでよ」
俺は振り返らない。それが精一杯の返事だから。
本当はあんな場所に行きたくない。怖いし、正直どれだけ贔屓目に見ても勝てる気はしない。
でも……不安だけは、微塵も感じなかった。
「先輩を待たせるたぁ、教育のなってねぇ後輩だな」
屋上にポツンと一人、背を向けて座っている土城がいた。気だるそうに足を放り投げ、両手をつき空を仰いでいたようだ。
「……」
「おいおい、挨拶までなしか? 先輩はちゃんと敬え、って教えられなかったかよ」
すると土城は、体を支えていた手を自分の正面に置き、ぐっと力を込めた。どれだけの筋力が必要なのかわからないが、そのまま体を持ち上げて、体勢を整えつつ最強の学年首席は立ち上がってこちらを睨む。
「あんたが敬えるような人間かよ」
「あ?」
「脅迫はするわ、女の子に手を出すわ、人としてどうかと思う点ばっかりじゃねぇか。そんな人を、俺は先輩だなんて呼ばないね」
「くかか……威勢のいい野郎だ。月雪も同じように突っかかってきたよ」
怒りやすい性格と聞いていたが、どうも上手く挑発には乗らない。むしろ、俺の方がその言動、態度の一つ一つに苛立ちを覚えてしまうくらいだ。
「ま、結果はアレだがな。鼻血垂れても、腕に青タン作っても、脚を捻っても、あいつの攻撃はボクには全然届いちゃいなかった」
思い出しながら話しているのか、土城の顔はどんどん緩んでいく。晴太とは真逆の、歪んだ嫌みたらしい顔だ。
「あいつもバカだよ。手紙を読んだのなら、素直にお前を差し向けておけば、自分は無傷で済んだのにな」
…………そうなんだよ。
なんで月雪は、俺を指名していた土城に一人で立ち向かったんだ?
手紙で呼び寄せようとしたらしいが、俺はそんなもの一切目に入れたことは無い。
どうして隠した? 逃げるという選択もあったのに、なんでわざわざ戦いを受け入れた?
わかってる。
全部、俺のためだ。
勝てっこないから、無理だと知っているから……月雪は俺の代わりに、土城を倒そうとしたんだ。
普段あんなに俺のこと突っぱねて、すぐに暴力ふるってくるくせに……ここぞというばかりにカッコつけやがるなんてよ。普通、それは男のする役だろうが。
「……そうだな。大バカだよ、あいつは」
「そうだろ」
「でも……俺は笑わない。お前みたいに、無様だと吐き捨てたりなんか、絶対にしない!」
「あん?」
身を挺して守ってくれようとした人を、どうして笑う?
俺でさえこんなに怖いのに、たった一人で対峙したあいつがどんな気持ちだったかお前にわかんのかよ!?
「俺は……お前だけは許さねぇ!」
「番号入替決闘!」
生徒手帳を取り出して宣言する。
「……へっ!」
「許可!」
俺と土城が同時に宣言をすると生徒手帳が胸に収納された。
後はどうにでもなれ!




