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第十六話 勝った後にまた敵がくるのはお約束

 学校へ着いて、席につく。

 そして俺はおもむろに生徒手帳を取り出して、最初のページを開いた。


『天神 景……学籍番号52番』



 浮かび上がる数字を見てニヤニヤせずにはいられない。

 三桁の人間が二桁の人間を倒したことにより、大幅に学籍番号はあがった。まさかの200番アップだ。自分が怖いぜ、まったく。今なら、きっとスカートを風で捲くりあがらないように設計した人物くらいなら、暗殺しにいけるかもしれん。いや、でもそれは全男子生徒が手伝ってくれるだろうから、問題はなさそうだな。やれる、今ならきっと……!


「それはオラに対するあてつけかの?」


 俺がこれみよがしに手帳を見ているのが気に障るのか、少し不服そうな顔で晴太が俺の机へとやってくる。


「性格悪いのね、天神って」

「少し運が良かったくらいで調子に乗ってるんだよ」


 もちろんだが取り巻きも不満らしい。相変わらず俺のこと全否定してきやがる。


「冗談じゃ。運も実力のうちじゃろ。オラは素直に負けを認めるぞ」

「運じゃないっての。色々考えてやったんだから、本当の実力と言ってもらおうか」


 踏ん反りかえって威張る俺の頭へ、丸められた教科書がいい音を立てて振り下ろされた。


「あんただけじゃないでしょ。自惚れるんじゃないわよ」

「あたしとゆっちと景ちゃん、三人でやっと勝てたってことだから、やっぱ晴太くんは凄いね!」


 一緒に登校してきた月雪はやはり少し不機嫌そうに、智佳は緩めた表情で俺と晴太、両方の戦いを賞賛してくれた。


「少し残念なことがあるとすれば、使い魔と一対一で戦うことができんかったことぐらいじゃの」


 いやいや、そんなことしたら俺即死だからね?

 大幅に番号が上がったおかげで、一気に呼び出せる使い魔の幅が広まったのは嬉しいが、言い換えるのならばまた一からのやり直しなのだ。俺は再び図書館に篭り、自分に合う使い魔の探索を始めなければならない。


「いちいち難儀じゃな、召喚タイプっちゅうもんは」

「まぁな。条件さえ揃っていれば、魔力次第で出せるんだけど、その条件を揃えるのが時間かかるんだよ。それに強い奴って、詠唱がめちゃくちゃ長いから実戦向きじゃないといえばそうなるんだ。覚えるのも面倒だし」

「大変だねー」

「ま、逆に言ってしまえば上位使い魔ってのは、プチデーモンと比べものにならないくらい強力だからな。並大抵の奴には負けなくなると思うよ」


 俺が両手を叩くようにあわせると、煙と共にプチデーモンが出てきた。これくらいはもうお手の物だ。疲労もほとんどない。


 先ほどの話を聞いていたのか、バカにされたと思ったプチデーモンが俺の頭をポカポカ叩いてくる。慣れれば可愛いもんだなこいつも。


「風見ちゃん倒したのは良いけどさ、大丈夫なのあんた?」


 取り巻きの片方が珍しく俺を心配してくる。

 何が大丈夫なんだ? 体調も至って良好な上に、魔力も好調だ。月雪の方も立派な魔法使いに戻ったんだから、しばらくは怖いものなしって感じだけど……。


「そういう意味じゃないのよ」


 月雪が取り次ぐ。困ったような顔で、なんだか苦笑いを浮かべていた。


「あんた自身が好調なのは知ってるけど……これから起こりうる問題が、とってもやっかいなのよ。多分、間違いなく近いうちに来る(・・)でしょうね」



 一体、何が……?



 もっと深く、身に起こりそうな危機を問いただそうとするも、そこでHR開始のチャイムが鳴り響く。いつものようにTシャツとジャージの担任が入ってきたので、一旦お開きとなってしまった。


 今日の一限と二限は連続で魔法化学の実験をする。

 筋肉肥大の薬草と、筋肉弛緩の効果がある薬品を混ぜて、相反し合う様を眺めてそれを記述するという実験をするそうだ。

 この実験は、火炎魔法に水魔法をぶつけると、二つとも相殺して消えるという理論に基づくらしい。よくわからんが、そういうことなんだろう。最初に相反作用の実験って言ってたし。


 一限五十分とはいえど、やはりまだ少しだけ魔法には抵抗があって付いていくのに精一杯だったが、さっきの授業は論理的なものだったから、吸収するのに時間はかからなそうだった。


「見~つけた!」


 授業後。

 実験教室は四階なので、二階にある自分の教室へ戻るために階段を降りている時だった。


 二階への階段へ足を乗せようとした時、階下の影からぬぅっと、少し声の高い小さな男の子が出てきた。


 まるで女の子のような顔で、よく手入れされたキューティクルの髪の毛をポニーテールに仕立て上げている。目力のあるくりくりの目は吸い込まれそうなほど真っ黒。暑くないのか、マフラーのように長いスカーフを巻いて首まで隠している。着崩した男子生徒の制服の胴部分には、どこかで見たことのある太いベルトが巻かれていた。


「……誰?」

「僕はキミを倒す者だ!」


 どこの合体戦闘民族だよ、お前。

 すると、その少年は腰溜めするように腕を後ろへ隠した。同時に、なんだか黄色い光が彼の手元から溢れ出てくる。


「くらえ!」


 掛け声と共に飛んできたのは、稲妻が纏った投擲物だった。

 丸い形状、トゲトゲした刃を見ると、これはチャクラムか。またコアな武器を。


「うおわ!」

「甘い!」

「ウソっ!?」


 紙一重で回避したと思ったのだが、まるで物理を無視したようなカーブを見せながらチャクラムは再び俺の方へ向かってくる。


 が、それは寸前でかき消された。

 木製の刀が、電撃の中心部で回っている指輪のような金属製の輪を弾き落としてくれたのだ。攻撃を受けて、力を失ったのか、纏った稲妻状の刃は霧のように消え去った。


「景、大丈夫か」


 騒ぎを見つけたのか、後ろを歩いていた晴太が俺の所へ来ていた。

 またまた助けられちまったね。悪い。


 晴太は安否を確認したのちに俺に危害を加えようとした人間を見ると、少し驚いてから面倒くさそうに大きくため息をついた。


「やっぱりお前さんか…莉子(りこ)

(せい)ちゃん、どいて。僕はそいつに用があるんだ」


 え? お知り合い?

 というか、莉子ってことは…………女の子なの!?


「見ればわかるじゃろう」

「いやいや、稀に存在する可愛い男の子かと思ったよ俺! 嘘だろ?」

「嘘じゃないわい、なんなら証拠を見てみるか?」


 そう言うと晴太は階段をひとっ飛びで降り、莉子と呼ばれる女の子の正面に立った。


 証拠って一体?

 あぁ、胸元に手を伸ばしたってことは生徒手帳を――


「ほれ、正真正銘、女じゃろ?」

「……っ! ッッ!!」


 うん。

 俺は悪くない。

 それだけは間違いない。

 これは人為的に起こされた不慮の事故なんだ。だから、俺には前を見る権利がある。

 

 あろうことか、晴太は莉子さんの胸元を露出させてサラシで潰されてしまっている、たわわに実っていたゴールデンアップルを見せてきた。


 なんという眼福。

 晴太、お前には後でリンゴジュースを奢ってやろう。


「な、何するんじゃアホ晴太!」

「おわぶまっ!」


 どこかの世紀末覇者に敗れた時のような叫び声をあげて晴太の体が飛んでいく。繰り出された蹴りは、先ほどの投擲物の魔法と同じくらいキレがあった。


「何であたいが女っちゅう証明するのに、お、おっぱい見せないといかんのじゃ!」

「それが一番わかりやすいと思ったんじゃが……。景も、これでちゃんとわかったじゃろ?」


 俺は鼻元を押さえながら小さく頷く。下手に今頭を動かすと、こみ上げてきた鼻血が垂れてきそうだ。


「おぺっ!」


 うわ、鼻血溢れてきた! だ、誰かティッシュ! ここを血の海にしてしまう前に、早く早く!


「そのまま失血死すればいいわ、変態!」


 意味わからん。なんでいきなり出てきて、頭部に手刀を叩き込んだ上に怒っているんだよ、月雪さんや! 脱がしたのは俺じゃなくて晴太だぞ!


「あんたが見るからよ」

「理不尽だ……」


 事故って言ってるじゃないか……。ただでさえ、パンチラの機会が失われた学園なんだから、少しくらいのオアシスを求めてもいいじゃない……。


「やあ由莉奈、なんだか久しぶりだね」

「そうね、今期になってから会うのは初めてじゃないかしら?」


 月雪は腕組高圧的スタイルで莉子さんを見下している。

 対する彼女も、丸い瞳を三角形にしてあらん限りの殺気を込めて月雪を睨んでいた。


「聞いたよ、春休みでポカやって最下位に落とされたんだって? 笑っちゃうよね、せっかく僕と対等に戦える人間が出てきたと思ったのに、まさかそんな形で勝っちゃうなんてさ」

「何言ってるのよ、ミスしたのは否定しないけどあんたとの勝負はまだ負けたことないわ」

「いいや、負けだよ。ミスも勝負のうち。僕の方が番号は上なんだもの。揺ぎ無い勝利だよ」

「あいっかわらず、鼻につく奴ねあんた」

「キミの方こそ」


「……いいわよ、なんなら今から勝負でもつける? あんた如き、休み時間使えば勝てるってこと証明してやるわ」

「あはは、面白いこと言うね。繰り上がりで学籍番号『9番』になった僕に二桁のキミが勝つって? ヘソからコーラでも出る威勢の張りっぷりだね」

「屋上に来なさい! そこでやるわよ!」

「望むところ!」


 二人は勢いよく体の回りを風で纏い、開いていた窓から外へと飛び出し上昇していった。


「……晴太、あの子は誰?」


 腰を抜かしかけている俺は精一杯階段を降りて、血が出てきた鼻にティッシュをつめている晴太のもとへと歩いた。あ、俺にもティッシュ一枚ちょうだい。


光妙寺(こうみょうじ) 莉子(りこ)。オラと同郷で、幼馴染なんじゃよ。現在、二年生で唯一、一桁の番号を持っとる奴じゃの。二つ名は『雷神后(インドラ)』じゃ。攻撃と操作タイプが特化しておる、お前さんからしたら最悪な相手じゃよ」

「ふぅん……。しかし、ほんとに最初は男の子かと思ったよ。あの格好の上にサラシまれ巻かれじゃ、体型が隠れやすい制服だと見分けつかないよね」


 鼻にティッシュを詰めながら俺は素直に思った感想を言う。


「じゃろ。そんな格好じゃと間違われるからやめとけと言うとんじゃが、聞かなくての。タイプ的には、そこまで激しい運動はせんはずなんじゃがな……。昔からオラと何でも一緒にしたがる奴じゃったから、仕方ないといえば仕方ないんじゃがのう。そこまでせんでもいいのに」


 いやいや、それ仕方なくないよ。小さい頃ならわかるけど、今もなお一緒が良いってことは、つまり完全に好意を抱いてるってことじゃん。気づいてあげなよ。


「いや、オラたちもう付き合っとるし。小学校からじゃから、もうすぐ五、六年経つかの」


 愚問だった!

 というか交際期間めちゃくちゃ長いな。十八歳になったら結婚しますって言われたら信じてしまいそうだ。


 ……そういえば、たまに昼食を共にしてくれないことあったけど、光妙寺さんの所へ行っていたからなのかな。

 女性への免疫がやけにあるかと思ったが、多分とっくに慣れていたんだろう。

 くそぅ……羨ましい反面、晴太ならそれくらい普通と思ってしまうのが悔しい。俺なんて未だに月雪が近いと、ロマンティックが止まらないのに。


「慣れてくるともっとドキドキするぞ」

「そうなの?」

「ま、お前さんの場合はどうだか知らんがの。で、屋上行かなくてええのか?」


 あ、忘れてた。さっきから何か校舎が地震でもあったかのようにゆらゆらしてるけど、あの二人が原因か。


「ちょいと怖いが、行ってみるかの」


 ちょっとじゃなくて、かなり怖いよ俺は。

 女のドロドロした戦いっぽいのも混じってたしね……。

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