第十三話 友達だけどライバルだから
試験が終わって二回目の週明け。
やっと成績結果が発表されるということで、俺はいつもより早起きをしてしまった。柄にもなく興奮しちゃっていたのかな。
成績上位者は職員室前の廊下にある連絡掲示板に張り出されるらしいが、自分の結果がわかっている以上、俺はそこを見に行く必要は無い。
今もっとも俺が欲する情報はただ一つ。
どれだけ順位が変動したか、ということだ。
通常の成績算出と違い、学籍番号に関する成績は行われるテストごとで評価が下される。色々な形で努力して溜めた魔評点の反映もこの時に一挙にされるのだ。
「次、天神」
「はい」
「お前は月雪と見るようにな」
ニヤニヤと笑う担任と、同じような視線と声でちゃかすクラスメイトを制しつつ俺は立ち上がる。
朝のHRの時間、テスト結果をまとめた小さな紙が担任から二枚返却された。
一枚目は、通常科目の教科ごとの結果と総合成績が書かれている。
予想通りに、そちらの結果は片手で数えられる順位だった。一番じゃないのは少し意外だが、バカばっかりというわけでもあるまい。
二枚目を捲る。
そこに書かれているのは、俺の名前と大きく書かれた現在の学籍番号だ。
「ど、どうだった?」
月雪がひょっこりと俺の肩越しに顎を乗せて成績表を見てくる。慣性で動かされた髪の毛から漂う甘い香りを堪能しつつ、俺はしっかりとその紙を見せてあげた。
『天神 景 学籍番号……256番』
「……」
「俺はまだ経験不足だからわからないけど、これってどれくらいの底上げになったんだ?」
「未経験者に一番性能の良い高級バッシュを履かせてNBAに出場って感じかしらね」
「一瞬期待したけど、詰んでるよソレ!」
とりあえず最下位から脱出できたのは大きいが、それでもまだまだ上にはたくさんの猛者どもがいる。
ただ、今まではその条件に加えて裸足で試合に出ていたようなもので、比較すればやっぱり少しは楽になっているようだ。
一緒に召喚魔法の勉強をしているから月雪もわかっているようだが、最低ランクのプチデーモンくらいならばこれで激しい体力消耗という状況にはならなくなったらしい。更に、もう少し修練をつめば、わざわざ召喚の儀式をせずとも詠唱だけで呼び起こせるようになるんだとか。
しかし、次の段階の使い魔を召喚できるようになれるか、と言われれば少し厳しいかな、という中途半端なもの。
「……どうする?」
「何を?」
「本格的に番号入替決闘を申し込んで、成り上がることを考えないとマズイわよ」
それくらいはわかってる。通常科目の成績がクラス内では一番、学年内でも屈指というのに、こちらへの成績反映は微々たるものだったのだ。少しは期待していたのが、思っていたように正攻法だけじゃ首席なんて夢のまた夢だな。
「でも、俺のプチデーモンじゃまともにやりあっても勝てっこないぜ? 使い魔があれだけひ弱だと、一撃食らえば撃沈しちゃいそうだし」
「うぅん……」
召喚魔法を発動中は、俺への攻撃は一切通らなくなり、代わりに使い魔自身が俺の攻撃判定へとなる。
屈強な熊や、動きの素早い怪鳥なんかが使えれば別だが、近づいて爪や牙で攻撃という単純な攻撃しかできない脆弱なプチデーモンじゃ、並みの魔法使いどもをやっつけられるとは到底思えない。
「うっ……! か、考えておくから、あんたも何かアイデア出しておいて!」
二人でくっついて小声で話しているのが、ついつい長くなってしまったようだ。
他の生徒はとっくに成績報告会なんてやめて、お行儀よく席についているというのに、月雪は真横に顔を乗せているし、俺は、みんな次の授業の教材を机に出しているのにまだ成績表と睨めっこしていたのだ。
先生を含める生暖かい視線に気づいた途端に月雪はそそくさと席へ戻り、俺も何気ない仕草を演じて机の中から教科書を取り出した。
――――。
「へいそこのアベックさんや! 成績どうだった?」
「言い方古いな、オイ」
次の休み時間、ビシッと自分の成績表も渡しながら智佳が元気よく飛んできた。比喩表現ではなく、文字通り気流に乗って、だ。
「ほい、これが俺たちの」
「サンクス。というかアベックについては否定しないんだね」
「伴侶と思われようが、俺は構わんしな。お、若干アップの145番か。悪くないね」
「私はそれについて力づくで拒絶させてもらうけどね」
「待て月雪。小学生でも知ってる簡単な問題を出そう。いくぞ? 机の角で頭を殴られるとどうなりますか?」
「大丈夫、せいぜい血が出るくらいよ。安心なさい」
「できるか!」
少しだけ魔力が戻ってきたのか、月雪は机を浮遊させて俺の頭部へ飛ばそうと構えていた。
「ほほー、256番かぁ。からっきしの状態から、これだけ番号アップしたなら大したもんだと思うよ」
「だろ? もうちょっと俺評価されていいよな?」
「うん、えらいえらい」
頭を撫でられるのは少し幼稚だが気分は良い。猫にでもなった気分になれる。こういう癒しが足りねぇんだよな、どこかのお嬢さんは。
「番号はどうであれ成績の上昇率でいったらお前さんが学年で一番じゃないかの」
テスト以来よく絡むようになった風見が俺の所へ来る。芳しくない成績だと思ったが、風見も番号を二つ上げた81番へとなっていた。
「そうだね、三十も番号が上昇した人はそうそう居ないよ」
「おいおい、あんまり褒めたって何も出ないぞ」
「ぬ、そうなのか。実は今日、弁当持ってこなかったんじゃが。オラたち友達じゃなかったかの?」
「そりゃあ残念だ。あたしも今日のお昼くらいは奢ってもらえるんじゃないかなーって思ってたんだけど。あたし達って友達じゃないんだね……ショックだよ」
「都合のいいときだけ友達面すんな!」
「冗談じゃよ、本気にするな」
「ほんと、景ちゃんはいじってて楽しい子だねー」
元々、二人とも知り合いだったようなのだが、友達の友達はやっぱり友達になるもんだな。
風見は透き通るような性格なもんだから、天真爛漫な智佳とは相性が非常に良い。二人と話すことが俺の休み時間の楽しみにもなりつつあるくらいだ。
「でもね、こんな晴太くんだけど入学時はすぅっごい変だったんだよ」
お昼休みでも、俺たちは共に行動をする。せっかく外は温かいのだから、と屋上へ行ってみんなで弁当箱を広げて昼食だ。風見が変化魔法で、床の一部をお座敷に変えてくれたおかげで優雅に腰を下ろして食事が取れる。
「そうなのか? これだけイケメンしておいて?」
キリッとした眉や高い鼻などパーツはそれぞれ美しいものだ。服装も、太めのしっかりしたベルトをつけ、ソードホルダーを装着し武器である木刀をいつも携帯しているという点以外は普通の格好だが。決して俺みたいに着崩しているわけではないのだけれど、着こなしているせいでハイセンスな制服に見えるのだろうか。
「晴太くんに出会ったのは友達のツテなんだけど、もー酷かったよ。髪の毛は適当に伸ばしていじってないし、眉毛も太くてボーボー。ズボンもハイウエストかよ! ってくらい上げて、靴下見えてたしね」
「これ陽上。それは昔のことじゃろ、ぶり返すな」
小恥ずかしいのか手の甲を口元にもって行きながら、赤面してしまう風見。
あー、やっとわかった。こいつ、少女マンガにでも出てきそうな容姿なんだ。仕草もなんとなく似てる。
「その友達は、晴太くん自身が大好きだから何も言わなかったんだけど……あたしは光るものを見つけてね。一日かけてコーディネートしてやったわけだよ」
「そん時はお洒落なんて無関心じゃったからの。してみるとよくわかるんじゃが、オラは相当おかしな格好をしとったんじゃな……」
「服装は改善できたんだけど、幾分かマシになってきたとはいえ、やっぱり染み付いた話し方は直らなくてねー。さっき言った友達も晴太くんの同郷なんだけど、口調を直すのに苦労したみたい。数年かけて、やっと標準語に近い喋り方ができるようになったんだって。まだ興奮すると元に戻ったりするけどね」
「ふぅん……」
「……」
「どうしたんじゃ月雪、さっきから黙りこんで。腹でも痛いんか?」
話しこんでいると、ふと月雪がさきほどから会話に参加していないことに風見が気づく。持参しているお弁当にも手をつけず、水筒すら一度も開けていない。
「あ……うん、ごめん。ちょっと考え事してて……」
「なんら悩みでもあるんか? 良かったら相談くらいにはのるぞ」
真摯な態度で風見は身を乗り出して心配する。智佳と違って月雪との関わりはそれほど深くはないそうだが、それでも俺よりは長いところ接触していたらしい。だから呼び捨てしても問題ない仲だったそうだ。
今更ながら、先に出来ていた友人グループに入り込んだような、微妙な疎外感を覚えるぜ、この状況。
「ありがと、でも大丈夫。この調子で進んだら、絶対に首席になんかなれないから、どうしようかって考えてただけだから」
「ご飯の時くらいはパーッといけばいいじゃないのさ。飯マズになっちゃうよぅ?」
「ごめんね。じゃ、いただくとするわ」
小さく丁寧に両手を合わせて食前の挨拶をする。男の子のよりも一回り小さいけれど、彩りの鮮やかなおかず類が目立つ昼食が露わになった。
「まー、中間テストの後じゃからこれからの心配するのも無理はないがの」
「……そうよね……」
かくいう俺も何だかんだでそのことばかりを考えていた。時間をじっくりかければ、二年が終わる頃にはきっと二桁くらいはなれると思う。でもそれじゃ遅すぎるんだ。目標は今期中に二桁復帰なのだから。
もっとも現実的であり非現実的な方法はやはり番号入替決闘だろう。勝つことさえ出来れば、すぐさま中級者レベルの魔力を手に入れることができる。
ただし、俺と月雪の魔力はまだ一年生並だ。二桁を保持している人間はほぼ二年生、三年生だけという素人ではない人たちばかり。
更に一年生での二桁という成績を持っている者は、攻撃タイプのみ。正直にいうならば、俺とはもっとも相性が悪い。詠唱どころではなくなるからな。
とするならば、勝負を挑むならばやはり……強化タイプだろう。近接型ならば、まだ勝てる可能性がある。
ただし、困った点もたくさんで……いくら近接型の、戦士に近い戦法がメインスタイルのタイプとはいえども、相手は立派な魔法使いだ。槍や弓という中距離、長距離タイプもいるし、以前出会ったアイアンコンガくらいなら、武器なんてなくとも自らの肉体を強化すれば簡単に勝利できる、という常人離れした者くらいしか上位番号には居ない。
更に嫌なことに、自分とあまり番号の変わらない人間、または下の番号の人間に勝っても大した魔評点は得ることができないのだ。俺の選定を避けた人間は下位番号にしかいないし……。
つまるところ、詰まってしまったわけだ。
「ほんと、どうしたもんか……」
「負けた者は勝負内容による魔評点の減点と数日間とはいえども、魔法の使用を禁止じゃからの。そうお手軽に挑むわけにはいかんね」
「私達からしたら一点だって魔評点を失いたくないし、一日だって多く修練積みたいくらいだもの。負けた場合のリスクが大きすぎるわ」
はー……と深くため息をつく俺と月雪。
風見はそう落ち込むな、いつかチャンスは来るはずじゃよと励ましてくれた。
「ねぇ、思ったんだけどさ」
すっかりお弁当を空にしてぐぐーっとお茶を一杯飲み干した智佳が純粋に思った感想を言い放った。
「晴太くんと戦っちゃダメなの?」
「え?」
「オラとか?」
友達だし、恩人でもあるから最初から対象に外していたが……。
そういえば風見も強化タイプだし、二桁の人間だ。しかも、肉体強化型ではなく、物質強化型。
言ってしまえば、絶好の相手ではある。
「……そ、そうよ! 天神、あんた風見くんと勝負しなさい!」
おいおい、いきなり何を……。
「んー、オラは構わんぞ。友人といえども、同じ学び舎で鎬を削りあうライバルじゃ。決闘に関しては、一切の遠慮をせんぞ」
ニヤリと笑って挑発してくる風見だが、未だ踏ん切りはつかない。
いくら絶好のタイプとはいえ、風見は自分の実力のみで二桁に入った強者なのだ。なんの作戦もなしに勝つなんてことはできない。
何より先ほども言ったが、恩人でもあるわけだからそう簡単に傷つけあう行為は……。
「オラも昔はそう思っとったんじゃがな、ある日それに関して、幼馴染に怒られたことがあっての。友人は、本気で自分を倒そうと決意をして向かってこようとしとんのに、お前が遠慮しとったらそれは相手の決意に対する失礼になる、との。また、相手が上位番号の場合なら、傷つけあうって言い方は間違いじゃ。それはつまり自分でもいい感じに戦える、という過小評価をしとるっちゅうことになるからの」
風見は弁当箱を片付けながら立ち上がり、座る時に邪魔だから、と外しておいた木刀をソードホルダーへ戻した。
「オラはお前さんと戦うのを肯定するぞ。まだ召喚タイプの魔法使いとは戦りあったことがないからの。戦わないならそれも良し。戦うのならば、いつでもどこでも受けて立つからの。いい答えを待っとるぞ、使役魔隷属奴」
手を翻しながら屋内への階段がある扉を開けて出て行く、修羅場を乗り越えてきた漢の背中を見送りながら、俺は言われた言葉を反芻する。
「戦いに関しては晴太くん、ストイックだからねー。戦るならとことんやってくるよ。どうするの、景ちゃん?」
「……まだちょっと考えてる」
戦う相手を舐めてる……か。
そんな考えでやってみようだなんて、思ってもなかった。
魔法のことは勿論だが、やっぱり特進科は楽しいな。普通の生徒じゃ触れること無いようなジャンルだから、新しい考え方を教えられることが多々ある。
「……月雪、智佳。もしも、俺が風見と戦うってことになった場合、お前達はどっちの味方につく?」
「あんたに決まってるでしょ。風見くん側に行っても利点がないわ」
「いや、待て。もしも、あのイケメンを独り占めできるとしたら……?」
「そんなの莉子が黙ってないわ」
「あたしも景ちゃんにつくよー。弱きものを助けるのは人として当然だからね! 晴太くんにはちょっと悪いけどさ」
嬉しいんだけど、さり気なく俺の情けなさのアピールはやめてくれ。
二人が味方についてくれるなら……勝算は無きにしも非ず、か。
ぱっと考えられるだけの作戦を今立ててみたけれど、問題点は一つ。
俺の戦闘力と風見の戦闘力、どちらが上かということだけだ。
考えたパターンに持っていくことが出来れば、きっと勝つことは可能だろう。
それまでに、俺がやられなければ……な。
「決めた。風見と戦うよ、俺!」
「おー、男らしいねー! じゃああたしも全力で支援するよ。初の対人戦でしょ? ルールの確認とかしっかりしとかないと」
「おう、よろしくな」
「で、いつにするの?」
やると決めたなら、早いほうがいい。
話をしたので風見自身がするとは思えないが、別の人に番号入替決闘を申し込まれてしまうかもしれないからな。勝ってしまったら更に強くなってしまうので、出来るだけまだ二桁の中でも低い番号のうちに戦っておきたい。
何より、あんまり待たせるのは良くないだろう。あいつの言動や仕草を見る限りでは、戦ってみたいという気持ちがひしひしと感じ取れたからな。
「決闘は来週の頭だ。正攻法で勝つのは難しいかもしれないから、二人とも手伝ってくれよ!」
「わかったわ」
「りょーかい!」
よし、言ったぞ。もうやるしかないな。
残すは不安要素の克服だけだ。
短時間では難しいかもしれないけど、昔の勘を取り戻すくらいは出来るだろう。
待ってろよ、風見!




